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夢の旅人  作者: トトコ
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55.玩具箱

そこは、僕らの終着点。








扉の先も真っ暗だった。


「いや、そんなまさか、そんな…そんなわけは……ここまで来て、それはないでしょう…」

扉があっただけ? あんだけ思わせぶりに開いた扉がただの立て板とかナイよな。何の為の扉だよ。

「あ、でもやっぱり…何かある」

仕方ないので、少し歩いていると、やはりさっきまでの真っ暗闇とは違うことが分かってきた。

闇は闇でも、さっきまでいた果てなし底なしの闇とは違って、もう嫌な感じはしない。単なる照明が無いだけというか。

「ちゃんと、足場があるって素晴らしいですね」

人は地面がなければ歩けない。上も下も右も左も無い真っ暗闇では、心の均衡がいとも容易く崩れてしまう。

「お、見えてきた」

闇に慣れた目が何かを捉えた。

「あっ………………ぇえ?」


クマがいた。


「………」

もこもこした巨大なぬいぐるみ。ピンクのシャツに紺のオーバーオールを着ている。ラドゥーの国では農夫の格好である。農夫にしてはシャツが派手だが。服装はどうでもいい。問題は本物のクマではあり得ないということ。

だが、俺にどうしろと…。

「………これが噂に聞く人気者?」

ラドゥーは実際に見たことはないけれど、父の故郷には子供が遊ぶ為の大きな公園があるという。

そこには“着ぐるみ”という二足歩行で動く動物のぬいぐるみがうようよいると。

ネコやリスが人間と同じ大きさで徘徊していると聞いたラドゥーは、そんな恐ろしげな動物と戯れられる父の故郷の子供は勇敢なのだと感心したが、なるほど、確かに可愛いかもしれない。


ただし、この着ぐるみは、所々服は薄汚れ、ほつれも見えて、耳も片方千切れていた。何処か退廃的で、けれど纏う空気は柔らかくて優しい。そう、つぎはぎと似た空気。

風船がクマの右上でふよふよ浮いていた。赤、黄色、青、ピンク、緑…沢山の風船。その下には紐が付いており、クマの右手で束になっていた。


…中に、人、入ってないよな?


人が直接中に入って動かすのだそうだが、中に人の気配はない。

じゃあ、このもこもこはどうやって動いているんだろう、なんて野暮なことは聞かない。ああ、聞かないとも。つぎはぎと同じだと思えばいい。そういうこともある。


そろりそろりと近寄ると、ラドゥーより頭三つ分背の高いクマは首を下げてラドゥーを見下ろした。

目が合った。クマのくりくりとした目は無機質な素材で出来ていたけれど、とても奇麗だった。邪な思いなんて微塵もないという無垢な瞳。やはりつぎはぎと同じだ。

「……こんにちは」

取り敢えず挨拶をしてみる。すると、ラドゥーの声に応えるようにクマはこて、と首を横に傾げた。

「あの、俺はつぎはぎという、ええと、うさぎのぬいぐるみを捜してるんですが、何処へ行ったか知りませんか?」

すると、クマはまた反対側に首を傾げて、そのまま止まった。思案する様な間だった。

ラドゥーは待った。そうして数秒、片耳のクマはおもむろに、返事ではなく、風船を一つ、差し出してきた。

「え、くれるんですか?」

ゆっくりとクマは頷いた。まるでそうしないと頭がズレてしまうとでもいうように顎を動かしただけの肯定。訳が分からないが、取り敢えずラドゥーはそっと受け取った。

「……あれ?」

ふよふよと浮いている風船が、風もないのに、ゆっくりと風船が横に逸れた。

「…あっち?」

クマは頷く。

「ありがとう」

ラドゥーは礼を言い、風船が示す方向へ走って行った。


クマはラドゥーが見えなくなるまで、手を振りながらラドゥーを見送っていた。







ラドゥーは風船が示す方向を確かめながら歩を進めた。緑の風船は右へ左へとふよふよ揺れながらラドゥーを導く。

時間にすればほんの数分。ある地点まで行くと風船は真っ直ぐに戻った。

「この近くに…つぎはぎが?」


そう呟いた瞬間、目の前がいきなり明るくなった。


「…っ」

片目を瞑って光をやり過ごそうとするも、あまりにも暗闇に慣れ過ぎたせいで強烈な輝きは視界を真っ白に焼いた。ラドゥーの目の前にある“何か”を中心にして光が広がっていく。


暫くじっとしていると、少しずつ白い闇から解放された。

はっきりしてきた目には、今度はラドゥーが見たことのない沢山の機械が映った。おそらく遊具だろう。そのどれもが子供が喜びそうな可愛い色で彩られている。

「………これは…」

ラドゥーの目の前にある遊具に目を戻した。輝くそれは白くまばゆい光に包まれている。

金メッキで縁取られた豪華な屋根。床まで繋ぐ棒があって、そこに固定されている馬が上下に動きながら回っていた。

「メリーゴーラウンド…とかいうヤツでしたっけ?」

これもラドゥーの父ダンから聞いたものだ。作り物の馬に乗ってくるくる回る遊具。ご丁寧に絵まで描いて教えてくれていたからすぐに分かった。…とはいえ、父の絵は、どう見ても犬にしか見えない馬が串刺しになってくるくる回されている地獄絵図にしか見えなかったが。子供心にあれは怖かった。

「こんなに奇麗だったんですね…」

やはり聞くのと実際目にするのとでは全然違う。

「それより何より勘違いさせた父様が悪い」

嬉しそうに語る父を思い出す。子供の頃の思い出なのだと言っていたが、父の説明と解説絵では怖い想像しか出来なかった。ラドゥーの想像力の限界を試されている気分だった。


メリーゴーラウンドは優しい音色と共に回り続けている。ラドゥーは巨大なオルゴールのようなそれに近づいた。

「ラド~」

つぎはぎの声だ。きょろきょろと見渡すと、柵の向こうにある馬の一つにつぎはぎが乗っていた。回りながらラドゥーに向かってぶんぶん手を振りまわしている。

「あんなところに…」

ラドゥーは柵を飛び越えて、回る台座に飛び乗り、つぎはぎを抱き上げた。

「捕まえましたよ。全くこんなところに…」

ふと、気付く。

馬に乗って遊んでいるってことは、まさか…鬼ごっこをやっていたことを忘れられた?

「ラド~あそぼ?」

つぎはぎはラドゥーに抱っこされながら甘えてきた。名前を覚えてくれたことに絆されながらメリーゴーラウンドから降りる。

「鬼ごっこをしてたじゃないですか、何してるんです」

「でも、メアリーにつかまった」

メアリー?

「だーりん? どこにいるの?」

首を傾げていると、知らない声が近づいてきた。

誰だ?

つぎはぎの柔らかいはずの身体が強張った様に感じた。

「あ、だーりん」

ラドゥーは誰もいないあたりを見渡した。何処だろう、と下を向くと、そこにいた。

「…人形?」

それは一体のアンティークドールだった。ドールの美少女はちまちまとこちらに駆け寄ってきた。

「さがしましたわ」

白磁の肌に硝子の瞳。レースのボンネットを被り、顎で固定したリボン。金色の髪は丁寧に梳られているようだが、美しい筈のドレスは薄汚れていた。不潔というのではなく、時が経って色褪せてしまったような。白磁の肌も、よく見ればひび割れていた。

「あら、あなた、どちらさま?」

ラドゥーに気付いた人形の少女は、舌っ足らずな口で大人びた言葉で問いかけてきた。ラドゥーは人形の子に合わせた。

「ラドゥーといいます。君が捜しているのは、このぬいぐるみかい?」

「そうですの。わたくしはメアリーですわ。だーりんをみつけてくださったのですね、おれいをいいますわ」

人形はドレスの両端を摘んで腰を屈めた。おませな子だな。人形だからか表情に変化はないけれど、紡がれる言葉はずっと感情豊かだ。

「さ、だーりん、あっちであそびましょ」

「ヤ」

「だーりん」

「ヤ」

つぎはぎはラドゥーにしがみ付いて離れようとしない。メアリーが苦手のようだ。

「君は、つぎはぎのお友達かな?」

メアリーは手を頬にあてた。照れているようだ。

「そうですの。だーりんはメアリーのだんなさまですのよ」

あれ? 友達を旦那と変換されてしまった。…まあいいか。ぬいぐるみとアンティークドールのカップルというのも珍しい。しかもつぎはぎが完全に尻に敷かれているところがまた愉快だ。

まるでおままごとだ。ラドゥーも妹のツェリに何度お父さん役になって人形遊びに付き合わされたことか。

「だーりんはいつもどこかにいってしまって、あんまりあそべないんですの。やっとかえってきてくださったのに…」

つぎはぎよりも知能があるらしい。まともに会話が通じる。

「ここが何処なのか聞いていいかな?」

「主様のゆめですわ」

「主? …夢?」

この公園の?

「ええ、主様は主様ですわ。この『玩具箱』の」

「玩具箱?」

…ガラクタ…箱?

「わたくしたちのあそびばですわ」

「…そう」

ラドゥーはあたりを見回した。光の周辺以外は薄暗い。目を凝らすと、メアリーだけでなく、他にもまだいるみたいだ。そのどれもが壊れかけていたり、欠けていたりしている。

そういえば、さっきのクマも片耳が無くて、汚れていた。『玩具箱』という楽しそうな名前に反して、ここはどこか寂しい。

「まるで…捨てられた…みたいな」

そうだ、つぎはぎも、持ち主がいなくなってこの世界に来たんだ。じゃあ、このメアリーという人形も…

「ほら、つぎはぎ、お友達が待ってますよ」

メアリーの後ろにこちらを伺うような視線を感じ、そっちを見やると片手が無い力士の人形と、足がひんまがってるロボットがいた。

「う~」

つぎはぎを降ろしてやると、人形達がつぎはぎを取り囲んだ。

「だーりんっ」

メアリーがむぎゅっとつぎはぎを抱きしめる。つぎはぎは苦しそうだ。

「おかえりでごす」

力士が言う。

「どろけーやろうぜ」

ロボットが誘う。

「あん、わたくしとおままごとするんですのよっ」

アンティークドールが怒る。

「マーメイが、さーふぃんやってくれるでごす」

「じゃあ、そっちいこうぜ」

「うん、いく~」

「あ、まってくださいな」

そんな微笑ましい光景を見守っていると、遊ぶ為に作られた彼らはラドゥーを残して何処かへと駆けていった。








「………さて」

ラドゥーは風船を見上げた。またゆっくりと揺れ初めている。

ここは、夢。パティに言われた言葉を、今やっと完全に飲み込むことが出来た。

「俺はこの世界に足を踏み入れて、色んな体験をして…」


そして、夢の世界で学友達を亡くした俺は、壊れた。


ラドゥーの違和感はそこから始まった。

肝試しは無事に終わり、友達と家に帰った。何ごともなかった。ちょっとはらはらするだけの、普通の肝試しだった。

そう思っていた、のに。

どうしても引っかかりを覚えて、でもそんなもの思い当たらなくて、焦れた俺は苛ついた。


夜は危険だと言われていたはずのキグの樹海はただの森になっていて。

拾った覚えのないぬいぐるみが部屋に置かれていて。

貰った覚えのない腕輪を当然のように身に付けていて。

不可思議な体験を普通に受け入れている俺がいた。


気付けば異世界。何も分からないまま行動し、当てもないのに彷徨った。

くい違う記憶のパズルを直して、欠けたピースを追いかけて。そうしていくうちにパティの店に辿り着いた。そして、つぎはぎの夢を見て、闇の中に放り込まれた。そこでつぎはぎを追いかけて、腕輪が扉へと導いた。


それは、ここに辿り着く為の道筋だったのだ。


ラドゥーは自分を褒めてやりたくなった。忘れていても、ちゃんと自分が求めるものを決して見誤らなかったのだから。

メアリーがさっき言っていた。主様の夢だと。

生きた夢。夢の主。それはこの風船が教えてくれる。


ここは、“彼女”の夢。


「…やっと、会えたね」


後ろに流れる風船に倣ってラドゥーは振り向いた。





「捜しましたよ、エルメラ」


後ろに佇む、美しいエメラルドグリーンの少女に向かって、ラドゥーは微笑みかけた。




解説広場です。どうぞ↓


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「どうしてそんなことをしたんだい?」

「………」

「黙っていちゃ分からないよ」

「…ほっといてよ」

「大事な弟を放っとくわけないだろう? どんな理由でも俺はミシェルの味方だからね」

「………ら」

「ん?」

「にいさま…の悪口言ったから」

「俺の悪口?」

「病弱で、おじい様の後ろにいるだけのボンクラだって」

「…ふむ」

「ほんとはそうじゃないのに、何も知らない奴らが、好き勝手言って…」

「じゃあ、ミシェルは俺の為に怒ってくれたんだね」

「違う………ぼくを苛立たせるから」

「うんうん」

「………」

(カチャ)

「おにいさま、お人形遊びしましょ」

「後でね」

「あらなぁに、ミシェル。また喧嘩したの?」

「あっ! 馬鹿ツェリ」

「また?」

「ミシェルは短気だもんね」

「つまり今日が初めてじゃないんだね?」

「………」

「ミシェル」

「ぼく悪くない」

「でもね、先に手を出しちゃだめだ」

「でも」

「そういうのは、分からないように報復するのがいいんだ。犯人が分かっていても糾弾出来ないように証拠を消してね」

「………ぇ」

「素敵ですわおにいさま。敢えて犯人を教えるんですのね」

「そうした方が悔しがる顔が見れるだろう?」

「でも、ミシェルは短気で短絡的ですから、その場で手が出てしまうんですのよ」

「うるさい、ツェリ」

「何よ、悔しかったら素直に甘えてみなさいよ。口でわたしに勝てない癖に」

「あのね、ミシェル。怒ってくれるのは嬉しいけど、君の手が怪我してしまうのは、俺は嬉しくない」

「痛くないもん」

「でも、俺は痛い」

「………」

「もういいじゃない。次はわたしも加勢してあげるから」

「ツェリ」

「うふふ、半分冗談ですわ」

「…まあ、いい。ほら、ミシェルおいで」

「おにいさま、お人形遊びは?」

「昨日やっただろう?」

「今日はやってませんわ」

「今日はミシェルの日だ」

「ずるい」

「ミシェルの好きなお絵描きでもしようか」

(こくり)

「じゃあ、わたしもぉ」




―――――――――グリューノス三兄弟の日常。ラドゥーは良いお兄ちゃん。


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