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夢の旅人  作者: トトコ
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53.つぎはぎの夢

この気持ちを、なんて呼ぼう。






〈―――さぁ、出来た〉


ふわふわと浮遊していたラドゥーの意識が、柔らかい声によって覚醒した。

…ん…何だ…

〈中々ちゃんと出来たじゃないか。これであの子も喜ぶねぇ〉

ラドゥーは、自分を見下ろし満足げに頷く女性をぼんやりと見上げた。その優しい声音は、“あの子”の笑顔を思い浮かべているからか、とても安心する声だった。“あの子”とは孫か、それに近い子供だろう。

〈折角だから、驚かせてやろうね〉

髪に白いものが交じるその女性は、ラドゥーを抱えたままふくよかな腰を難儀そうに持ち上げた。


そう、持ち上げた。


…なんだこの人。俺を軽々とっ


彼女の思わぬ腕力に驚いて声をあげたが、その声は発せられることはなかった。どういう訳か声が声として響くことはなく、脳内に木霊しただけだった。当然彼女に聞える訳もなく、隅に置いてあった箱にラドゥーは入れられた。蓋の閉まる音と共に視界が真っ暗になる。

何が起こったんだ…

考え込もうとした矢先、ラドゥーの意識はそこで一旦途絶えた。




〈――ちゃん、お誕生日おめでとう。大切にするのよ?〉

ラドゥーは女性の声に目を開けた。だが目に映ったのは満面笑顔の小さな女の子だった。嬉しくてしょうがないという顔を、ラドゥーを抱きしめながら上に向けていた。

この状況は…つまり……俺がプレゼントされてんの?

〈おばあちゃん、ありがとう!〉

笑顔の先にはさっきの女性。子供の反応に満足げだ。やはり先ほど言っていた“あの子”とは孫のことだったらしい。

今日が誕生日だというその少女は、テーブルに綺麗に盛りつけられた料理に齧り付きながらも、ラドゥーを手放さず、油のついた手で彼の手足を動かして遊んだ。




その次に目が覚めると今度は野外にいた。


あ、俺浮いてる。

と思ったら、さっきまで鶏肉を頬張っていた筈の女の子がラドゥーを抱えて懸命に走っていた。その揺れに合わせてラドゥーの視界もぶれる。これはキツイ。

シャッフルされながらもラドゥーはラドゥーで懸命に周囲を確認しようとした。聞こえるのは子供の声。数人の、楽しそうにはしゃいだ声。

下は緑と茶色、上は白と青。何処かの広場みたいだ。良い天気だった。

ラドゥーは前方の小さな背中を見た。どうやらこの子は、その背中を追いかけているらしい。

〈待てぇ!〉

〈おぉにさんこちらぁっ〉

どうやら鬼ごっこをしているらしい。息を切らし、ラドゥーを抱きかかえながら走このる子が鬼だ。

どうでもいいけど、俺を抱えながら走るとか、どんだけこの子怪力なのか。祖母譲りかよ。いや、それにしても彼女達は巨大だ。だから、彼女らが特別ではなく、俺が軽いだけだろうか。

やがて少女は友達の一人に追いつき、鬼を交代した。鬼となった子は何十秒か数えて追いかけてきた。

何度も鬼が交代されたが、自分を抱える子はそれなりに足が速く、滅多に鬼になることはなかった。


日が傾き、空が橙色に染まる頃、エプロン姿の女性がやってきて、大きな声で彼らを呼んだ。

〈もうお夕飯の時間よ、早く帰ってらっしゃい〉

その声に子供たちは遊ぶのを止めて、一斉に彼女の元へ駆け寄った。彼らは仲良く並んで歩き出した。

長い影が並ぶ帰り道。郷愁漂う橙色が、今はなんだか温かく賑やかだ。皆で見る橙色はとても優しくなるのはラドゥーも知っている。曲がり角がある度に、一人一人子供達が手を振りながら離れて行く。橙は、少し寂しくなった。

女性と子供が二人きりになり、少女は誇らしげに報告した。

〈今日はねっ鬼ごっこをしたの。私、全然捕まらなかったんだよ〉

〈そう、すごいじゃない〉

〈今度の運動会で一等賞とってやるんだっ〉

得意げに話す子供を優しげに見つめる女性。考えるまでもなく女の子の母親だ。穏やかな表情は、そのまま彼女の人柄を表しているかのようだ。

繋いだ手は二人の影を結び、歩調に合わせて緩やかに揺れた。


家に着くと、子供は駆け足で階段を上った。

〈うさちゃん、ご飯食べてくるね〉

…うさちゃん? ラドゥーは首を傾げた。

部屋にラドゥーをベットに置き、にっこり笑って行き先を告げると、部屋を出て行った。

…うさちゃん、だと?

そこで、再び意識が途切れる。





次に目を覚ました時、ラドゥーはその子に力任せに叩かれている最中だった。

痛くないけど、鬼ごっこの時以上のシャッフルだ。酔いそう。

散々ぶん殴られた挙句、ラドゥーは床に放り出された。起き上がろうとして自分が動けないことに気付いた。それでも身体の神経が抜かれた様に痛みも感じない。自分の身体ではないみたいに。

仕方ないので、ラドゥーは寝そべったまま少女の様子を伺った。


あれ、少し大きくなってないか?


十歳程の女の子は、確かについさっきまで友達と鬼ごっこをしていた小さな子供だったのに。いつの間にか数年経過していた。

鬼ごっこをしていた時は笑顔だった顔は今は涙でぐしゃぐしゃ。慰めることも出来ず、ぼおっと眺めていると、きっとラドゥーを睨みつけてきた。お、どうしたんだろう。

〈違うもん! 私悪くないもん!〉

叫ぶや、再びわんわん泣き出し、ラドゥーを壁に叩きつけたりベッドに叩きつけたり床に叩きつけたり、とにかくラドゥーを乱暴に扱った。何が何やらだ。

けれど、これだけ叩かれてもやはり痛みは感じない。色んな所にぶつけられているが、あまり実感はなかった。

〈ママの馬鹿! 大嫌い! おばあちゃんも嫌い! どっか行っちゃえ!〉

しゃくりあげながら喚き散らした。どうやらこの子は何かしたのか、母親達に叱られてしまったようだ。

〈あんたもよ! あんたなんか、大っ嫌い!〉

これは八つ当たり以外の何物でもないな。嵐が通り過ぎるのを待つしか対処法はない。母親達もそう思ったのか姿は見えない。


少女は、散々ラドゥーを甚振った後、やがて泣き疲れ、ラドゥーに縋りつく様に抱きしめて眠ってしまった。

涙と鼻水でベタベタになったが、大人の余裕を見せてラドゥーは大目に見てやった。




次も女の子の泣き声で起こされた。今度は癇癪の涙ではなかった。大切なものを失った、悲痛な嘆き。

その慟哭に身に覚えがあり、ラドゥーは目を細めた。

誰を亡くしたのだろう。


だんだん今の状況に慣れてきたラドゥーは、視界を自由に利かすことが出来るようになっていた。少女から離れ、ラドゥーは室内を上から見下すことにした。

部屋はやけに白かった。室内にいるのは少女だけではなく彼女の母親と、恐らくは父親だろう男性、そして医師がいた。彼らは皆沈んだ顔をしていた。

〈やだっ……やだやだっ! おばあちゃんの嘘吐き! 何処にも行かないって言ったのに…〉

白いベットに眠る人は、ラドゥーも知る人だった。少女にラドゥーをプレゼントしたお婆さんだ。

ラドゥーの感覚では、彼女がラドゥーを少女に贈ってから数分しか経っていないのに、彼らの時はどんどん進んでいるようだ。眠るお婆さんの、まだ黒い部分が残っていた髪が真っ白になり、ふくよかだった腰がやせ細ってしまうくらいには。

走馬灯のように瞬く間に進む景色。まるで夢――――ああ、そうか。

ラドゥーは納得した。これは夢なんだ。浮遊感を感じるのもそれで納得出来る。

でも誰の?


男性が肩を落とす妻の肩を抱き寄せるのが見えた。女性はハンカチで目元を押さえた。

ラドゥーは幼くして祖母を亡くした日を思い出した。あの時も、父が母の肩を抱いて慰めていた。

社交シーズンの時期、父母達は屋敷を離れる。病弱だった自分は一緒に連れて行ってもらえなくて、屋敷に一人取り残された。けれど寂しくなかったのは祖母がいたから。父母の代わりをしてくれていた彼女を亡くした時、ラドゥーは初めて泣いた。人前で泣いたのは後にも先にもあの時だけだ。


少女が願う様に、当時の彼も祖母との再会を願った。もう一度だけでも会いたいと。決して叶わぬと知っているからこそ、余計にやるせなくて。

気が付けば、今はもう祖母を思い出すのは彼女の命日くらいになっていた。

けれど、悲しみは癒えるんじゃない。新たな記憶に押しつぶされているだけだ。


その証拠に、何かのきっかけがあれば当時の悲しみが掘り返されてしまう。今のように。ラドゥーは舌打ちしたい気分だった。

ラドゥーの部屋にある玻璃の天使のオルゴールは、祖母の形見だった。天使が回りながら奏でるメロディーは祖母が好きだった曲。もう随分ネジを回して聴いていない。元々は祖父の祖母へのお土産だった。ノックスで買い求められた何の変哲もないオルゴール。宝石が埋まっている訳でも、金で出来た物でもない、特別高価なものではないけれど、祖母の手で大事にされていた物だ。大切にされていたのは、思い出。


〈――――人の思いの込められたものも夢に属するもの。例えば、この玻璃のオルゴールとかも〉


“夢に属する”。そう言ったのは誰だったか。天使を撫でる指は誰のもの?

人の思いが宿るなら、オルゴールには祖父と、とりわけ祖母の思いが込められている筈だ。その思いに会うことは出来ないのだろうか。


…夢でなら、会えなくなった人とでも、また会えるだろうか?


思い浮かべるのは、祖母と、もう一人。顔の分からない誰か。

ラドゥーは苦笑した。らしくない。ここの所ずっと調子が狂いっぱなしだ。聞き分けのない子供か、俺は。


〈嫌いなんて嘘だからね。だぁい好きだよ。だから、ずぅっと一緒だよ〉


その声にラドゥーは彼らに注意を戻した。病室を出て少女はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。甘えるように。お前はずっと傍にいて、とぐずる少女の瞳は揺れていた。

少女の願いは聞き届けられるだろう。彼女が望む限り。彼女の抱く物に命の際限はないのだから。

ラドゥーは先程自分がいた少女の腕の中に目をやった。


そこに抱かれているのは、うさぎのぬいぐるみ。







〈ほら、これで直ったわ。もう乱暴するんじゃないわよ〉

次の場面では少女と、その母親がいた。先程からそれほど時間は経ってはいないらしいが、祖母の喪失から立ち直るだけの時間はあったようだ。少女は泣いていなかった。

母親がぬいぐるみを持ち上げて子供に渡した。

〈あははっお母さんぶきっちょ! つぎはぎだらけじゃん〉

子供は笑いながら受け取る。可笑しそうに直ったばかりの前足をいじった。

〈お母さんは、おばあちゃんとは違ってお裁縫は得意じゃないのぉ〉

かたちばかりのふくれっ面をしてみせた母親は、片した裁縫箱をそのまま子供に渡した。

〈あなたもお裁縫覚えなさいな。女の子なんだもの。ぬいぐるみの破けたところくらい縫えるようにならなきゃね〉

〈ええぇ、私お裁縫嫌い。針痛いもん〉

〈慣れれば指に刺したりしないわよ。やらなきゃ出来ないままよ。ほら、おばあちゃんのお裁縫箱あげるから、頑張んなさい〉

〈はぁい〉

なんてことのない母子の会話。次の日には忘れてるだろう日常の会話。

〈お前、大分ボロボロだね。もううさちゃんなんて呼べないね。つぎはぎだらけだから、つぎはぎって名前にしよっか?〉

〈それ、お母さんへの当てつけ?〉

〈あ、ばれちゃった?〉

少女に遊ばれているぬいぐるみ。赤い蝶ネクタイ。赤い目。生地の違う布で繕われてはいるが、まだ奇麗だ。少なくとも襤褸切れの様に擦り切れてはいない。そんなぬいぐるみを一匹、知っている。

  

   つぎはぎ


これは、君の夢なんだね。






それからも、次々場面が変わった。つぎはぎの思い出は断片的で、前後の繋がりがない。ぬいぐるみの記憶だと思えば、あやふやなのも頷ける。


つぎはぎの綿がとび出る度に、新しい布で繕われた。赤いボタンの目も何回も取れた。それも、その度に裁縫が上手になった彼女が取りつけた。

少女が癇癪を起こす回数が減り、少女は大人の階段を上り始めた。


新品の制服を誇らしげに着て、鏡の前でポーズをとる少女。

部屋に友達を呼び、あまり捗っていない勉強会を開いた日もあった。

失くし物をして、大慌てで部屋を引っ繰り返したり、前髪を自分で切って失敗し、落ち込んだり。

その中で、つぎはぎに話しかける回数が減っていくのに気付いた。少女が大きくなるにつれ、つぎはぎはあまり構われなくなったのだ。お人形遊びは卒業し、ぬいぐるみは友達からただのインテリアに。

それでも、つぎはぎは嬉しそうに彼女のベッドから見守っていた。ずっと。



そして、今度はうんと時間が経っていた。少女はラドゥーの歳を超えているだろう。立派な女性になっていた。指輪をはめた指でつぎはぎを撫でる。最近では珍しく、彼女はつぎはぎに語りかけていた。

〈――お前もすっかりボロボロになっちゃったわね…〉

声もずっと大人びて、言葉遣いも女性らしい。部屋も大人っぽくなっていた。

〈明日ね、結婚するの。ここを出て、新しい家に引っ越すのよ。でもね、大丈夫。お前も連れてってあげるわ。おばあちゃんが手作りしてくれた大事なぬいぐるみだもんね。…ずっとほったらかしにしちゃってたけど。ふふ、また彼に子供っぽいって言われちゃうかな〉

母親に似た彼女はつぎはぎを我が子のように優しく撫で続けた。結婚前で幾分感傷的になっているのかもしれない。

〈子供が生まれたら、つぎはぎ、遊んであげてね。素敵でしょ? 親子二世代で受け継がれるぬいぐるみなんて〉

撫でられるに任せて傾くぬいぐるみの赤い目が、嬉しそうに煌めいた。



そして、次に目に映ったのは、我が子を抱いてあやす彼女の姿だった。側には旦那と思しき青年がいた。

〈ねぇ、見て? この子の目、貴方に似たのね、そっくりよ〉

〈そうかい? 顔立ちは君そっくりだけど〉

幸せな家族像を、つぎはぎと一緒にベビーベッドから眺める。そうしている内に彼らは揺り籠の中に赤子を入れ、つぎはぎに添い寝をさせる。耳を赤子にしゃぶられ、つぎはぎは満足そうだ。


しかし、その幸せは長くは続かなかった。


次の場面では、つぎはぎは赤子と共に彼女に抱かれていた。室内は暗い。地下だろうか。

〈大丈夫。大丈夫だからね〉

ぐずる我が子を懸命に宥める。彼女の隣にあの亭主がいない。

〈あなた…早く無事で帰ってきて。まだこの子は小さいのよ。私を未亡人にするなんて許さないんだから〉

文句を漏らす口は震えていた。恐怖を不満で抑え込もうとしても、あまり効果はない。従軍した夫が心配でたまらないのだろう。そして、明日をも知れぬ我が身も。


刹那、頭上から物凄い爆音が轟いた。彼女は跳び上がり、その怯えが赤子に伝わり今度こそ泣きだした。

〈泣かないの。良い子ね。ほら、子守唄歌ってあげる〉

ラドゥーには聴き慣れない歌を歌い始める。気丈に振る舞う彼女は立派な母親だった。あの時泣きわめいて、ぬいぐるみと同化していたラドゥーを壁に叩きつけていた子供の面影は微塵もない。






次の場面は、青空の下。戦争が終わり、彼女の夫が足を損傷させながらも無事に帰ってきた。いたる所に包帯が巻かれた夫に口付ける。だけど、その腕に赤子はいない。

何処にいるんだろう。


その疑問はすぐに解決する。


彼らは連れ添って拓けた場所へ行った。広場には定間隔で丸い石が置かれていた。名前が刻まれた石の意味なんて限られてる。記念碑か、墓石くらいだ。

その一つに彼らは花を手向ける。

〈ごめんなさい……私…〉

〈お前が悪いんじゃない。子供は弱い。ここに食糧が届かなくて多くの餓死者が出たと聞いているよ。お前だけでも無事でよかった〉

泣きじゃくる妻を慰める夫。彼自身も赤い目をしていた。


つぎはぎは、墓石に添えられていた。ささやかな花と共に。


〈墓を作ってもらえただけでも運がいい。中には身元不明でただの穴に放り込まれた人も多いからね〉

〈……ええ〉

彼女は鼻を啜ってつぎはぎに目を落とした。

〈つぎはぎ、これからこの子と遊んでやってね。暗いところじゃ寂しいもの。お前がいれば寂しくないわ。傍にいてやって?〉

風が吹き、つぎはぎの耳が揺れた。まるで了解したというように。

彼らが立ち去った後も、ラドゥーは墓石の元に留まった。いや、動けないのだ。つぎはぎがずっとここにいるから。

彼らはたまに墓参りに訪れた。新しい子供も連れて来た。来るたびに成長する。人数も増える。それから暫くして、彼らはまた二人きりで墓参りに訪れる様になった。髪に白いものが多くなっていく。


そして、誰も来なくなった。


それでも、つぎはぎは彼らの約束を守り続けた。ずっとこの子の傍にいた。

風雨に晒されたつぎはぎは真っ黒になっていった。襤褸切れ同然になって、それでも赤い目はそのままだった。不思議とカラスや犬の餌食になることはなく、ボロボロになる他は、つぎはぎはそのままの姿でそこに居続けた。

何度も四季が巡り、太陽と月が何度も交互に顔を覗かせ、時が移ろいでいった。


そして、終わりは突然やってきた。


閉じた本の様にパタンと視界が真っ暗になった。夢は終わり、ラドゥーは自分の自由を取り戻す。

いつの間にかラドゥーの腕につぎはぎが収まっていた。今の・・つぎはぎだった。

当時の様に真っ黒ではないけれど、つぎはぎはボロボロのまま。ラドゥーは少女がしていたのを真似て、優しく撫でてやった。するとつぎはぎは心地良さそうにラドゥーの身体に身を擦り寄せる。

「あそぼ~あそぼ~」

「ええ、いいですよ。何して遊びましょうか?」

三歩歩けば忘れるつぎはぎが、自分の名前はちゃんと言える訳。

つぎはぎという名を誇らしげに名乗る理由。

ぼろぼろであることが何よりの勲章であるかのように。

「そういえば、“ずたぼろの罠師トラッカー”って名前も、あの子から貰っていましたね…」

遊んでいる時に、戯れに付けられたものだけど、彼はちゃんと覚えていた。


大切にしてくれた持ち主に、付けてもらった名前だから。


小さい子供の様な振る舞い。ぴょんぴょん跳びはね、ぶんぶん前足を振り回す仕草は、持ち主に教わった動き。沢山の感情を詰め込まれて、破れたところを縫ってもらって。

君がここに来たのは、君を知る人が誰もいなくなってしまったからだけど…。

けれど、つぎはぎは知らない。分からない。彼女との約束を守り続ける。


君の傍に、あの子がいるのかい?


あちこちどっかヘ行くのは、その子と遊んでやっているからなんだろうか。寂しくないように。

「鬼ごっこ!」

「ええ、楽しそうですね」

ラドゥーはつぎはぎを降ろしてやった。つぎはぎは、おぉにさんこちらぁと歌いながら走りだした。



ラドゥーも二十秒を数えた後、つぎはぎを追って駆け出した。




『つぎはぎの夢』編 完。




つぎはぎのエピソードはだいぶ前から考えてありました。モデルは家にあったぬいぐるみです。もし、大切にしてきたぬいぐるみが動く様になったらと思ってつぎはぎは生まれました。少しでも自分の小さい頃大切にしてきた物を思い出してくれたらと思います。後、ラドゥーのオルゴールも、後々。




解説広場です。どうぞ↓


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「花火?」

「そう、花火」

「花が燃えるんですか?」

「や、花は花でも、植物じゃないんだ。空に打ち上げると花みたいに華やかに咲くから花火っていうんだ。一瞬で散ってしまうんだけど、だからこそ美しい」

「火を空に? 父様の国はとても文化が進んでいるんですね」

「え? …うん、まぁ結構昔から火の扱いには長けた国だったと思うけど。それは僕の故郷では夏の風物詩でねぇ。この季節になるとどうも故郷が恋しくなっていけない。出来るなら、もう一度見たいね――――…」


――――――――――――――


「……という訳で、花火というものを見てみたいんです」

「なるほどね。あれは人が誇っていい文化よ。世界中を見てもあれは有数の素晴らしい芸術の一つだわ。私も大好き。花火が文化としてある世界なんで限られてるから、貴重なのよ」

「世界?」

「ん? ううん何でもない。…そうねぇ、こっちと同じ今が夏のところで、花火文化がある所があるか調べてみるわ。運が良ければ納涼祭に連れて行ってあげられるし」

「本当ですか?」

「ええ。ラドゥーのお願いだもの。空に打ち上げるものじゃないけど、お手軽に出来る花火もあるのよ。それを持ち帰って上げればお父様は喜ばれるんじゃないかしら」

「そんな物もあるんですか。ええ、それで十分です。これで父の誕生日に間に合います」

「うん、期待してて。――――――さて、『本の虫屋ブック・ド・バグ』にでも行ってきますか」



―――――――――――そんな緑玉の乙女とのデート期間中の会話。


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