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夢の旅人  作者: トトコ
54/76

50.“破者”の暴走

―――――あんたなんか、大っ嫌い。







「ここら一帯は全部病室、あちらが台所、こっちが倉庫、食糧庫は地下の保冷室。お手洗いは外にあるわ」


翌日、例の養護施設にやってきたラドゥーを、アイマと名乗った昨日会った女性が施設内を案内してくれた。

「で、ここが、貴方の生活空間になる部屋。まだ色々私物があるけど、少しずつ持って帰るから。寝具以外に何もない部屋だけど、週に一度お給料が出るから、自分の好きな物を買えばいいわ」

仮眠室と書かれたその部屋を覗くと、小ざっぱりとした四方の部屋に所々物が置いてあった。確かに隅の畳まれた敷き布と毛布と、その横の小さな机以外、施設の備品と言えるものはなさそうだった。

「ええ、分かりました」

ラドゥーは自分の寝室より狭い部屋を満足げに見つめ、そのままアイマに注ぐ。

「でも、暫くはここで他の人と一緒と過ごしてもらうことになるから。窮屈だろうけど、貴方が一人でも仕事が出来ると判断するまではね」

ふとラドゥーと目が合い、そのまま彼に見つめられ、気恥ずかしげに目を逸らした彼女は口早に言った。

「分かりました。先輩方と一緒の方が安心ですし、寧ろ嬉しいです」

ラドゥーはアイマから目を離さず笑顔のまま返した。

「それで、今夜は誰が俺と一緒に当直なさるんですか?」

「昨日会ったでしょう。彼よ。ラジルっていうんだけど、今夜は彼と当番してもらうわ。同じように毎日別の職員と仕事してもらうことになるから」

「では、貴女と当直する日には、よろしくお願いしますね」

邪心の無い笑顔にアイマは頬を染めながらも、ええ、と答えた。




その日からラドゥーは精力的に働いた。

慣れない仕事だというのに、一度言えばすぐに諒解して、言われる前に動く彼に職員達はあっと言う間に打ち解けた。

「いやぁ、君が来てくれてから随分と仕事がしやすくなったよ」

「倉庫の備品もきちんと整頓してくれて、見やすくなったわ」

職員達は愛想の良い新人にあれやこれやと仕事を教え込んでいった。ラドゥーは文字が分からなかったが、街の者の殆どがそうなので、不審に思う者は無く、実践で文字を教えてやった。見る見る間に文字を習得していく彼に出来のいい弟子を持った気分になった彼らは一層ラドゥーを可愛がるようになった。


時折様子を見に来るレレティーヌも、その様子に気付き、ラドゥーを特に気に掛けるようになった。

「やっぱり私の目に狂いは無かったわ。でも、大丈夫? 夜もずっと働いているんでしょ?」

レレティーヌ直々に声をかけられることもしばしばで、その度に気遣うそぶりを見せる彼女に、ラドゥーはやっぱり笑顔で対応した。

「いいえ、寧ろやりがいがあって毎日が充実してますよ。この仕事を紹介して下さったレレティーヌ様に感謝しています」

秀麗な容姿の彼にそんな事を毎回言われ続ければ、レレティーヌは自尊心をくすぐられ、次第にラドゥーを甘い目で見る様になった。






ある晩、アイマと当直になった。彼女はすっかり皆に可愛がられ、信頼される様になったラドゥーを特に構う者の一人だった。

「ラドゥー、もう患者の皆にお薬はあげてきたの?」

既にラドゥーの私室と化した、かつての仮眠室に帰ってきたラドゥーにアイマは話しかけた。

「ええ、もう済ませましたよ。カルテは職員室に置いておきました」

「そう…もうすっかり一人前の職員ね。明日からもう一人で大丈夫かしら」

彼女の顔は独り立ちする弟子を誇らしく思う以外に、少しだけ別な思いのある顔だった。

「ええ、任せて下さい。やはり女性は夜に仕事をすべきではないですしね」

その思いを知らぬ気に、彼女に背を向けたまま、穏やかに言った。

「あら、何故?」

「やはり女性は肌を気にするものでしょう?」

「まぁ、ませた事をいうのね」

「はは、ジーンさんが仰ってたんですよ。夜更かしは女性の大敵なんだって」

「…仲、いいんだ?」

他の職員の名に反応した。だがラドゥーは背を向けたまま彼女を見ようともしない。

「この間、一緒に当直をした時、食事に誘って頂いただけですよ」

「食事……誘われたんだ?」

「その時は断りましたけど。俺は毎日朝から晩までここで仕事を覚えるのに必死で、外出さえままならなかったので」

「…でも、まんざらじゃなさそうね」

そこで初めてラドゥーはアイマを振り返った。

「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ?」

真実、アイマの顔色は蒼く、今にも倒れそうだった。

「……それなのに、ラドゥーはレレティーヌ様とも仲が良さげで……」

ラドゥーの言葉が聞こえていないのか、唇を戦慄かせながら呟く。

「アイマさ……」


パン、と音がした。アイマの手がラドゥーの手を払いのけた音だ。


「触らないで!」


叫んで、しまった、という顔をしたアイマときょとんとした顔のラドゥーが合った。

「あ………その、ごめんなさい。き、気にしないで、少し疲れてるだけだから」

立ち上がって部屋を出ていこうとするアイマの腕を優しく掴む手が合った。

アイマの動きが止まる。

「やきもち妬いているんですか?」

「そ…そんなわけないじゃない!」

アイマは思わず振り返った。そして思いがけず真剣な顔をしたラドゥーを見て息が詰まった。

「ジーンさんとは何でもないですよ?」

「う…嘘よ! だ、だってこの前…キ、キスしてたじゃない!」

アイマは堰が切れたように喚きだした。

「私見てたんだから! ジーンと食糧庫の影で抱き合ってたところ!」

「見てたんですか?」

その言葉にアイマこそ傷付いた顔をした。

「や、やっぱりそうだったんだ。それなのに何でもないなんてよくも言えたものね! 最低だわ!」

ラドゥーの腕を振り切ろうとした。けれど、それより上回る彼の力に、気付けば彼の腕の中にいた。

「あれはジーンさんの方からやってきた事ですよ」

「は、離して…」

「彼女は気分が悪いと言って俺にもたれかかってきたんです。それを支えた時に……。俺も驚きました」

「ほ……ほんと?」

微かに瞳を明らめてラドゥーの顔を覗きこむ。ラドゥーの笑顔が思いがけず近かった。

「それで、やきもち妬いていたんですよね?」

「ち…違うわ! 他に女性がいるのに…」

「アイマさん以外にも優しい顔するのが許せなかった?」

「…………っ」

アイマは目を逸らした。

「嬉しいですよ。そんなに俺の事を想って下さっていたんなんて」

「す、好きなんかじゃないわよ。…そうよ、新人がそんなだらしない人なのが嫌だってだけで…」

「俺はずっとラジルさんに嫉妬していました。貴女はいつも彼と組んでいるから」

思いがけず自分が責められ、アイマは戸惑った。同時に、その責めの裏にある彼の思いに淡い期待を抱いた。

「か、彼とはそんなんじゃないわ。同期で入ったから気安いだけで…」

「本当に?」

ラドゥーの手が頬に添えられ、彼の方に向けられる。

「俺の目を見てもう一度言って下さい」

「………」

「言って? アイマ…」

アイマと彼の鼻先が触れ合う。既にアイマは陶然として彼にしな垂れかかっていた。二人の身体が敷き布に倒れ込む。


「私は………貴方が―――」


夜の帳は、重なり合った二人を隠す様に、重く暗い色で施設を覆う。







その日を境にラドゥーは一人で夜の担当を任されることになった。

その代わりに昼の仕事は軽減してもらったので、ラドゥーは昼に仮眠をとる夜型になりつつあった。

ラドゥーがノルメに来て一月経とうという頃、ラドゥーは既に日課となっている患者の見回りしていた。


ラドゥーは一人一人に与える薬全てを頭に叩き込んでいるため、今更手間取ることは無く、必要な患者に必要な薬を与え、喚く患者をどうにか寝台に寝かしつける作業を機械的にこなした。

特に考える必要も無くこなせるようになったおかげで、最近のラドゥーはこの時間を考え事に使う様になった。



ラドゥーがここに来て一月、自分の国に帰る手立ては未だ見つからない。

仕事に余裕が出てきたので、最近の彼は時折街に行ってはハナと会ったり町民と触れ合ったりして情報を集めた。結果、ここの世界にはラドゥーの国が無いことを知る。

つまり、ここは俗に言う異世界だという事。

ラドゥーは最初こそ悪い冗談の様にしか思えず、その現実を受け入れ難く思ったが、認めないと先に進めないので、二日で腹を据えた。


異世界に来た原因は分からないが、言葉が通じる事は有り難かった。そうでなければ、今でも自分が異世界に来てしまった事さえ知りようがなかったに違いない。


仕事も真面目にこなし、周囲の信頼を勝ち得た。特に女性はアイマを始めとしてラドゥーにあれやこれやと教えてくれる。

この間、レレティーヌにずっとここにいればいいとさえ言われた程だ。

だが、ラドゥーにとってここは仮初の居場所だ。必ず自分の街に帰らなければいけない。

そうでなければ周囲から可愛がられる優等生を演じたりしない。



それに、この街は平和だが、どこかおかしい。皆温和でこの世に悲しみなんて何も無いような顔で笑っている。

中にいると自分の姿が見えないのは常だ。外から見るラドゥーにとってここは薄気味悪くてしょうがない。自分達が何をしているのかなど、彼らは考えた事も無いに違いない。



この間、一人の男性職員が狂った。



その職員とラドゥーは勿論顔見知りだった。彼は真面目で、自分に振られた仕事を的確にこなす男性だった。

ラドゥーがまだここで働き始めたばかりの頃、彼とも当直を担った事があった。その時に軽く言葉を交わした。

「仕事は順調に覚えているかい?」

「ええ。ガラムさん達のおかげでだんだん慣れてきました」

「そうか……」

「…どうかしたんですか?」

「いや…」

彼は言い淀んだが、ラドゥーが真摯に彼を気遣う様子を見て、意を決した様に口を開いた。

「君は、ここをどう思う?」

「え?」

「君は、外からやってきたんだろう? その目から見てこの街はどういう風に映る?」

ラドゥーは息を呑んだ。それを見逃さなかったガラムは勢いづいた。

「この街はおかしくないだろうか? わたしは最近思うんだ。文字を使うのが、どうしていけないのだろうと」

彼はぽつぽつと自分の意志を述べ始めた。街の者達が無知であること、選ばれた者だけが文字を習得出来るという特権の意味、周囲の国との交流が無いせいで外の情報が滅多に入って来ない異常さ。


ラドゥーは内心舌を捲きながら聞いた。この街にこんなに見知に富んだ人がいるとは思わなかった。

「…これから言う事を内緒にしてはもらえないだろうか?」

ラドゥーは頷いた。

「実はね、この間、本を手に入れたんだ…」

月に一度の大市には外の商人も軒を並べる。恐らくラドゥーがハナと街に出たあの日の大市だろう。

「その本にね、素晴らしい事が沢山書かれていたんだ」

ノルメの街の人の本の認識は、悪魔に乗っ取られかねない邪悪な代物というもの。文字が読めない民にとってはそれで仕舞いかもしれないが、文字が読める彼は、興味がそそられてしまったらしい。

書物の類は、本来なら大市に並べる事は許されておらず、故に検閲も厳しい。

しかし、それを潜り抜けて裏で本の売買を行った商人がいたらしい。その一つがガラムの手元にやってきた。


ラドゥーにとっては物語や思想、学問などについて書かれた本など当たり前に存在しているものだが、閉じられた世界で生まれ育った彼には驚愕すべきものだっただろう事は想像に難くない。


この街には本が無いから先人の教えを伝える術が口頭以外に無い。先人が如何に優れた思想を持っていたかなど知りようが無いのだ。それ故いつまで経っても人の見聞は広がらず、この街を最良の地として一生をここで過ごす。


それを、ガラムさんは疑問に思い始めた。


「…そうですね。確かにここは狭い」

ラドゥーの肯定にガラムは顔を綻ばせた。

「君なら分かってくれると思っていた。ああ、君にもその本を見せてあげたい。でもここにはとても持って来れそうに無いな…」

ガラムは本当に残念そうだった。

「でも、あんなに素晴らしいものを、どうして今まで知らずにこれたんだろう?」

饒舌になった彼は次々と疑問をラドゥーに打ち明けてた。ラドゥーはそれに一つ一つ相槌を打っていく。

そして、ついにガラムは一つの結論に辿り着いた。


「わたしは、この事をレレティーヌ様に告げようと思う」


ラドゥーはピクリと指を動かした。

「それは……」

止めた方がいいというニュアンスを含めて言葉を濁した。

「いいや、これからは街の者にも文字を広めるべきだろう。街の外は戦に明け暮れているかもしれないが、その分、文明だって進んでいる。わたし達が如何に遅れているか知るべきだ」

「けれど…人は突然の変化を拒みますよ?」

そして自分が理解出来ない思想を持つ人は排除しようとする。

ラドゥーは真剣に彼を止めた。

「いや、根気強く説得すれば皆納得してくれる。君も言っただろう、この街は狭いと」

けれど熱に浮かされたようになってしまった彼は、ラドゥーの言葉を受け入れなかった。



それから暫く経ったある日、清めの場に張り付けられたガラムを見た。



“清めの場”とは、悪魔に魅入られた憐れな者を浄化する為の場だ。ラドゥーはアイマに連れられて来たそこを見て目を険しくした。


ラドゥーに目には、そこが処刑所に見えて仕方が無かったからだ。


周囲より高く設置された台の上に、一本の太い杭の周りに薪が置かれている。どう見たって火刑台だ。


その杭に先日ラドゥーと語り合ったガラムが縛りつけられていたのだ。

「……どうして彼があんな所にいるんですか」

「彼は悪魔に取り憑かれてしまったのよ…」

アイマは悲しそうだった。

「そんな、彼が何したって言うんですっ?」

「私も詳しくは知らないの。でも、レレティーヌ様に無体を働いたって聞いたわ」

前に出て行こうとするラドゥーを、アイマは腕にしがみ付いて必死に止めた。

「離して下さい。彼はそんな人じゃない」

「でも、悪魔に取り憑かれてしまえば理性を失ってしまうというわ。だから彼も…」

悪魔なんかいるものか、と叫びたかった。

悪魔に取り憑かれた者は聖火で清めないと人に戻れないとアイマは言う。

「だからって、あんな風に焼かれてしまえば死んでしまうではないですか!」

「だ…大丈夫よ。死なないわ。確かに少し火傷はするけど、痛みも無いの。人に戻った後は施設で面倒を見てあげるし…」

ラドゥーの首にしがみ付くアイマを振り切れず、叫びながら燃えるガラムを見上げ続けるしかなかった。


火刑台の周囲を取り囲む群衆の異様な興奮。神への冒涜だと罵る傍から、これで貴方は清められたと嬉しげに祝福する者達の姿がそこにあった。

ラドゥーはその日一日、物が咽喉を通らなかった。


そして…


「お加減如何ですか? ガラムさん」

“清め”の後、施設に移されたガラムの世話を、ラドゥーは毎夜甲斐甲斐しくしている。

彼はあれから一度も寝台から起きあがったことがない。全身を白い包帯に覆われ、知らなければ彼がガラムだと分からないくらいだ。その下にある酷く爛れた火傷の肌を、ラドゥーは毎日毎日包帯を取り換える度に見る。


ガラムは、喋ることも出来なくなったのか、ラドゥーがどれほど話しかけても言葉を返すことはない。辛うじて口元に差し出された流動食を飲み干すだけの人形と化してた。


あの夜、街を変えてみせると使命感に燃えていた彼は何処にもいない。

アイマの言う通り、痛みを感じないのか、肌に張り付く包帯を取る時も彼は大人しいままだった。

「ガラムさん。今日は月が綺麗ですよ。窓を開けましょうか?」

反応が無いのを承知で彼に話しかけ続ける。それは懺悔にも似ていた。彼を止めきれなかった自分、火刑を防げなかった自分。許してもらえることはないと分かっていても、せずには居られなかった。

「ガラムさん。今度固形物にも挑戦しませんか? 野イチゴくらいなら食べられるかもしれませんよ…」

ラドゥーは考える。グリューノスに帰る前に、せめて彼をここから出してあげようと。

ラドゥーと同じ、本が好きだと言った彼。本の無い生活はさぞやつまらないだろう。


その為には…




「シュバッセさん」

ラドゥーはガラムの部屋を後にすると、その足で、ラドゥーが初めてここに来た時出会った男の部屋に行った。

シュバッセは眠ってはいなかった。ラドゥーを敵意丸出しで睨みつけて、近寄るなと全身で訴える。

「お薬の時間ですよ」

「失せろ」

低く押し殺した声。

「…というのは冗談で、話があってきたんです」

ラドゥーは患者に対する口調をがらりと変えて不遜に言った。

それに驚いたシュバッセは、一瞬威嚇する顔が緩んだ。

「何の用だ」

「シュバッセさんでしょう? ガラムさんに本を教えたのは」

いきなり核心を付いてきたラドゥーにシュバッセは動揺を見せた。

「何のことだ…」

シュバッセはここでは気が触れた精神病患者として収容されている。その為彼に話しかける者は皆子供に対する様な態度で彼に接する。

こんな真っ当な人間に対する言葉を久しぶりに聞いた。

「シュバッセさんは外から来たんですよね? 大国の守護隊長殿?」

シュバッセの顔が強張る。しかし、ラドゥーは気にせず続けた。

「ガラムさんに本の入手経路を教えて、そちらに引き込もうとしたんでしょうが、彼が予想外にレレティーヌに直談判してしまった。迂闊でしたね」

レレティーヌを呼び捨てにした事に気付いた彼は、ラドゥーを伺う様な目に変わった。

「貴様……何者だ?」

「俺はただの臨時職員ですよ。そしてガラムさんの友人でもある」

「お前が、あいつを密告したんじゃないのか…」

それが、肯定であると気付いたが、あえて触れずに流した。

「何でそんなことをしなければいけないんです?」

「お前はレレティーヌ…あの女のお気に入りだろうが」

ラドゥーは失笑した。

「俺を……お気に入り、ね。そんな安い男ではないつもりですが」

お気に入りとは、まるで飼われている様な言葉だ。ラドゥーは女に媚を売るような男ではない。

「…狂った人間をからかって楽しいか?」

「貴方は別に狂人ではないでしょう。そんなこと、初めて貴方が俺の前に飛び出て来た時に分かってましたよ。俺を見る目が正気だったのに気付かなかったとでも?」

「………」

「だから早々に夜の当直を一人で任される様になって、貴方と同じ、まだ正気を保っている方達には薬を飲ませなくなったんじゃないですか」

「……何が目的だ」

扉に映るラドゥーの影が大きく黒々としている。自分よりもずっと年下なはずの彼を、空恐ろしく感じた。

「ガラムさんをこんな閉じられた箱から出してあげたいだけです。その為に貴方の持つ外との繋がりが欲しい」

「…………」

「で、どうします? 俺の手を取りますか? それともここで薬漬けになって廃人になりますか?」



シュバッセの顔は未だラドゥーを信じ切れないでいる。上等だ。簡単に人を信じる様では困る。

だが、次第に変わっていく彼の顔付きに、彼の決断を悟る。



ラドゥーは伸ばされた手を握った。









知らず、彼は荒れ狂い、暴走していく。


己が秘める魂に引き摺られて。





それでは、解説広場です。↓


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「ケンさん」

「なんだ」

「そう言えば、あの時森で響いた悲鳴ってなんだったんですか?」

「悲鳴?」

「ほら、俺達が貴方と出会う前の…」

「あ、それ私も気になってたんですぅ」

「ああ、あれか」

「はい、それです。結局あれは私達のクラスメイトの誰かだったんですよね?」

「…いいや?」

「でも、他に誰もいなかったじゃないですか」

「人間はいなかったな」

「………は、い?」

「人の世には人間以外に存在していない訳ないだろう?」

「…妖精とか妖とか、夢人とかですか?」

「あいつらは人間界にちょっかいかけるだけで、人間界の存在じゃない。夢人は人の輪から外れた者だし、妖精には妖精の世界があるからな」

「………………で? あれは誰の・・悲鳴だったんですか?」

「お前は魂魄というものが見える性質か?」

「なんですか、藪から棒に…。そんなの見えるわけ…」

「あ、私は見えますよぉ。透き通ってる彼ら・・なら」

「…アルネイラさん」

「なぁに? うふふ、あそこはやっぱり沢山たむろしてる場所だからねぇ。そうじゃないかと思ってたのよぉ」

「……つまり。なんですか? 俺達は透けてる方の悲鳴を聞いてしまったんですか?」

「まあそういうことだな。ああ、あれとは顔見知りでな、酷く被害妄想が激しい女で、時々ヒステリーを起こしては、自分が落ちた崖下にタイプの男を誘う、ちと困った奴だ」

「あの時の叫びの意味は…」

「良かったわねぇ。そっちに行く前にケンさんに会えて」

「………」

「大丈夫か? 顔色が悪い」

「…いえ、何でもないです。知らず窮地を抜けていた事に、時間差で気付いてちょっと放心してしまっただけで…」

「ムークット君でもひやりとする事があるんだぁ。へぇ、発見~」




――――――――ケンさんが未だ樹海にいたとしたら、の会話。(かもしれない)


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