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夢の旅人  作者: トトコ
48/76

45.夜色の瞳 空色の涙

あの人も、藍色の瞳をしていた。




目に映るは広い広い青空。


「…世界に何の意味がある」


果てしなく続く青の中に、二点だけ、色の濃い青が浮かぶ。彼の瞳だ。同じ青色なのに全く相容れない。それが不思議だった。それぞれが、昼の色と夜の色だからと気付いたのは最近。

彼の視線につられて同じように上を見上げる。掴めそうなぐらいに近くて厚い雲。凄く速かった。置いていかれる気分。雲の白さが眩しかった。


雲の影。彼の顔が見えない。太陽が現れる。彼の顔が照らされる。

「意味など無いわ。人が、創るだけ」

彼の顔が見えて安心した。けれど、彼から私の顔は見えないのだろう。寂しいような、ほっとするような。

「所詮、矮小な存在が創りだした世などいづれ消えるだけだ。跡形も無くな。支える屋根を失った柱だけが残る都は見ていて虚しい。必死で守って死んでいった奴らも報われない。ならいっそ最初から無い方がいいと思わないか?」

「……かもね」

肩を竦める。敢えて、何でもないという風に。

「なのに、お前は世界を救う、と?」

彼がその手に力を込めていく。いつでも私と戦えるように。


…殺し合えるように。


「世界を救う気なんてハナからないわよ。貴方を、止めに来ただけだし」

気持ちを悟られるのが癪で、あっけらかんと言ってやった。震えそうな手を、大げさにひらひらと振って。

「今、その意味は世界救済と同義ではないのか?」

「違うわよ。気持ちの問題。私は周りから大それた名前で呼ばれてるけど、成り行きでそうなったもんだし。貴方を殺して英雄扱いなんてもってのほか」


そうよ。英雄なんて、栄誉なんて、いらない。私が欲しいのは…


「…だが、世界はそうは見ないぞ」

「勝手にすればいいわよ。周りの評価なんてどうでもいいもの。――――それに、どうせ、その時には私もいないんだし」

この運命とやらを心底怨む。私と彼をどうあっても結ばせない未来。代わりに溢れんばかりの名声、富、権力が纏わりつくのだ。

そんなものしか用意されていない将来など、私は、いらない。

「そう…か」


一陣の風が吹く。


さぁ、貴方を殺す舞台の幕開けだ。



そして――――――



気がつけば、私の足元に彼がいた。

ぐっしょりと濡れている。それが血だと気付くのに数秒かかった。

途端、喉が引き攣る。その血が自分の仕業だと悟って、まともに息が出来なくなった。

「リ…ア」

彼に手を伸ばす。地面に転がった身体は重かった。とっさに彼の頭を自分の膝に乗せる。

「死なないで…」

心のままに口にした言葉。お笑いだ。彼を瀕死状態にしたのは他の誰でもない、自分だというのに。

彼はまだ生きていた。しかし、それがほんの少しの間だけなのは一目瞭然だった。

彼の瞳がうっすらと覗く。私の大好きな、藍色の瞳。夜色をした、深い色。

何か言いたげに口を開いたが、もう言葉さえ紡げないようだった。空気の音しか漏れてこない口が、出来ない程に打ちのめした己を責める。

「逝かないで…」

頬が熱い水に濡れる。涙の制御が利かなくなるなど初めてだった。絶望という二文字が胸を押しつぶす。


痛い。痛い。潰れて、捩れて、破裂してしまいそう。


涙が彼の顔に降りかかった。その一滴が彼の眦に落ちて、まるで彼も泣いているかのように流れた。

寂しげに笑う彼。その笑顔は最初からこの顛末を覚悟していたかのように。

無様に泣きじゃくって逝くなと駄々を捏ねる自分を笑う。しょうがないな、とでも言うように。

やがて彼は尽きかけた命を、なおも削って言葉を紡いだ。


じゃあな、と。


その瞬間。私に悪魔の囁きが、まるで銅鑼の様に響いた。


ふざけるな、と。


これが今生の別れとしてなるものか。彼は私のものだし、私は彼に帰属する。一方だけでは成り立たないつがいであるのに、失えるものか、と。


 だから


「また……逢いましょう」


禁忌を口にした。ひめが口にした約束は、それだけで人を縛る。


魂でさえも。


閉じかけていた彼の目がほんの僅か、大きくなった。

そこには驚きしか無かった。怒りの色は無い。そして、その意味を知りながら、柔らかく笑った。


必ず。


彼は最後の力を振り絞って答えた。応えてくれた。

私は歓喜した。狂るおしいほどの喜びが心を突き上げた。これで彼との繋がりは決して消えることはない。

愛しい彼の頬をなぞる。まだ温かい。けれど、それは風に晒されてまたたく間に冷えていった。二度とぬくもりは戻ることはない。

もう二度と目を開ける事は無い彼の額に一滴の水が弾けた。上空の水色を映して、その水滴はきらきらと煌めいた。

その雫を最後に、私の中から涙が消えた。



さあ、せかいを始めましょう。彼ともう一度出会うまで続く、永い永いたびを。







全て壊れてしまえ。

大事にしていたものが壊れてしまったなら、この世界を愛する価値などない。


その思いだけがラドゥーの頭の中にあった。

熱くなる身体とは裏腹に、冷え込む一方の思考。大きな大鎌とラドゥーの小さいものの切れ味の鋭いダガーが目にも止まらぬ速さで繰り出される。


“奇術師”と切り結び続ける。ヤツのみ視界に入れて。その周りが大地震が起こったみたいにめちゃくちゃになっていくのに気付かない。


「楽しい、楽しいネ。やっぱり僕の目に狂いは無かった。イマドキ“破者”なんて絶滅種だと思ってたけど、やっぱり“姫”の探しものは一味違う」


不気味な仮面。面の真ん中を堺に左右対称に悲喜を表す。悲しみの涙の雫が描かれた左。喜びの太陽が目の周りに縁どられる右。奴が横を向く度に、悲しみと喜びが交互にラドゥー迫りくる。


「目を付けた者全てを破滅へと導くという“破者”。たいてい、そいつらは精神の方が耐えきれなくなって、成人する前に発狂死しちゃうんだけど、比べて君は強いねネェ。惚れ惚れしちゃうナ。今まで人の世に紛れていながら、大した事も起こさずよく生きてこれたネ」


ラドゥーはピエロの言葉など聞いていなかった。ただひたすら、目の前の敵を滅ぼさんと身体は勝手に動く。

手が熱い。その手から生み出される波動がピエロに向かって牙を剥く。“奇術師”がかわす度に土が吹き飛ぶ。既に周囲は穴ぼこだらけだ。




―――何なのだろうか、この感覚は。


とても懐かしい。けれど、胸の痛みを伴う。そんな不思議な感覚。

拳を地に打ちつける。そこから波動が広がり、地を震わせる。

俗に言う、魔法。

がむしゃらになっている今、それが自分の仕業だと理解はしていなかったが、分かっていた。見たことも、ましてややったこともないけれど、不思議と身体に馴染んでいる。

エルメラがラドゥーにやって見せた時と同じ、回顧しているような手ごたえ。

ラドゥーの手がピエロを掴む。力を込めるだけで、その針金の様な腕は木端に散った。


魂の奥底の何かがそれに歓呼する。ラドゥーは知る由も無いが、魂が慣れ親しんだ感覚を覚えてる。

破壊する快感。破滅させる悔恨。自分を台風の目とした嵐が、周囲を巻き込んでめちゃくちゃにしてゆくのを止められない無力さを突き付けられた。


ラドゥーは魔法なんて非現実的で不可解な力など信じていない。手から光が生まれたり、異形に変身したり…どう考えてもあり得ない。そんな現象をどう物理的に立証できるというのか。

しかし一方で、今自身がやっている事は何なんだ、と自問する。


奥底で騒ぐ何か・・と、正気のラドゥーがせめぎ合ってラドゥーの精神に混乱をきたし、もはや自分が何者で何をしているのか、何が目的なのか分からなくなっていた。

ただただ、目の前の敵が憎くて、殺したくて、その衝動のままにナイフを翻し、地を震わせ、“奇術師”を切り削る。



けれど、限界はやってくる。

かつて・・・はどうあれ、今、実際に力を行使しているのはラドゥーという一個の脆い人間の肉体である。数多の種族の中でも、最も弱く、しかし高い知能を持った生態。

「ぐ…ぁっ」

ずん、と重しがのしかかったようにラドゥーの身体が軋んだ。止まらない怒りと、疲労で動かなくなってきた身体が上手く噛み合わずに反応が鈍る。

そこに隙が生まれる。“奇術師”がそれを見のがす筈はない。

降り降ろされる漆黒の鎌。ラドゥーは身をのぞけって逸らそうとするが身体が鈍りになったみたいだ。重くて素早く動けない。


ラドゥーの頭上に刃先が食い込まんとしたその時、



「切り刻め――――――神風ヴィエラ!!」



ラドゥーと鎌の間に力の塊が隔たる。すさまじい風力がラドゥーを包む。

「エ…ル…」

凛とした声。切望した、声だ。


触れれば裂かれそうな程に鋭い殺気を滲ませて、エルメラは“奇術師”にの前に立ちはだかった。






私は昔から人間が大好きだった。

だから、ずっと人にまぎれて、人と共に時を過ごしていた。

若い見目では、その容姿で男達を惹きつけてしまう。魔女は人ではないから、優しくは出来ても、恋情による愛情が返せない。だからフってその男達を傷付けることさえ厭って、姿を老婆に偽ってのんびりと過ごしていた。


そんなある日、自分が暮らす村の近くの国同士で戦争が起きた。ドロテアの家宅の周囲は、夢との共存地域だったからその被害は受けることはなかったけれど、その周りはそうではなかった。

あんなに青々としていた植物は枯れ、地雷だらけとなった草原。命の糧であった湖の水は、放射能を浴びて人を死に至らしめる毒に変わり果てた。


人が住めなくなった魔女の楽園。魔女は一人ぼっちになった。


けれど、いつしか、この夢にドロテア以外の住人が住むようになった。


故郷を外敵に追われ、その際負った怪我で死にかけていたケンタウルスを保護したり、双子は不吉という迷信に惑わされた両親に海に捨てられ人魚となった少年少女を拾い、昼寝場所を求めて彷徨っていた龍と意気投合したりしたのだ。

理由は様々あれど、行き場が無いという共通の悩みを抱えた仲間を見つけた。ドロテアはここに住む事を許す代わりに、それぞれ森と、湖と、草原の番をさせた。


魔女は嬉しかった。


森に行けばケンタウルスが颯爽と駆けている姿が見られる。湖に行けば水面で戯れる双子がいる。草原に行けば地雷などものともせずに暢気に寝息を立てて老龍が寝そべっている。

彼女は一人ぼっちではなくなった。


…でも、それももう終わり。夢はいつか覚める。終わりの無い夢など無い。


「そろそろ、この夢を閉じましょうか…」

あの時。

魔女は人間達が毒の実を食べ、地雷野に足を踏み入れ、湖の死の水を啜るのを見ているしかなかった時。

毛穴という毛穴から血が噴き出すのを、手足や首が吹き飛ぶのを、嘔吐し悶え苦しむ人間達をただただ見つめているしか出来なかった絶望。

再び静かになった森と草原と湖。悲しみに暮れた過去が、ようやく思い出になろうとしている。

ドロテアは満ち足りた溜息をついた。

「本当に良いのか?」

「…ええ」

ドロテアの限界も近づいている。

魔女にとって、魔力は人間にとっての血液。底を尽けば生存は難しい。でも、それが何だというのだろう。望みが叶って、何を悲しむ。ケンを軽く小突いた。

「もう殆ど地雷は取り除かれているわ。多分、ディックが押しつけたんだろうけど、あの人の子がやってくれたみたいね」

いきなり消えて少し気がかりだったのだが、消息を掴めてほっとした。


後は、“姫”が夢を壊してくれれば人の子達も帰せるし、ここを現実の世界に戻せる。その後、ここは何も無くなってしまうけれど、ケン達なら何とか出来るだろう。一人ではないのだから。

全ての清算が終わる。ドロテアもお役御免だ。

「…魔女さん。貴女は、本当に消えてしまうつもりなんですか?」

アルネイラが一歩踏み出した。彼女にしては真剣な声。問いながら、もう答えを知っているかのような、表情。

「…夢の崩壊は、主の消滅。主が壊れても夢は消えないけれど、夢が消えてしまえば主も消えちゃうのよ」

「……」

夢の世界のことわりだ。

その理に則ってドロテアは永い眠りにつく。もう、思い残す事も無い。

ほんの少しの寂しさと、誇らしい満足感で身体の力が抜けた。

「最初からそのつもりだったしね。ケン達には、また新しい棲み処を探してもらわなくちゃなんないのは申し訳ないとは思うけど」

「そんなことは良い。お前の気持ちを聞いているのだ」

それにドロテアは笑った。

「気持ち、ねぇ。わたしは魔女なんだけど?」

激情家のケンらしい問いだが、人間と同じように怒るし笑う魔女だが、人と同じように感じるとは限らない。

「お前の愛した大地だろう?」

茶化そうとしたドロテアに誤魔化されずケンは踏み込んできた。

「……」

ここは、かつてドロテアが人間と共に暮らした村のある、一地方の田舎。それを失って、取り乱したのは、それがドロテアにとって大事であるからに他ならない。未練はないのかと、ドロテアを問い詰める。

「…そうね、随分永いこと過ごしたし、全く未練が無いわけでもないけど」

ドロテアが愛したのはそこにいた温かい村人達であって、この土地そのものではないのだ。彼らがいないなら、ここに執着する理由は無い。

ここは元々現実世界のもの。綺麗にしたなら、ちゃんとあるべき場所に返すべきだ。


そのはずだったのに。


ここには新たにケンやロジェ達との思い出が詰まってしまった。村人達と築いた思い出とは違う、騒がしくて落ちつかない記憶。落ち込んでいる暇などなかった。ケンが修行と称してしょっちゅう湖に行水しに行って、双子共に邪魔されてたり、人魚が気まぐれに人間を連れてきてはドロテアがド叱ったり、古龍と一緒に地雷原でまったりしたり。

「ヤダ…何人間臭い感傷に浸ってんの…」

振り払おうとする程に溢れてくる記憶。毎日毎日馬鹿みたいに騒いで。


楽しかった。楽しかった。でも、もうそれも二度と訪れることは無い。


ドロテアは気付かない。涙の出ぬ魔女の身なれど、その顔は今にも泣きそうに歪んでいるのを。

「“奇術師”に…好き勝手されちゃたまんないしね。今の力が無いわたしが主のままだったら防ぎきれないし、それだけはイヤだもの。…今まで楽しかったわ。ありがとうね」






エルメラは何も言わずに“奇術師”との間合いを詰めた。黒いピエロは身を引こうとしたが、エルメラの方が早い。


「切り裂け――鎌鼬かまいたち


圧倒的な力が炸裂した。ピエロが切り裂かれる。道化の派手な衣装が散り散りになり、仮面が真っ二つになった。

「―――!」

正気を失いかけたラドゥーでさえ、その光景に愕然とさせられた。

仮面の奥にあるはずの顔はなく、傷口からは、ラドゥーの目に映るはずの血のはずの代わりにどろりとした闇が溢れた。

「…や、み?」

全身が深い深い闇。ピエロの衣装という形を作っていなければ、その形態も定かではない。その衣装いれものが無くなった今、“奇術師”は本物の暗闇となっていた。奥底が見通せない、粘つくような闇。

「…こいつは、闇そのものよ。人間の日に当たらない感情を糧にして巨大化する闇」

「そ・ゥダ・よ…ボク・はヤ・み……どん・ナに・トオザケ・ようと・も…け・シテ・きえ・ナイ」


“奇術師”――――闇は、同じく闇しかない顔部分を歪めた。ラドゥーとエルメラに痛めつけられた体をぎこちなく傾ける。その様子に嫌悪感を抱いた。そして、ニタリと笑った、様にラドゥーは見えた。


「きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイ・きえ・ナイヨ…………ヒトが・死・ニタエルマデ・ネ」


壊れたテープの様に連呼して、黒い鎌共々砂城が崩れるように、ざらりと形を失くし、消えた。






「ラゥ…大丈夫?」

「ええ…何とか」

まともに立っていられなくてラドゥーはその場にくずおれた。

「ラゥ!」

「…おかしいな…どうしてこんなに疲れて…」

普段、これ以上の運動量をこなしているというのに。まるで一日中身体を酷使し続けた様に、まるで動かない。

「でしょうね。それだけ身体に負担をかけたんだから」

エルメラはラドゥーの頭を膝に乗せた。

「…恥ずかしいんですが」

「キスした仲じゃない。今更これくらいどうってことないでしょ?」

軽い口調で言っているのに。その顔には間違いなく笑みが浮かんでいるのに。


「…どうして、泣きそうなんですか?」


エルメラは目を見張った。そして、苦笑するように唇を歪めた。

「泣かないわよ。夢の住人は泣かないって知らなかった?」

知ってる。かぼちゃ頭のジャックから聞いている。

「泣かないのではなく、泣けないだけでしょう?」

「…」

「涙を流さないからといって泣いていない理由にはなりません」

「…私には人らしい感情ってのがあんまりないの」

「じゃあ、どうしてそんな悲しい目をしているんだ」

ラドゥーは手を上げる事さえできない今の自分に歯がみする心地がした。ラドゥーの顔つきが僅かに変化した。

「あの時もそうだった。俺は…お前の涙を拭ってやれなかった。肝心な時に役立たずな俺に呆れるだろう?」

「ラ…ゥ?」

「お前はいつも何も言わない。あの時、その目に溜まった涙に気付かなかったとでも思っているのか?風で髪が顔にかかっていても、雲の蔭で暗がりになっていようと、お前をいつも見ていた俺が気付かなかったとでも?」

「ラゥ? 何を…」エルメラははっとした。「思い出したの…?」

リア、と呼ぼうとして、咄嗟に引っ込めた。今、生きている彼はラドゥーだから。

「ラゥ? 私は貴方が気にかけてくれるだけで充分よ。嬉しいわ」

ラドゥーの髪を梳く。血がついて、固まってしまっている箇所も、丁寧に解す。

「貴方の友達…皆死んじゃったわね…」

ラドゥーや“奇術師”が暴れた結果、為すすべも無くラドゥーの同級生達は巻き込まれ、割れた地に飲み込まれたり、黒鎌の餌食になったりしてしまった。

「もう、いいんです。どうせ元には戻りません。俺が壊した」

いつになくラドゥーが不安定だ。腕輪の守護があろうと、どれほどラドゥーが精神的に強かろうと、級友ささえを失くし、闇の濃い中に長時間いた事を考えれば、この状態は必然だった。

たまらなくなって、エルメラはラドゥーの頭を抱いた。




あの時。

彼の鼓動が止まった瞬間、私は私でなくなった。今の状況はあの時の繰り返しだ。彼が私の下で傷だらけで横たわっている。ただ、私の瞳から涙が出ない事を除いて、同じ状況だ。


望み通り、リアを殺したわ。もう充分でしょう? 義務は果たした。

もう一度、彼とやり直すのに、何の気兼ねがあろうはずもない。

やっと、やっと逢えた。二度と離れたくない。



 で  も




「――大丈夫。大丈夫だから」

エルメラは優しく、ラドゥーを抱えたまま言った。

「全部。全部夢だから。夢にしてあげるから」

言い聞かせる。過失でおもちゃを壊して、泣きじゃくる子に、直してあげると慰める母の様な、安心させる声。

「私の本領は夢幻の力。現を虚ろな夢に換えて、全て“無かった事”にする。『現夢転換』」

エルメラの言葉は半分も理解出来なかった。けれど、心の中で、この展開が良くない方向に進んでいるのは分かった。

「何を…」

言っているのか。理解する前に、エルメラははっきりと告げた。


「大丈夫。次に目が覚めた時には、全て元通りになっているから」


その声を最後に、ラドゥーの意識は暗転した。






「ドロテア!」

魔女の身体にひびが入った。周囲もピシピシと亀裂が入る。

「あら、もう時間が来てしまったみたいね」

やれやれと首を振る。

「行くな! まだっ…」

「じゃあね」

ドロテアは砕けた。








「ん…」


背中がごつごつする。

感触が気になって目を開けると、鬱葱とした木々がラドゥーの視界に映った。

「……」

――何で?

一瞬、今置かれている状況が分からず何度も瞬きをした。

――ああ、そういえば、クラスの奴らと肝試しをしていたんだ。


そう思い出し、納得しかけるも再びラドゥーに疑問が浮かぶ。


――じゃあ、何で俺は地面で寝っ転がっているんだ?


答えは、無い。


ラドゥーがボーッとしていると、周囲から起きようとする呻き声が上がった。ラドゥーは起きあがって仰天した。肝試しに参加したメンバー全てがラドゥーと同じように寝そべっていたのだ。

「…もしかして、樹海で一夜明かしたのか?」

樹海は心霊スポットにもなっている結構危ない所なのだ。元々迷いやすい土地らしく、心霊云々以前に、遭難してしまう恐れもある“酩酊の森”。

そんな森で、しかも野宿で一夜明かすなど正気の沙汰ではない。夏だからとかそんなアホな理由は通じない。

「さっみぃ」

「ん~良く寝た」

「身体いてぇ」

のそのそとクラスメイト達が起きあがる。


…正気の沙汰でなくても、こいつらが揃えばノリで野宿くらいやりそうだな。


悪友達の姿を確認し、ラドゥーは少し納得した。

何処かしっくりこない思いを感じるも、微かなものだったから見逃した。



ラドゥーは無意識に、参加していた全ての顔を確認し、安堵の溜息をついた。



解説広場です。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

「だーりん(はーと)、おままごとしましょ」

「おいらかけっこしたい」

「おいは相撲がしたいごす」

「どろけー」

「もぅ! なんなのですか! わたくしとだーりん(はーと)とのでーとをじゃましないでくださいまし」

「おいらかけっこがしたいんだってば」

「おいは相撲…」

「どろけー」

「かってになさっていれば? おままごとはだーりん(はーと)がいなければなりたたないだいじなおあそびですのよ」

「だからおいらはかけ…」

「さ、だーりん。こんなポンコツと、どすこいりきしなんてほっておいてあちらにいきましょ」

「あ、むこうでかんけりやってる」

「ひれなしまーめいどもいるぜ」

「たのしそうでごす」

「あ、まってくださいな、だーりん! …もぅ、こないだやくそくいたしたのに…さんびょうすればわすれてしまうんだから…」



「…ほんとこいつら平和だわ」


―――とある“姫”の夢に遊ぶつぎはぎとお友達との、ある日のかけあい。


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