42.回帰する記憶(中)
ドロテア一行が身の毛がよだつ体験しているそんな頃、ラドゥーはといえば…。
「――っ何でいきなり地面が爆発するんだよっ!!」
爆発する草原を爆走していた。
時折邪魔してくる、何だかよく分からない黒いモノ達を切り刻み、踏み倒し、殴り飛ばしながら。そうこうしている内に、またもや地面にその兆候が現れた。これまでに何度も見てきたからすぐに分かる。ちりちりと地面が盛り上がる――つまり、爆発する寸前だ。
「っち!」
ラドゥーは手にしている長い棒の様なものをその爆発箇所に突き刺した。
ずぅぅぅぅぅぅんっ―――
爆発は最小限に留まり、ラドゥーの周囲は静寂に戻る。
「…はぁ…あと少しですかね?」
儚い希望を呟きつつ、ラドゥーはつい十数分前の事を思い出した。
「…お久しぶりですね、『ガルド・バリューの冒険』の夢以来でしたか」
夢屋と正面から向かい合う。
「久しぶり…かな?」
首を傾げるような、不思議がる声を聞き、ラドゥーははた、と気付いた。
「…あぁ、膨大な時間が流れている夢では数カ月などものの数に入りませんかね」
隠れ鬼で一世紀費やす何処かのツワモノもいるのだ。ラドゥーは思わず苦笑を洩らすが、夢屋が何か言いたげだったのことには気付かなかった。
「助けてもらっておいてなんですが、どうしてここにいるんですか、夢屋?」
夢屋は面白そうに鼻を鳴らした。
「そう…そうだね。君は僕にそんな名前を付けたんだよね」
夢屋の名が耳慣れないのか、可笑しげに肩を揺らした。夢みたいに、確かにあるのに掴みどころない紳士。その名はラドゥーにとって彼を彼として認識する無二の名だ。
「夢屋、貴方は俺をどうするつもりなんです?」
そもそもここは何処だ。皆目見当がつかない。湖に落ちるのは避けられたが、彼女達と引き離されてしまった。それが夢屋の仕業なのは明白だが、何にせよ、ここが危険な場所でないことを祈りたい。丈の短い草っぱらを眺めながらぼんやりと思う。そう、草原。
「…何処の、草原」
現在ラドゥーが立っているのは、だだっ広い草原のど真ん中。果ての見えない地平線の先まで均質な草色の絨毯が続く。
「日当たりの良い草原だよ」
「日当たりの良い、草原?」
からかっているのか? 返ってきた答えは地名ですらない。明らかに適当な説明だ。しかし、同時に引っかかりも覚えた。何処かでその言葉を聞いた気がしたから。
日当たりの良い…草原。
その瞬間、ラドゥーの目がはっと見開かれた。その言葉はそう、どうしても思い出せない、記憶の中から消えかけているお伽噺の中のもの。
日当たりの良い草原の箇所はまだラドゥーの中から消えていなかった。村人が畑の為に貸し出しを申し出た草原だ。ちゃんと覚えてる。
間に合ったと、何に対してか分からなかったけれど、安堵した。
それに続くように、一つが浮き上がってくると芋づる式に次々とその他の記憶も呼び覚まされた。無理矢理押しこんでいたおもちゃ箱が決壊した様に、きらきら煌きながら様々な色や形の記憶達がラドゥーの脳内を駆け巡る。
〈昔々、あるところに、とても意地悪なおばあさんがいました。
そのおばあさんは人里離れた寂しいところに住んでいました。
けれど豊かな森、日当たりのいい草原、底が見えるくらい澄んだ湖のあるとても広い土地をおばあさんは持っていました。
ある時、おばあさんの住んでいる近くに数人の人が移り住んできました。
彼らは自分達が住んでいた国を戦争によって失くしてしまってここに流れてきた人達でした。
ある時、人々は食べ物を求めて森に実る木の実や果物を求めました。
おばあさんに山に入らせてくれるよう頼みました。
おばあさんは言います。
「だめだめ。この森の物は何一つ口に入れてはいけないよ」
仕方なく、人々は自分達の住む村の小さな土地を耕して畑を作る事にしました。
ある時、村の人口が増え、人々は耕す畑が足りなくなり、別の土地が必要になりました。
おばあさんに日当たりのいい草原を貸してくれるよう頼みました。
おばあさんは言います。
「だめだめ。この草原に何人も近づくのは許さないよ」
仕方なく、知恵を絞って一つの苗に沢山の実がなるように改良する事にしました。
ある時、全く雨が降らないため、植物が枯れそうになり、人々は水が必要になりました。
おばあさんに湖の水を畑まで引かせてもらうよう頼みました。
おばあさんは言います。
「だめだめ。この水を使う事は許さないよ」
とうとう人々は怒りました。水ばかりは代用が利かなかったからです。
人々はおばあさんを殺しました。
そして、おばあさんの土地の豊かな森、日当たりのいい草原、底が見えるくらい澄んだ湖を手に入れました。
皆はとても喜びました。
しかし、山の果実を齧った人が突如紫色の顔をして倒れました。
土地を耕していた者が訳のわからない事を叫びながらばらばらになり事切れました。
湖の水を飲んだ物は全身から血を流して転げ回り、そして同様に死んでしまいました。
皆はびっくりしました。おばあさんの土地は呪われた土地だったのです。
皆は思いました。魔女の呪いだと。あのいじわるなおばあさんは悪い魔女だったのだと。
いつ呪われるやも知れず、恐怖におののきました。そしておばあさんの土地に入れなくなってしまいました。生き残った村人達は、死んでしまった家族や友達を葬る事さえできず、呪われた土地から逃げるしかありませんでした。
おばあさんの土地のまわりにはそれから人っ子一人近づきませんでした。おばあさんの土地はとても寂しくなりました。
動物さえも寄りつかなくなりました。そこは真に死んだ場所となってしまいました。
おばあさんが村人に快く土地を貸してくれたら、こんなことにはならなかったでしょう。
それから、長い年月が経ち、村人の子孫たちは新しく住む事にした別の村で代々そのお話を聞かせました。優しさの大切さを子供に教えました。
子供たちは熱心に聞きます。そして、優しさを心がけた村人の子供たちはさらに親しい隣人たちに聞かせます。
その話を聞いた優しさを心がけた村人達は人に親切にしました。その村は世界一親切な村として周りの町や村に尊敬されました。
村人達はずっと優しさを忘れず、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。〉
――そうだ、思い出した。
いじわるなおばあさんの様にならないようにと、訓戒の意味を持った童話だった。喉に引っ掛かった小骨が取れたみたいにしこりがさっぱり消え失せた。
「『いじわるおばあさん』…ここが、その舞台だとしたら」
あの森も、湖も、そしてこの草原も、村人達が死んでしまった呪われた地。
あれだけ豊かな森に鳥一匹いなかった。ここは夢だから、とあまり気にしていなかったが、魔女であるドロテアなら、動物の数匹くらいこちらに移すくらい出来そうなものなのに、溢れんばかりの緑の中は閑散としていた。生きた夢に現実世界のものを持ちこめるのだからば、小鳥や小動物の一匹や二匹、不可能ではないはずだ。
湖も、とても奇麗だった。吸い込まれそうなほどに澄んだ色をしていた。
もしも、それが見せかけだとしたら? ドロテアは手を触れるなといった。ここにある物全てのものに決して触るなと。つまり、ラドゥー達に害が及ぶ可能性があったからということではないのか。あの物語と照らし合わせて考えると、辻褄が合う。
「じゃあ…ドロテアさんは…」
『いじわるおばあさん』の舞台はここ。では、その主であるあの魔女は、そのおばあさんということになる。意地悪で、貪欲な、人の死に絶えた土地を抱く老婆が彼女の正体なのか?
「………」
だが、恐怖感も嫌悪感も湧きあがってこなかった。彼女が性悪の老婆だとは思えない。ここを見ている限りでは、村人に襲いかかった様な事態が起こるとは思えない。彼女がここに愛情を注いでいることが分かるから。
物語と、彼女が繋がらない。何故か?
「――君に、助言を与えに来たよ」
思考に割り込んできた声に我に返る。夢屋と対峙しているのを思い出した。
「…助言。ああ、貴方は助言を与える方でしたね」
初めて会った時も、夢屋は意味深な言葉を残して消えた。そして今回もそんな言葉を残していくつもりらしい。
彼の言葉は不思議と耳に残る。それは、真意を理解できないながらも、それでも彼の言葉が全て真理だからだと理解できるからかもしれない。
けれど、どうしてラドゥーの許に訪れるのか。
ラドゥーは正真正銘ただの人間だ。眠っているわけでもない生身の身で正気でいるのは異常なことらしいのは、これまで会ってきた人達の反応を見て知っている。つまり自分は夢の世界にとって異端者に他ならない。そのラドゥーが余計なこと面倒を起こさない為に彼は忠告していくのだろうか。
「君は特別なんだよ。“木漏れ日の君”にとって唯一の魂の主。君は“約束の人”だからね」
ラドゥーの内心を読んだかのように、夢屋はほんの少し情報を提供した。
「は? …誰が何ですって?」
意味が分からない。エルメラにとってラドゥーが何だというのか。ただ彼女が見える希少な人間だというだけではないのか。永い時の中で、ほんの一時の暇つぶしに遊べる相手。
―――だというのに、夢屋の言葉に呼応するように、腕の傷が鼓動した。
「……っ」
痛みがいっそう酷く疼きだした。今ではラドゥーにも分かっていた。この傷はただの傷ではない。ズクズクと痛みは増してラドゥーに訴えかける。ラドゥーの奥にある何かを暴こうとするように。
本能的に、それ以上踏み込まないように、痛みをやり過ごそうと腕をきつく握りしめた。ギリギリと自身の腕を痛みつける。その痛みで傷の痛みとすり替えようとするように。それでもまだ足りなくて、どんどん心の奥に沈んでいきそうになる意識を無理矢理浮上させようとして、頭ごと上を振り仰いだ。
けれどもそれが余計な事だったと思い知る。
「―――――――――――」
声にならなかった。眼前に飛び込んできた青に、戦慄した。その瞬間、ラドゥーさえ知らない記憶の海に引きずり込まれた。
目に映るは広い広い青空。
「…世界に何の意味がある」
果てしなく続く青に、ちっぽけな自分は飲み込まれてしまいそうだ。そんな錯覚を起こす程彼を圧倒する、群青。
掴めそうなぐらいに近い雲が、瞬く間に彼を追い越していく。形を変えながら風に身を任せるその様を見て、何故か時の流れから置いていかれる愚者の気分を味わう。
自分を押しつぶす青に、決して屈さずその白さを主張しながら悠々と泳ぐ雲。雲の影が草っぱらに落ちる。影が彼の上を通り過ぎる度に太陽が彼の網膜を焼いた。
じわじわと湧きあがる忌々しさから、空から目を離した。
「意味など無いわ。人が、創るだけ」
彼の視線の先には美しい少女がいた。風に弄られた髪のせいで顔が良く見えない。
「所詮、矮小な存在が創りだした世などいづれ消えるだけだ。跡形も無くな。支える屋根を失った柱だけが残る都は見ていて虚しい。必死で守って死んでいった奴らも報われない。ならいっそ最初から無い方がいいと思わないか?」
「……かもね」
少女は否定しなかった。外見に似合わず大人びた表情で肩を竦めた。
「なのに、お前は世界を救う、と?」
彼は手に力を徐々に込めた。いつでも彼女と戦えるように。
「世界を救う気なんてハナからないわよ。貴方を、止めに来ただけだし」
あっけらかんと言う彼女。しかし彼の左右の眉はますます近づく。
「今、その意味は世界救済と同義ではないのか?」
「違うわよ。気持ちの問題。私は周りから大それた名前で呼ばれてるけど、成り行きでそうなったもんだし。貴方を殺して英雄扱いなんてもってのほか」
「…だが、世界はそうは見ないぞ」
「勝手にすればいいわよ。周りの評価なんてどうでもいいもの。――――それに、どうせ、その時には私もいないんだし」
「そう…か」
一陣の風が吹く―――――
…何だったんだ…今の。
「…白昼夢?」
気がつくと、自分の息が荒くなっていた。目の前の“夢屋”など忘れ、熱に浮かされたようにぼんやりとした頭で懸命に考える。
「…どうかしたのかい?」
空を見上げたまま固まってしまったラドゥーに夢屋は首を傾げた。その声はラドゥーに正気付かせるのに十分な威力を持っていた。森の奥深くにある静謐な泉の様な声は、今のラドゥーには心地よく響く。
「いえ…この青空を見ながら一瞬、白昼夢を見ただけです」
適当に誤魔化した。らしくないのは自覚している。突然意識をもっていかれて、夢を見てしまうなど、いつもなら考えられない。表情こそ崩れなかったが、心臓が早鐘の様に打つのは止まらなかった。
あれは思い出すべきものじゃない。
ラドゥーは自身に命じた。息を整えようとして、今自分で考えた内容に愕然とした。
思い出す?
なんだそれは。あれは自分じゃないだろう? 思い出すってなんだ。あれは単なる夢だ。夢で相対していた風に靡くエメラルド色を追い払うように溜息をついた。目を閉じたら、再び鮮明に浮き上がりそうだったから意地でも目は開けたまま。
「……あれは、ただの夢だ…夢」
何度か自分に言い聞かせた後、意を決し、ラドゥーは改めて青空を見上げた。今度は引きずり込まれる感覚は起こらなかった。そのことに未だ落ちつかぬ心臓に、僅かだが安心をもたらした。
その安堵が、ここを考える余裕を与えてくれた。
ここは夢だが、視界に広がる空はこれ以上なく現実的だ。あの皇子の夢にあったどこか作り物めいた雰囲気もない。これが創られたものだとしたら、もはや偽物とはいえない。夢を、真と認めるのか。もしそうなら現実世界がひっくり返る大問題だ。
ここは夢なのか、現なのか。そもそも夢と現は違うものなのだろうか。鏡の様に実像とそれをそっくりに映す虚像ではないのか。
最近頻繁に夢と現を行き来しすぎて(あの少女とのデートの所為)、その境界線が曖昧になってしまったのかもしれない。何処か創り物めいた夢の世界は、ヒトの想念が作り上げた世界。しかし現だって人間が創り上げてきたものだ。そこに、何の違うがあるというのだろう。やはり、持ちうる時間の制限の有無だろうか。有限の時はその一瞬が惜しくなるものだが、無限にある時は次第に人を蝕み怠惰となってしまうだろう。
取留めも無い事を考える彼は、先程の事を隅に追いやり、余裕を作りだそうとする自己防衛だということに気付かない。一人苦笑するラドゥーを夢屋はじっと見つめていた。僅かに固い空気が漂っているのは気のせいか。
「…夢を、見たのかい?」
一瞬何の話かと首を傾げ、すぐに先程の話の続きだと思い出した。
「ええ、ほんの一瞬でしたけど。それが何か?」
夢の世界で夢を見るのは当たり前だろうに。何をそんな真剣になっているのだろうか。ようやく平常心を取り戻したラドゥーはいつもの穏やかさを取り戻していた。
「……いや。それならいいんだ」
はぐらかされた感じはあったが、先ほど見たラドゥーの夢云々は、今は気にするものではないから、ラドゥーも追及しなかった。
ラドゥーは改めて夢の紳士と向き合った。
「それで、貴方は何を教えに来て下さったんです?」
ラドゥーは前に教えてもらった助言を思い出した。
〈お気をつけ。夢は時に現を凌駕するよ〉
夢は現を浸食する。それは真実だった。“奇術師”が現実世界の人間にちょっかいを出すように。
それは現実世界の人間には防げない。夢はいつだってその人自身の心にある。切り離せない夢の世界。そして、闇も。
「…そうだね。今はまだ、早い」
「…?」
夢屋はラドゥーに構わず一人ごちた。何でもない、とラドゥーに首を振り、彼を見据える。
ラドゥーは最初の頃の夢屋の威圧感を覚えている。今またその圧力がラドゥーにかかるのを感じた。
「闇は、鏡。自分の全てを映しだす。自分の見たくない部分まで」
こつ、とステッキを地に打ちつける、雰囲気からもうすぐ帰るのだろうと分かった。
「………そうですか」
その真意はまだ分からない。けれど、今この時必要なのだろうと漠然と解した。
「一つ、お聞きしますが、ここの夢はもうすぐ消えますか?」
「消えるね」
「それは………主である魔女ドロテアが消えるからですか」
「それは少し違う」
「…え?」
「魔女は人ではないよ。よく彷徨っている人の精神体とも少し違う。夢の世界のとっての一般人。生死の定義など無い。夢がある限り魔女は不滅だ」
「それはどういう…」
彼女は消えると言っていたではないか。
「魔女は夢の世界の良心とも言える存在だ。闇から生まれた“奇術師”とは対称的にね」
その言葉を最後に、ラドゥーはなおも問いかけようとするラドゥーの目の前から消え失せた。
「さて、どうしたものか…」
ラドゥーは考える。そもそもどうしてここに来てしまったのかというと、別にこの夢の存続危機を知って助けに来たわけではない。友人がこちらに連れてこられたかもしれないというから探しに来ただけだ。
『いじわるおばあさん』の舞台が思いがけずここだったことで脱線しかけたが、今のラドゥーにとって友人の救出が最優先だ。
しかし、どうも訳アリなこの夢を放っておくことも出来そうにない。心情的な問題で、昔から親しんだお伽噺なだけに気になってしまう。それに読書好きな彼からすれば、物語の消失は是非とも阻止したい。
しかしどうやって?
消えると言ったドロテア。夢と共に。しかし夢屋は不滅だという。
ここに、エルメラがいれば良かったんだが…。
夢の世界を訪れる時は必ずエルメラが傍にいた。夢に誘うのは彼女だから当たり前と言えば当たり前なのだが、今の状況に違和感を感じる。
右も左も分からない予測不可能な世界に一人でいる事に不安を感じている訳ではない。
ただ、在るべきものが無いという状況に腰が落ち着かない感覚である。
いつの間にエルメラが自分にとって当たり前になったのだろうと苦笑する。しかし、いて当然という思いは至極自然にラドゥーの心に落ちてきた。
何故、と自問。しかし、それが当然だから、という答えしか返って来ない。
ともかく今は何処かにいるという友人を探そうと一旦思考を切り替える。
改めて草原を見渡そうとした。しかし、それは阻まれる。
ラドゥーの身に突然大きな影が差した。
「お主は何者じゃ?」
野太い声がラドゥーの頭上から降ってきた。
「……」
ゆっくりと後ろを振り返って。影の正体を見上げた。
そこには、鋭い牙を覗かせた巨大な龍がラドゥーを見降ろしていた。
解説広場、今回は番外編っぽくラドゥーとその護衛達のある日のヒトコマ↓
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「ラゥ様」
「なんだ、セナン」
「ファンデルン侯爵からお手紙が届きました」
「そうか、そこに置いておいて」
「お茶をお持ちいたしました。…うん? あれ、ラゥ様、ファンデルン侯爵と親しくなったんですか?」
「サラ…お前は若君に対して馴れ馴れしくし過ぎだ」
「なによグランッ。私とラゥ様の仲に口出ししないでっ」
「いつ、何処でどんな仲になったというんだ」
「杯めてお会いした時、この休憩室で、一目でお互い…」
「夢でも見たんじゃないか?」
「そんな、セナンまでっひどい!」
「そういえば、ギルはどうした? すぐ戻ると言っていたが…」
「大公様の許にも薬を渡しに行くとのことでしたので、戻るのにしばしかかるかと」
「解毒剤か。グリューノスは何処とも敵対するつもりはないというのに」
「ダルクルの傘下に収まったとはいえ権威も経済力も下手な国家よりもありますからね。目の上のタンコブなんでしょう」
「あ、そういえばラゥ様もこないだ盛られてたじゃないですか。あれ、どうなりました?」
「あんな程度でどうともなるわけがないさ。送り主をつきとめて十倍の威力のを贈っておいた」
「セナン…それって即死って意味じゃん」
「よっぽどの馬鹿でなきゃ毒だと分かるさ」
「…そういえばこないだサーメフにいる遠縁…名前は何だったか…の御婦人が心臓発作で突如亡くなったと聞いたな」
「アルコール中毒にどっぷり浸かってらしたローナ様は、ついに心臓を患ってしまったのかもしれませんね」
「……そういえばラゥ様がギータニアからお土産に持って帰ってらした高級ワインが一本なくなってた…。それよりも、ファンデルン侯爵はなんて?」
「ん? ああ、いつもの通り当たり障りのない挨拶にちょっとした……あー…情報、かな?」
「なんですか? その間は。すっごい気になるんですけど」
「読んでみますか?」
「いいんですかっ? ……………普通の手紙じゃないですか。最近の些細で微笑ましい出来事とかしか書いてないじゃないですか」
「分かりやすく書いてあるわけではないからね。ちょっとコツを使って読めば結構面白い事が書いてあるんですよ」
「…政治の世界は難しいです」
「直球で書いてしまったら足がつきやすいんだよ」
「まるで犯罪者の手口ですね」
「そうかもね。貴族どうし騙し合い、潰し合い。人を殺しても貴族特権を利用して平民より手が後ろに回りにくいからより性質が悪い。でも、誰が見ても明らかな証拠が見つかってしまえば例え強力なバックがいても誤魔化しが効かない。だから普段から注意深く真意を悟られないように振る舞うのが常なんだ。まぁこれはそうヤバい類のものではないけどね。精々うちの貴族の弱味とかだ」
「うちは貴族にも容赦ないですから。いや、貴族だからこそ、か」
「そう。他国だからって好き勝手していいわけがない。相応の処罰は食らってもらうよ」
「手紙の情報は…そのための情報ですか?」
「今回はね。まぁ後はまたギータニアへのお誘いかな」
「またですか? 懲りないですね」
「殆ど社交辞令だよ。ほんとに来るとは思ってないさ。さて、セナン。ギルが帰って来たら鎮静剤の薬を処方を頼んどいてくださいね」
「御意」
「…鎮静剤?」
「そのおいたをした貴族を呼び出してですね…まぁちょっとした悪戯に使うんですよ。その鎮静剤は大事なところが大人しくなる薬でしてね。元気が有り余っているそいつにはぴったりでしょう?」
「…怖っ。その貴族がちょっと不憫に思えてきました」
「さっさと処分しないだけ温情だと思え。全く言いがかりをつけて少女を辱めた挙句家族から金品を巻き上げるなど貴族はおろか人としての風上にもおけん」
――――和やかなお茶の時間にきな臭い(日常)会話。