34.夢のカフェ店『ドこんじょ☆パフェ』
安らぎをお求めならいつでもどうぞ。
当店自慢の最高のお菓子と粋なボーイがおもてなし致します。
そこは粋なカフェレストラン『ドこんじょ☆パフェ』。
悠久の時に暇を持て余した夢の住人が一時の憩いを求めてやってくる、まさに夢のカフェ店。
「略して『こん☆パ』」
「“☆”は重要なんですか? “☆”は」
「☆の無い『こん☆パ』なんて『こん☆パ』じゃない」
真剣に返されラドゥーは言葉をなくした。
「…へぇ」
ラドゥーは目の前に立ち塞がる店を見上げた。
「…なんといいますか、少女趣味をこれでもかというほど詰め込みましたね」
店の外装は、それほど大きくはない。色の基調はピンク。ただのピンクではなく柔らかいベビーピンクとまろやかなマシュマロホワイトだ。壁や屋根にドーナツや飴玉といった色鮮やかなお菓子が飾られており、まるで物語に出てくるお菓子の家だ。女性の心を掴む要素を極めた店だ。
「見ているだけで口の中が甘くなります」
「中もこんな感じよ。ここが本日のメイン」
エルメラの白魚の手によって開かれる扉。チリンチリンという可愛らしい音とともに店の中へと招かれた
。
「ヘぃらっしゃいっ!」
ラドゥーらを出迎えてくれたのは額にハチマキの気合の入った親父だった。
ん?
ここまで来たら、ひらひらフリルの美少女を迎えてくれるのを、当然と受け止めていたラドゥーにとって、そのおっさん共は衝撃だった。
よりによって、祭りの時期のみに張り切るようなおじさんが出てくるとは…。
「二名様入りやぁすっ」
厨房やオーダーから、「らっしゃいっ」だの「うぃーす」だのと気合の籠った野太い声があがった。
「……」
来るとこ間違えたか。
「さ、あっち座りましょ」
踵を返そうとしたラドゥーの腕を掴み、エルメラは席へと連れて行った。
「…あの」
「なぁに?」
「メニューは何処でしょうか」
オーダーは水とお手拭きだけを置いてさっさと行ってしまった。お品書きも置かずに。テーブルにメニューは置いてなかった。これでは注文のしようがないではないか。
「メニューなんてここにはないわよ。だってここじゃ、誰も同じ物を食べたりしないんだから」
「…どういう意味ですか?」
「ここは自分の味を見つけられるカフェだもの」
よく分からない。しかし、エルメラはラドゥーに笑うだけで答えなかった。
「食べてみれば分かるわよ」
「はぁ…」
ラドゥーは改めて店内を見渡した。内装もピンクと白。それに濃い橙や緑などのメリハリも効いていて趣味は悪くない。店内は様々な格好をした人で賑わっていた。
…果たして人と括っていいのか分からない“ヒト”もいたけども。
別に、角や羽が生えてたり肌の色が紫のヒトがいてもいいだろう。日常生活にちょっと邪魔になるだけだ。ちょっと毛深くて犬歯が異様に発達した方であろうと全然許容範囲内だとも。ヒト型で、二足歩行していれば人と括れるさ。腕が八本あっても気にしない。
そんな人々を失礼でない程度に見渡していると、中にはまとも…ちゃんと肌色の肌をしたお客さんがいた。安心して彼らを観察してみる。
彼らは七人いた。何やら話が盛り上がっているようだ。失礼とは分かっていても好奇心が勝り、少し傍耳を立てて聞いてしまった。
「―――ちょっとぉ、なぁにが『高山君と両想いになれますように』よ! その程度の顔の分際で厚かましいのよ。颯太クンはわたしのモノよ。ムカつくから適当なブ男とくっ付けちゃえ」
「お前はいつ縁結びになった」
「僕への御祈りだよ、それ。この子だって中々の可愛らしい素朴な少女じゃないか。叶えてあげちゃおっかナ」
「だって、わたしがお祈りされるのは殆どが受験祈願よ。芸能とか。つまんない。それに、たいして綺麗でもない女の物になるなんて希少な美男子がもったいないと思わない?」
「いくら綺麗でも、野郎に興味無いしナ」
「………アホくさ」
「ちょっと聞こえてるわよ」
「惚れた脹れたは勝手だけど、所詮子孫を残すための自己暗示、もしくは生殖本能だとおれは思うね。実際子孫が出来た後の夫婦はあらかた冷めるだろう」
「あら、本能? 上等じゃない。愛は欲望のままに求めるべし! 博愛主義万歳! 数多の女を侍らせてこその男よ」
「女神であるお前が言うセリフか?」
「そして、どんな美男子をも骨抜きにして跪かせるのが女の生きがいであり意義!」
「うっわ、悪女」
「しかも“美”男子に限定しているところからしてもはや差別…」
「博愛主義はどうした」
「……貴志とかいうヤツにフラれたくせに」
「あ、それ禁句」
「あぁあ、言っちゃった〜」
「ねぇ大ちゃんさっきから何見てるの?」
「……稲穂の成長経過」
「…そのモニター、ずっと見てるよね?三か月前くらいから」
「…違う。半年」
「…植物ってさ、そんな早く成長しないよね?」
「……一日約三ミリ、かな」
「ねぇさっきから弁ちゃんがすンごい殺気かましてるんだけど。無視しないで構ってあげなヨ」
「そうだそうだ。俺達にとばっちりがくんだからさぁ」
「……図星食らったくらいで…女神もたいした事無いね」
「きぃぃ!! 今日という今日は覚悟なさい! 米にしか興味ない陰険根暗が!」
「……米だけじゃないよ。茄子でもかぼちゃでも植物なら何でもだよ」
「揚げ足とるなって! ここはひとまず謝れ、な?」
「……ゴメンナサイ」
「心が籠ってない謝罪ほど神経を逆なでするものってないよネ」
「ほらほらエっちゃん何とか宥めてよ」
「いやだって俺商売繁盛だし? 農作も兼ねてるけど、喧嘩の調整なんて畑違いじゃね?」
「それならボクだって長寿だよ!」
「それなら弁のやつだって恋愛関係なくね?」
「子宝は僕だしネ」
「じゃあ戦ならしゃもっちかな?」
「……この場合、人徳を司る福べぇが適任じゃないの? この際だから寛大な心でも授けてもらえば?」
「オレに振らないでよ〜」
「そもそもさ、大ちゃんてもともと戦も兼ねてたよね。弁ちゃんに敵うかな?」
「どいつもこいつも……纏めて葬ってくれるわ!!」
「……あそこの方達…」
「たまにお忍びでやってくるやんごとないモノがいるから、近寄らない方がいいわよ」
「それが良さそうですね」
ラドゥーは触らぬ何とやらに祟りなしというのを実行することにした。
程なくしてオーダーが(頼んだ覚えのない)メニューを持ってきた。
「お待たせいたしやしたぁっ!」
「…どうも」
きらりと光る白い歯がまぶしい。下町の定食屋でケーキを出されるような妙な気分である。
「まあまあ、味は最高だから、食べてみてよ」
その言葉に気をよくしたのかオーダーは二カッと白い歯を見せた。粋だ。でも、カフェにいぶし銀な要素は求めていない。
ラドゥーは自分の前に出されたパイケーキは、見たところ普通のパイケーキだ。
綺麗な焼け目がついた表面に、オレンジ色のソースが煌めいている。ケーキの周囲も綺麗にクリームやチョコで飾られていた。
「何のパイでしょう?」
見た目はオレンジパイといったところだが。
「さあ? 食べてみなきゃ分からないわ」
エルメラの前にあるのは、七色のアイスに。見たことのない果物がふんだんに盛りつけられた豪華なパフェだった。エルメラは早速フォークを手に持っていた。
「ここは自分の味と出会う店。自分の舌を極楽に導くカフェなのよ」
「美味しいだけの店ならいくらでもありますよ」
「そうね。大衆向けのお店なら、ね」
「ここは違うと?」
エルメラが食前運動させてまで連れてきた店だ。味の程は信用している。しかし自分は何の注文もしていない。この店の常連でもない。彼の味の好みをこの店は知らないだろうに。なのに、自分にとって最高の味を提供する?
「そりゃあね、それなりに美味しい物を食べても、それなりの満足を得られるわよ。でも、ここは夢のカフェよ。己が求めている深層の願望を察知して、訪れる客の味のカタチを作りだすのが、ここのシェフ」
「そんなことが可能なんですか?」
「現で不可能なら、夢では可能なのよ」
どんなことでも。
エルメラの笑みじゃ悟った賢者のように華やかさの裏に静けさを纏っていた。
「………」
ラドゥーがエルメラの言葉を吟味していると、彼女は、ラドゥーのパイにフォークを突き刺し、ラドゥーの口元に持っていった。
「はい、あーん」
ラドゥーは固まった。
「あーん?」
「……………」
黙りこくるラドゥーに、それでも容赦なくパイを突き出してくる。
これは何の試練だ。 周り(主に店員のおっちゃん達)の好奇の目が痛い。
「デートでしょう?」
極上のエメラルドの瞳で、上目遣いされれば堕ちない男はいない。だがラドゥーはエルメラにほだされたというよりも、周りの視線に耐えきれずとうとう観念した。
「…い、いただきます」
エルメラの心底嬉しそうな笑顔を直視しないように、パイを口に入れた。
パイの味が口の中に広がった瞬間、身体中に走った痺れをどう表現しよう。
美味しい、という言葉では言い表せられなかった。恋人ごっこをさせられた羞恥など吹っ飛んだ。自分の舌はこれを味わうために出来ているのだと思わせる、確かに自分の為の味だった。
どんな称讃の言葉もこの味を前にしては不十分だ。霞んでしまう。
生きてて良かったと本当に思った。
「どう?」
「これは…凄い」
「ふふ。この店はね、味を失った夢人にさえも自分の味を味わえる店なの」
この盛況ぶりを見れば言われるまでもなかった。食は生命維持だけでなく、心のゆとりをもたらしてくれる大事なものだ。味を失った夢人達がここに駆けこむのも当然だ。ジャックの夢人達も言っていた。ここに来て、初めて味わう大切さを思い知ったと。
「でもね、あんまり一度に来られても困るから、制限をかけてるんだけど」
ラドゥーは後ろを振り返った。レースのリボンでツインテールをしている十くらいの幼い少女がいた。可愛らしいピンクのエプロンドレスはプラチナの髪と同じ色の瞳の彼女によく似合っていた。ようやく店に相応しい女の子を拝めて、漸くここが正しくカフェなのだと納得できた。
「あら、オーナー久しぶり」
「お久しぶり、“姫”。三百年ぶりくらいかしら」
エルメラは少女の事を知っているようだ。いや、オーナーって。
「店長?」
「ええ、そうよ。“夢の旅人”が一人“パティシエ”といいます。パティと呼んでくださって結構よ。初めまして」
にこりと笑って首を傾げる仕草は、幼い容姿には不釣り合いの大人びた態度だった。
「初めまして、ムークットといいます」
自然ラドゥーも大人に対する対応をとった。パティはラドゥーを見上げて目を細めた。
「貴方が“姫”の―――ね」
ぽつりと呟かれた言葉はよく聞きとれなかった。エルメラはパフェを食べる手を休めず彼女について説明した。
「彼女も“名前持ち”よ」
「いや、だったら彼女も、とても強い方なんですね」
パティはキャラキャラと笑った。
「やぁだ。あたしは“姫”や“道化師”みたいな食物連鎖でいえば頂点に立ってるような別格級と一緒にしないで」
「そうでもないでしょ」
エルメラはパフェ様の長いスプーンをパティに向けた。
「俗に言うでしょう? 胃袋を掴んだ者には逆らえないって」
確かに美味しい物を作ってくれる存在に人間は弱い。本能的な物で、食事を司る者には頭が上がらない。一般家庭の母親が専らこの位置にいる。
どうやらパティの強さは、エルメラ達のように単純に力が強い者達とは少々畑が違うようだ。
「そういえば、制限とか言ってましたね」
「あんまり一斉に来られても困るからね。だからここは完全予約制。初見様御断り。紹介者が必要。だって作ってるのはあたし一人なんだもの。大変だわ」
「えっそうなんですか」
じゃあやる気満タンで働くおっちゃんたちは?
「あのグレイボーイ達はただのオーダー。この店の経営を管理させたり、畑の面倒見させたり、あの子達の中には“夢の旅人”もいるから食材調達に行かせたり」
グレイボーイって。言いたい事は分かるが。
「ねえ、それより、パイは美味しかったかな?」
パティがラドゥーの食べかけのパイを指して言った。
「美味しいを超えた物を食べたのは初めてです」
この極上のパイを作りだした少女に尊敬の眼差しを向けた。もう現の店では物足いくらいに。
「ありがとう。最高の賛辞よ。あたしがこの世界に堕ちた理由は、その美味しい物を食べて幸せそうなお客様の顔を見たいからなの」
パティの方こそ幸せそうな顔をした。
遠くで、いつものオーナーの夢の話が始まった、とおっさん達の笑い声が聞こえた気がした。
「味を極めたい。けれど人の人生程の長さではとても足りない。大衆を喜ばせられても僅か一部の人に受け入れられないならその料理に価値はない。だから思ったの。その他大勢ではなく、たった一人にとっての最高の味を出せたなら、その料理は究極の料理と言えないかしら、と」
恍惚とした表情は恋をしているよう。赤く染められた頬は愛らしかったが、何処か狂気じみてもいた。
「…パティの人生は味の追求に始終するわ。味のうるささはパティに敵う奴はいないわね」
エルメラが身を乗り出してラドゥーに耳打ちした。
「でも、それは簡単な事じゃなかったわっ。皆食べた料理を美味しいと言って食べてくれる。でも最高の味ではなかった。所詮その程度の美味しさ。…あたしは行き詰った」
皆は普通に美味しいといって食べてくれるだけでは満足しないなんて。拘るとキリがなくなる典型的なタイプだ。
「美味しいと言われれば嬉しいけど、一時彼女はその言葉に拒否反応を起こしてた。その先を目指してたから」
エルメラが耳打ちしている間もパティの演説は止まらない。
「でも諦めなかった。時に思慮深く、時にがむしゃらに作りまくった末、この店に行きついた! そうっあたしの思いの詰まった希望の星に!」
この店の名前は『ドこんじょ☆パフェ』だ。
「…なるほど」
ドこんじょの意味と星の必要性を納得した瞬間だった。
「だから食材は拘りに拘るわ。本当はあたし自ら行きたいのだけど、あたしはそう強いわけでないからここを長く離れられないの」
こっちに戻ってきたパティは今度は少し残念そうな顔をした。
生きた夢はあの灰色空間が生じるのを防ぐために主の存在が不可欠。でも食材調達とは、一体何処まで買いに行くのだろう?
「だいたいの物は自足で賄ってるけど、珍しい食材なんかも世界にはまだまだ沢山あるのよ。そこでしか自生できないものもあるし、限られた数しか収穫できないものも。売ってない食材は多いから、その度に足を運んで取りに行かなきゃならないの」
売ってない食材なんて、相当の珍品なのだろう。市場に出たらかなりの高額にならないだろうか。
「そこらの秘境とかに生息する草菜とか、毒を持つ植物に実る実とか」
…そこらとか軽く言うけれど。
しかし、お金はどうなっているんだろう。取りに行くならお金はいらないだろうが、お金で物を買うこともあるだろう。
「そんなときはどうしているんですか?」
「ふふん。確かに世界によって通貨も違うし、一つの世界の中でも多いトコなんかじゃ百種類以上の硬貨があるのよね」
察したパティがクスクス笑って答えてくれた。
「その世界の通貨が必要な時は…」
「…時は?」
パティはにっこりと笑った。
「さて、どうなんでしょうね?」
ラドゥーはきょとんとした。そこで答えを渋るのか? 釈然としないながらも、なんだかおかしくてラドゥーは噴き出した。
謎は謎のままの方が楽しい。
「そうですね。お楽しみは取っときましょう」
「そんな期待するほどでもないけどね」
あえて種明かしする必要もないということらしい。
「…そういえば、ここのお支払ってどうなっているんですか」
パティが仕事に戻ってあと、ラドゥーはエルメラに聞いてみた。メニューを自分で頼んだ訳ではないので金額が分からない。しかも、時に秘境に入って珍味を探すらしい。その労力とあの味を考慮すれば、相当の額にのぼるだろうとことは簡単に予想できる。
「大丈夫。もう支払いは済んでるわ」
「えっ! いつの間に…」
デートでは男が払うものではないのか。しかし、ここは夢。ラドゥーの国の通貨で払えるだろうか。
「夢の世界では基本的にお金なんて流通してないわ。寧ろ無用の長物ね。支払いは別の方法よ」
「どんな?」
「いろいろよ。支払う側に求めるものは支払われる側が勝手に決めるわ。労働力だったり、物を差し出したり」
「ここは?」
「食材よ」
なるほど。納得のいく支払いだ。
「予約って言ってたじゃない。その時に前払いで対価となる食材を指定されるのよ」
「その話の流れから行くと入手困難な食材を言われたとか言います?」
「その通り。ゴルゴノーマティス渓谷っていうところに生息しているヴァドヴァって怪鳥の卵を指定されたわ」
その卵は普通の卵より栄養価が高く濃厚な味わいなんだそうだ。
もちろんラドゥーはそんな渓谷も怪鳥も知らない。知らないが察する事は出来た。鳥とは卵を持っている時、卵を守るために非常に性格が荒くなるものだ。
ヴァドヴァが全長三十メートルだとか炎を噴き出すとか渓谷は動物も殆ど棲まないいろいろ凄まじい場所だとか知る術もないが、ラドゥーはエルメラの苦労を慮った。
「ま、だから客の制限が出来るのだけど」
確かに入手が難しい食材を手に入れられるのは人が限られてくるのだろう。食材の指定はパティの裁量で、相応の者に難易度を上げていくのだがエルメラは言う気はない。
「だから、男の沽券とか気にしないでね」
「では、代わりに何か…」
「このデートでチャラよ」
エルメラは最後の一口を頬張った。
ラドゥーはお手洗いに席を外している時、一人寛ぐエルメラのもとにパティが再びやってきた。
「あの人が“姫”の約束の人なのよね?」
「…ええ」
「見つけたのね。ようやく」
エルメラは笑みこそ湛えてはいるが、ラドゥーに向けるものとは違い、宿る光は硬質で冷たいものだった。
「ったく…探しものが見つかって、丸くなったと思ったら」
エルメラはそれ以上何も言わなかった。
「…あの人にここがれっきとした現実世界だって言ってないんだ?」
「…だって、必要ないでしょ」
この店から半径二キロはパティの領域内だ。
そこから先はかつての繁栄が伺える廃墟が広がるだけの空虚な世界。弔われることなく白骨化した死体がそこら中に転がっている。
ここは事実上、生き物が滅んだ現実世界。
滅んだ世界にパティは目を付け、店を立てた。夢の世界は夢に溢れているが、味気ない。だからあえて現実世界に生きた夢を浸食させた。それなら生きた夢と同じ効果を発揮しつつも、夢人も現実世界の重みに潰されずに、正気を保ったままでいられる。
「こんな現実もあるんだってことは、別に知らなくてもいいでしょ?彼には関係ないのだから」
疫病や戦争で滅んだ世界。そういう世界は結構ある。予備軍も含めて。
この店とその周囲はパティが生きた夢の主として保っている。それゆえに外からの病原菌など害あるものは寄せ付けないが、ここは今でもその菌は生きている。人が改良したせいで。
「お待たせしました」
戻ってきたラドゥーにエルメラは優しげな笑みを向けた。
「さて、そろそろ出ましょうか」
エルメラは席を立った。
「ああ、そうだ」
「なに?」
「ジャックさんのところのかぼちゃを、この店に持っていったらどうだろうと思いまして」
あのかぼちゃクッキーもとても美味しかった。今度また遊びに行った時にでも話してみようか。パティの腕とあのかぼちゃがあれば最高のお菓子が出来そうだ。
「いいんじゃない? 今度掛け合ってみましょうか」
そうして、二人は店を後にした。
ここは粋なカフェレストラン『ドこんじょ☆パフェ』。
静寂の世界の中にあって唯一、活気ある声の響く店。
七人の福を呼ぶ神様。いえ、今の言葉に何の意味もありませんが。
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「御馳走様でした」
「喜んでくれてよかったわ」
「天にも昇る気持ちでした。さて、解説広場第二回ということで」
「『称号名』だったわね」
「そもそも『仮名』と区別意味はあるんでしょうか」
「んー、人って何かとランク付けしたがる生き物なのよね。上に立ちたいやつ、上のものに諾々と従いたがるやつ、むしろ下っ端気質なやつ」
「まあ、言われてみれば。王制がいい例ですよね」
「まあ秩序を保つ意味でも力を持ったやつがいた方が何かと都合のいい場合があるのよ」
「『称号名』もそういう事なんですか?」
「“名前持ち”だからって秩序を守ってるわけじゃないわよ。夢の住人は自分の望みのために存在してるわけだし。所詮四民平等なんてまやかしってことね」
「…自分が貴族なだけに下手なことが言えない」
「と、話がずれたわね。『称号名』は完璧に他称なのよ。その人の本質や生前の肩書にちなんで呼ばれたりすることが多いんだけど、いつの間にか呼ばれてて、その名前が自分のものだって知らないときだってあるくらい」
「その名前が皆に知れ渡っているとリンさんが言ってましたが、どうやって伝わるんですか?」
「ああ、夢の世界はそれぞれ独立してはいるけど断絶してるわけじゃないの。私みたいな“夢の旅人”や、かぼちゃ頭さんみたいに夢を渡れる人達がいるわけよ。で、たいてい夢の住人は娯楽が少ないから噂話とかいい暇つぶしになるわけ。だからどこかの夢に出かけて行くたびに新しい情報を流したり聞いたり」
「人の口には戸は立てられないといいますしね」
「そういうこと」
「じゃあ、次は夢の種類についてでも」
「それは次になるわね」