28.“姫”VS―――
「ジャック・オ・ランタン?」
ラドゥーはジャックの肩の上に乗るかぼちゃ頭を見つめた。
確か、灯を掲げて永久に森を彷徨う、孤独の中で死んだ魂といわれる存在だったはずだ。
ジャック・オ・ランタンは、森で人を彷徨わせると云われるが、稀に人を出口へと導いてくれるとも伝えられている。ラドゥーが昔に読んだお伽噺にはそう書いてあった。
「かぼちゃ頭さんは妖精さんだったんですか」
夢の世界に妖精がいても何らおかしくはないが、やはり実際目にするのとでは違う。
「妖精も家で住むものなんですね」
「妖精とはいえ…元は人間だったからな。人としての習慣を捨て切れていない部分もある」
「どのみち、夢の住人であることには変わりないしね」
「……そうだな」
エルメラはラドゥーと目を合わせた。
「それでね、ジャック・オ・ランタンは古の妖精よ。人間が文明を発展させていくずっと前から存在してる。このかぼちゃ頭さんはどうやら妖精の身となってまだ日も浅い部類になるらしいけど、格が高いことに変わりはないわ。ただ、ジャック・オ・ランタンは人を惑わしはするけど、人に直接害をなすモノじゃないから、敵を追い出すことが苦手なのよ」
だから偽物の“姫”の後ろにいる大物には敵わない。
「わたしは、人を迷わせたことなどない。…確かに他の奴らは谷底に導いたりする性質の悪い輩もいたが」
…それはつまり、死の旅路へご案内と等しいということでしょうか。
「でしょうね、罠を張る意地の悪さの欠片もなさそうな貴方は、人を助けることはできても、襲ってくる奴を駆逐するなんてまず無理でしょうね」
ジャック・オ・ランタンは人に対して直接危害を加えられるような性質を持たない上に、ジャック自身の気の優しさが拍車をかけた。
「夢の世界でその優しさは貴重なんだけど、今回、それが見事に仇となって、最悪の事態に陥りそうになっているのよね」
森で迷った人をその灯りで出口に導く優しいランタン男。自分のように、人知れず森の中で非業の死を遂げないように?
迷子。それは、“道”で彷徨う夢人も同じ。
「もしかして、ここの夢人の方達も?」
「そうだ。わたしが、“道”で見つけてここに導いた者達が殆どだ」
やっぱりそうか。ジャックの家まで押しかけてきた男達は、ジャックのことを罵っていたが、そこには裏切られた悲愴感が滲んでいたから。
「あら、そうだったの? 道理で数が多いと思ったわ」
“道”を“道”として渡れるのは“夢の旅人”か、それに準ずる力を持つモノだけ。“導き”の力を持つジャック・オ・ランタンも、その一人だ。その上、“迷宮”に彷徨う孤独な夢人を見つけ、かつ自由に目的地へ導くことが出来る。
「だが、あいつ…この夢を創造主が、わたしに押しつ…託して旅立ってしまったせいで、わたしはこの夢のやりくりに奔走しなければならなくなってな」
「ああ、だからかぼちゃ畑を…」
「畑?」
畑がどうした。
「ほら、かぼちゃ頭さんはここを支配出来るほど強くないって言ったじゃない? だけど、引き受けてしまった以上、どうにか解決しなきゃいけなくなった。放っといてもいいんだけど、このヒト人が良いから。で、その解決策としてかぼちゃ畑を耕すことにしたわけ」
「畑を耕して何になるんですか?」
「ジャック・オ・ランタンのシンボルでもあるかぼちゃは、彼らの力の源だからよ」
ジャック・オ・ランタンはかぼちゃに力を溜める。故に、ジャックはかぼちゃを大量に作り、ランタンを夢全体に放つことによって、力の不足分を補おうとしたのだ。
「でも、やっぱり無理があるわけ。夢の主になれるのは、心を持ったヒトだけだから」
感情という概念が薄い妖精が、夢の主になるなど滅多にあるものではない。感情と欲は繋がっていて、妖精には人間のような欲がない。元は人間であり、その名残が強く残っているジャックだからこそなれた荒業である。
だが、作物は一朝一夕で実るものではない。しかも作らなければならないなら尚更時間はかかる。
「リンさんではいけなかったんでしょうか」
創造主の傍らにいたのはリンも同じの筈。リンは夢人。主となる資格はあるはず。
「確かにリンは強いが…」
リンは創造主に従って夢の世界に足を踏み入れた。その忠誠心によってリンの存在は形作られているので地盤は強固だ。だが、逆にいえば、リンの意思のは想像主一人に向けられている。大勢を抱える巨大な夢の主となるには全く向かない。だから、ジャックが引き受けるしかなかった。
「…だから、森を造って畑を始めたんだ」
かぼちゃの栽培といっても簡単ではない。何度も枯らして、育っても実らず、といった思考錯誤を繰り返した。そして漸く順調に育ち始め、もうすぐ夢の世界に放というとした矢先に、“姫”がやってきた。
「………」
やはり、ジャックは怠惰なわけではなかった。寧ろ、自分ではどうしようもない状況に一番悔しい思いをしたのは彼だ。表情など分からなくとも、今も作り続けている畑のかぼちゃを思えば、その気持ちが痛いほど伝わってくる。
「あの“姫”…の偽物は、この夢をちゃんと受け継ぎ、守っていく気はないと見た。だから、彼女に明け渡すわけにはいかなかった」
「どころか…あの小物、目的を果たしたら黒幕共々とっととトンヅラする気満々ね」
エルメラが顎で“姫”を指した。
「どうして分かるんですか?」
「だって、普通他人の夢に興味なんて無いもの。夢の住人は」
だからこの世界を救ってやろうだなんて、怪しさ満点、下心アリアリなのがバレバレなのだ。ちゃんちゃらおかしい。それをジャックも分かっていたからこそ長い間抵抗してきたのだ。
ジャックには主の座に執着などない。あるのは義務感。もし自分以上にこの夢を守ってくれる人だったなら、委ねてもよかったのだが。
「……目的は…恐らくわたしの宝だ」
ジャックの呟きが灰色の空気に消えた時、ラドゥーのうなじが逆立った。エルメラも、手を掲げた。
「切り裂け―――――鎌鼬」
鋭い風がエルメラの腕にまとわりつき、エルメラが腕を振り被った方向へ飛んで行った。
しかし、その風は、突如何もないところで霧散した。
ラドゥーも視線をその先へと向けた。空間が歪んだと思ったその瞬間には、白いスーツを着こなした青年が立っていた。
「当たり」
笑みを湛えたその男はくわえていた葉巻を指で挟み、口から紫煙を吐き出した。
誰だ。
年恰好は二十後半。男らしい顔の上を飾る中折れ帽子もスーツと同じ白。男の短髪と瞳は見事な夜色。相反する黒と白が違和感なく存在している。
「マスター!」
やっと術が完成したらしい“姫”は、渦を掲げながら歓喜して男を呼んだ。
ラドゥーら三人は、今の今までずっと一人ブツブツ唱えていた彼女を放置して立ち話しをしていたのだと思うとなんだか申し訳なかった。ごめん、無視してた訳じゃないんだ。優先順位の問題だったんだ。
「ノーラ。君ね、喧嘩っ早いのは結構だけど、喧嘩を売る時は相手の力量はちゃんと見極めてからにしなさい」
子供に対するようなもの言いが、なじんで嫌みのない男も珍しい。
「だって…あたしをさんざん馬鹿にしたんですよっ、そこの女は!」
白い男はエルメラを指さすノーラに、呆れたように首を振った。
「だってじゃない。君が気まぐれにそこらの男達を囲って好きにしている間に、本物呼んじゃ本末転倒じゃないか」
さらりと言われたせいで聞き逃しそうになった。
「……本、物?」
ジャックが呟いた。ラドゥーも目を丸くした。
「おや、主殿もまだ気付かなかったのか? そこの緑玉の髪が美しい少女のことだよ」
白い男は方眉をあげ、からかう様に笑った。ラドゥーは思わず横目でエルメラの顔を伺う。エルメラの顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
「大物…とは思っていたけど…まさかあんただったとはね、“怪盗”」
ジャックはその名に反応した。それも『称号名』だ。彼も名前は知っている。
冷たい声音にもかかわらず、名を呼ばれた男は嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
「久しぶりだね、“姫”」
森の男達は、やたら煌びやかな格好の少年と、やたらおっかない雰囲気の少女が去った後も、縄を解いてもらえずにそのまま転がっていた。
そんなぞんざいな扱いにもかかわらず、男達の気分はそう悪いものじゃなかった。
「なぁ…やっぱり主のいる世界はいいな」
一人の呟きに、他の男たちが口々に同意する。
「さっきまでの荒んでいた気持ちが嘘のようだ」
転がったまま木々を見上げる男が穏やかな顔で目を閉じた。
「ああ、主様の優しい気配が感じられる…」
彼らは皆、ジャックに導いてもらった者だ。あの絶望の中を救ってくれたジャックに対して崇拝の念さえ抱いていた。
普通、主は正体を明かさない。精々、漠然とこのヒトかもと感じるくらいだ。だが、ジャックの場合、彼がここに導いたので、皆は彼を知っている。創造主に代わってこの夢を引き受けられるのは彼だけ。より身近に存在する主。見守るように優しい眼差しをいつだって感じていたから、創造主に及ばずとも、自分達を守ってくれると信じていた。
それが崩れたのは、ジャックの雲隠れの直後、“姫”がやってきた時だ。皆の間に動揺が広がっている最中だった。
サクッと草を踏む音がした。こちらに近づいてくる足音に、男達は見るともなしに呟く。
「…最初は、“姫”の言葉を信じた訳じゃなかったさ」
ジャックが自分らを見捨てて、一人安全な領域に引き籠ったなんて。本人を知っているから、あり得ないと、始めは取り合わなかった。けれど、時が過ぎて、灰色な空間が出来始めた頃になっても、ジャックは姿を現さなかった。少しずつ、芽生え始める主への不信感。甘い言葉を囁く、“姫”への期待感。
「だから、皆は主様を疑い、怨み始めた」
彼への信頼が深かった者ほど受けた衝撃は大きかった。彼らが真っ先に狂い始めた。ついには主様を襲おうとする者まで。そしてついに自分達も。
足音の主は黙って聞いている。
「なあ、教えてくれ。真実は何処にある?」
男達はリンを見上げた。
「…ジャック様は、貴方達を気にかけてらっしゃいましたよ」
いつだって…、とリンは静かに口を開いた。
「けれど、“姫”がジャック様を追いやり、ここに逃げる他無くなってしまってね。薄れていく夢を見ながら、ジャック様は嘆いておられました」
毎日畑仕事の合間に続けていた散歩。せめて灰色空間の浸食を遅らせられないものかと足掻いていたのをリンは知っている。せずには居られなかったのだろう。たとえ見ているしかなかったとしても。
リンは男達の縄を解いた。
「いらっしゃいな」
くるりと踵を返して歩き出すリンに、男達は困惑しながらも付いて行った。
連れて来られたのは白い家の裏庭。
「見てごらんなさい」
言われるままに裏庭を覗いた男達は息を飲んだ。
目の前に広がる光景に、胸がいっぱいになる。泣きそうに歪む男達の顔。けれど涙など出ないことなど自分達が一番知ってる。生きてはいないこの身では涙など流せない。
けれど、心が泣いていた。歓喜と、ジャックへの懺悔に。
「帰ってきてください、主様…」
小さな呟きはこの夢にいる人全員が願ったこと。
「……やっぱり、俺達にはあの方でなくては」
“姫”のように力など無くても、こんなに大事にしてくれる彼に勝るものなど無い。
男達のそんな様子を見ていたリンは、愛すべき困ったやんちゃな子供を見るような、そんな顔だった。
ジャックはじっとしていた。否、動けないと言った方が正しい。その原因は、目の前にある光景にあった。
「“名前持ち”が二人…」
無限に近いこの世界で、希少な『称号名』達が一所に集まる事など滅多に無い。その奇跡が今まさに目の前に広がっていた。
警鐘が鳴る。この事態は非常にまずい。
何とかして止めたい。止めたいが、自分如きではこの二人を前にして気を失わないでいるので精一杯だった。
“夢の旅人”は総じて、誇り高い、というか矜持が高い。そも、自分の確固たる意志を持ち続けられる者が“夢の旅人”たり得るのだから当たり前と言えば当たり前である。
夢の世界には、他人のする事に承認なく干渉することが禁じられている。だから、“姫”であろと、“怪盗”のする事――ジャックの宝を盗む事――の妨害は出来ない。
しかし、“姫”の行動に干渉出来ないのは“怪盗”も同じ。
ここで問題なのは、互いの目的が相反するものであった場合だ。
“夢の旅人”は一度障害が立ち塞がろうものなら、躊躇いなく打ち砕こうとする凶暴な一面を持つ。必然、好戦的な者が多い。力を持つ者ほど、己の立ち位置を確保しなければならず、己を貫く意思が強いほど、立ちふさがる障害も大きくなるのだから。
そして、その障害が“夢の旅人”同士であった場合、どちらか負けるまで、潰しあう。
それが、力の差が歴然としていたら、弱い方が引くこともあり得るのだが、今、夢の世界でも指折りの“姫”と“怪盗”が対峙している。互いに引くという選択肢は無いだろう。
邪魔な障害を取り払うのに躊躇いの無い二人。………衝突はもう誰にも止められない。
どんな悪夢だ。いっそ気を失いたい。
被害が『風穴』程度で済むわけ無いだろうと喚きたい気分だ。恐らく半壊くらいの被害は覚悟だな、と半ばヤケッパチになって考える。
夢は他者に強制的に鍵を開けられない限り壊れることはない。それでも、強大な力が本気でぶつかり合ったら、無事では済まない。夢が歪む。力の残滓が残る。その力は夢人達にも影響してしまうのだ。圧倒的な力は人を落ち着かなくさせ、平常心を失わせるものだから。
絶望的な気分に浸ったジャックを現実に引き戻したのはノーラの愕然とした叫びだった。
「マ…マスター? それ…本当なんですか…その女…ひ…“姫”…ですって?」
真っ青なノーラに答える無情に明快な声。
「そうだよ。昔会ったことあるし、彼女で間違いないよ」
ノーラは臆したように情けない声をあげて後ずさった。
「その名前にはさして愛着ないし、騙られてもどうとも思わなかったんだけど、さすがにこんなちゃちな小物に成りすまされるのは不愉快だったわ」
“怪盗”は胸に手を当てた。
「それはすまなかったね。でも、君の特徴に似ていて、かつ力がそれなりにある娘ってなかなかいなくてね」
確かにノーラの髪も緑で、肌もエルメラ程とまではいかないにしてもそれなりに白い。容姿は比べるまでもないが確かに特徴は似ていた。それに、灰色空間の影響をあまり受けていないのを見ると、一般的な基準では、それなりの力がある方なのだろう。残念なことに、エルメラ達からすれば取るに足らないらしいが。
「オレの目的はこの夢の主殿の宝物だけなんだ。“姫”には関係ないだろう? お互い障害ではないのなら、ここは引いてもらえると嬉しい。無用な争いは避けたいんだよ」
「関係ない訳ないでしょ。あんたの目的、かぼちゃ頭さんの宝物ってのは『鍵』である可能性が高いもの」
紫煙が揺れる。
「…そうだね。ジャック・オ・ランタンの命に等しい『導きの灯』がオレの目当てだから」
ランタンライト? ラドゥーにはそれがどんなものか分からなかったが、ジャックが身じろぎするのを見て、白スーツの言が正しいことを悟る。
「じゃ、やっぱり引く訳にはいかないわ」
「そうかい」
刹那、二つの気合いがぶつかり合った。
その波動はラドゥーらにも伝わり、ピリピリとした空気が場を支配した。ラドゥーは鳥肌の立った腕を撫でた。
「――――来るがいい、ライーシャ」
“怪盗”が紫煙の間から言葉を紡いだ。先程ノーラの出した渦よりずっと大きくて深いそれが空間に現れた。
「あれは…」
渦の巻くその中心から出てきたのは百獣の王者、獅子。
唯の獅子ではなく、普通の獅子よりはるかに大きかった。揺らめいている毛並みは燃え盛る炎。とりわけ、鬣は見事だった。こんな時なのに、素直に美しいと魅了されてしまう。優雅でさえある雄々しさ。双方に嵌る黄金の瞳は、エルメラを真っ直ぐに見つめている。獲物を狩る時の、獰猛な目だ。捕えられた獲物はその偉大さに圧倒されながら屠られるのだろう。
対して、エルメラは自分の体格の何倍もの怪物を前に、身じろぎせずじっと見上げていた。
もちろん、怯えてなどいない。
「ふぅん。炎の最上級精。…ま、私とまともにやり合うなら妥当な配役でしょ」
「…君くらいだよ。これを前にして、まあまあの評価を下すのは…」
「嬉しいでしょ?“姫”に褒められるなんて」
エルメラは妖艶な笑みを浮かべて髪を耳にかけた。
「ああ。光栄だよ、レディ」
“怪盗”は仰々しく一礼してみせた。
ラドゥーは一触即発の空気の中、胸元のナイフの感触を確かめながら冷静に状況を見計っていた。
「彼女を手を貸すべきでしょうか」
「いや、“姫”の心配は無用だ。……わたし達は寧ろ――」
「あっちの心配なんてしている暇なんてないわっ。今からここであたしに消されるんだからっ!」
ノーラに向き直り、渦を見上げた。ゆっくりと何かが出てきている。が、出ようとして、でも出れなくて、ジタバタとしているように見えるのは気のせいだろうか。
「…なんか頑張ってますよ?」
詰まっているのか中々出て来られないみたいだ。
「この子は特に身体が大きいからしょうがないの! 私が開けられる穴はこれが限度なんだから!」
威張ることじゃない。こちらに限界を曝してしまうなど、ノーラが戦闘に疎いと暴露しているようなもの。お陰でラドゥーらには余裕が生まれた。
気障ったらしい白スーツが炎の獅子を出した渦と、彼女のそれは同一のモノのようだが、かかる圧力も、時間も規模も全然違う。
格が違う、とはこのことなのだろう。
長い詠唱が必要なうえ、さらに召喚精が出てくるのにも相当の時間がかかってしまうノーラに対し、“怪盗”はそれらの作業をものの数秒で成し得、さらにノーラのよりはるかに強そうな化け物を出した。
なるほど…小物か。
ノーラが未熟なのか、“怪盗”が例外なのかは知らないが、エルメラの言葉は正しかった。
そうこうしている内に、ずぅんっと地響きと共に、穴から這い出てきた怪物がその全貌を現した。
目の前に出現した怪物は、固い岩の様な皮膚を持ち、サイに似た姿だった。厳つい顔つきには似合いの鋭く突き出た牙は如何にも頑丈そうで、岩でも簡単に砕けそうだ。ノーラの横でラドゥー達を威嚇するように唸る。ラドゥーとジャックはそのサイと相対した。
いや…二人と、もう一匹。
「あぁ〜っ! おいらもおいらもっ!!」
ラドゥーの腕の中のつぎはぎが、じたばたした。
「えっ? ダメだよ、ほら大人しくしてください…」
何とか宥めようとするラドゥーとは裏腹にエルメラはつぎはぎを焚きつけた。
「つぎはぎ、いいわよ。存分に暴れなさい」
エルメラがこっちを見ずに声を張り上げた。
「いいの? ひめっ」
エルメラはにっこりと眩しい笑顔だ。
「ええ。得意の罠地獄を披露してあげなさい」
罠地獄?
「ちょっ…いいんですかっ? つぎはぎは唯のぬいぐるみでしょう!?」
しかも中身は、綿100%のだ。とても柔らかく、簡単に引きちぎられるのが目に見えるようだ。ラドゥーの抗議に、しかし、エルメラは大丈夫と言う。
「つぎはぎはこの私相手に百年逃げ切るようなヤツよ。唯のぬいぐるみな訳ないじゃない」
ラドゥーは己の記憶の端っこに、思い当たる節があった。
「そういえば、つぎはぎの自称って…」
全部を思い出す前に、つぎはぎは俄然やる気となってラドゥーの腕の中から飛び出した。
「おいらは“ずたぼろの罠師”だぞっ」
嬉しそうにそこいらをぴょんぴょんと飛び跳ねだす。あ、という暇もなかった。
ジャックも心配そうだった。ラドゥーも全く同感だ。あちらの獅子程大きくはないが、これだって十分に大きい。つぎはぎと比べるとまさにアリと恐竜。
「何よ、そのチンケなぼろうさぎは。ミーシャ、噛み千切っておあげっ」
ミーシャとか、そんな可愛い名前なのか…いっそゴンとかにすればいいのに。でも目はつぶらだ。厳ついくせに目だけは純粋に澄んでいる。ラドゥーは何となく犬のパグを思い出した。
ミーシャはグルルと一唸り。助走をつけ、つぎはぎに突進した。
しかし、ノロかった。ラドゥーの早歩き程度のスピードしかない。
「し、仕方ないじゃないっ! この子は岩の中級精なんだからっ」
ノーラが弁解した(何も言ってないのに)。つぎはぎはサイが目前にいるのに、気付いていないのか飛び回るのをやめない。捕まえようにも、つぎはぎの動きが速すぎる上予測がつかないので、寸でで掴み損ねる。つぎはぎにだんだん巨体が迫ってくる。スピードは無くても、その牙は危険なものだ。一撃でも食らえばひとたまりもない。
「つぎはぎ! 危ないですよ、ほら、こっちに…っ」
懸命の呼びかけも虚しく、ラドゥーらの見ている前でつぎはぎがついにミーシャの前に躍り出た。
目の前に獲物が現れたことでミーシャは牙の突きでた口を大きく開けて命令通りつぎはぎを噛み千切ろうとした。
ラドゥー達は間に合わない。ラドゥーがつぎはぎの名を叫ぼうとした。その時―――――
「地盤沈下!」
つぎはぎの底抜けに明るい声が響いた。
突然サイの巨体が消えた。ラドゥーらの目が点になった。消えた?
しかし、よくよく見るとサイのいた場所には見事な穴が開いている。その底でサイはジタバタともがいていた。
「な…」
ノーラが目を見張る。ラドゥー達も驚いた。何が起きた?
「ぃえいっ♪♪」
つぎはぎはひとり上機嫌で、巨体が沈んだ周りをくるくる回りながら跳びはねた。
「まあ、あれよ。よくあるじゃない。罠と言えば…」
エルメラの言を引き継いで、つぎはぎは元気よく言った。
「落とし穴っ!」
………。
ええ…??
つぎはぎの活躍はずっと書きたかった(満足)。