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夢の旅人  作者: トトコ
22/76

20.その頃、現実世界

セナン視点。


グリューノスの若君が何者かに襲われ、王女共々行方不明。


その報告が齎された時、セナンは眩暈(めまい)がした。






いつまで経ってもラドゥーが帰ってこないことを心配したセナンは、彼を探しに行こうと腰を上げた。

「やはり自分もついていけばよかった…」

セナンは控え室から出て、手すり越しに舞踏会の会場を見下ろした。吹き抜けになっている会場のざわめきは、上階にいるセナンにはよく響く。集中すれば、ざわざわとした賑わいに交る一つ一つの会話まで聞きとれる。その内の一組の会話に、セナンは眉を潜めた。

「従者殿」

席を外していたファンデルン侯爵が戻ってきた。

「少しいいかの?」

「なんでしょう。若君のことなら教える気はありませんよ」

目上の者に対する態度ではないが、侯爵のせいで結構な目に遭ったセナンの態度は少々つっけんどんだ。しかし侯爵は気にしない。というよりも気にする余裕さえなく、少し焦っているようにも見えた。

「…その若君なのだが、若君はここに戻ってこられたか?」

「いいえ。まだですが」

「そうか…」

嫌な予感がした。

「なんです。若君に何かあったんですか?」

「…うむ、若君が散策しに行った庭園付近でうちの貴族が襲われたらしい」

「その方は…」

「こっちに戻ってきて保護しておる」

その男の話を聞きに行くかと問われた。当然だ。セナンは侯爵について、男がいるという部屋に向かった。




部屋の前に着くと、部屋の中から外からでも聞こえる声がした。

「曲者が出たんだっ早く捕まえろっ!」

扉を開けると、動揺も露わに、みっともなく衛兵達に向かって喚く男がいた。

「何があったのですか?」

「なんだお前、召使いごときがわたしに直に声をかけるな」

入ってきたセナンの服装を上から下をじろじろ見たかと思うと、鼻を鳴らして見下したように言い放った。相当高慢ちきな奴らしい。

「それで、こやつはなんと申しおる」

侯爵が代わりに衛兵訪ねた。

「これはっ…侯爵。あ、その何でも庭園の方で襲われたそうで」

侯爵に気付いた衛兵が敬礼して答えた。

「それはもう知っておる。聞きたいのはその詳細じゃ」

衛兵が口を開くも、男はなおも喚く。

「このわたしに剣を向けたのだぞ! 捕まえたら拷問にかけ縛り首にしてやるっ」

こんな事態に慣れていないのだろうお坊ちゃんは、怯えた本性の裏返しで威勢よく吠える。

「落ち着いてください。すでに兵を送ってその曲者の行方を追っていますので」

衛兵がなだめる。しかし、男は興奮冷めやらぬようで、一向に落ち付く気配が無い。

うるさい。


「何を騒いでいるの」


セナンが男を黙らせようとした時、扉から極上のドレスを纏った貴婦人が入ってきた。

セナンははっとした。この方は…

「これは、イザベラ王妃陛下」

侯爵がいち早く気付き頭を垂れる。王の正妃の登場に衛兵達も慌てて敬礼する。先程、主人とも挨拶を交わしていた妃に、セナンも跪く。

「ああ、そんな堅苦しいことしなくていいのよ。舞踏会じゃないんだから。わたくしは何が起こったのか見にに来ただけ」

気さくな声に顔を上げると、快活さがにじみ出た美しい顔が微笑み、こちらを見た。

「それで、何事なの? 貴方がそんなに取り乱すの初めて見たわ」

騒いでいた男は面白そうな目を向けられて、さすがにばつが悪そうに俯いた。

「は、申し訳ございません。先程庭園を散策しておりましたところ、曲者に遭い、危うく難を逃れて衛兵に事の次第を話していたところでございます」

「そう。…散策ねえ。一人で?」

からかう様な声音だった。何か知っているのだろうか?

「それは…どういう意味でございましょう?」

「いえ、おもてになる貴方が庭で女性と一緒でないなんて、なかなか想像できなくて」

クスクスと嫌みなくイザベラは扇の奥で笑った。


成程、この男は女遊びが盛んなのか。セナンは納得してちらりとその男を見やる。


「どうして、一人だとお思いになられたのでしょうか」

「だって、まさか、女性といらして自分だけ逃げてきたなんて…そんなことあるわけないわよね」

男は黙った。

「一人で散策していたところに災難だったわねぇ」

「陛下…」

「ところで、わたくしの娘がさっきから見当たらないのだけど、知らないかしら」

イザベラ妃は何気なーくさらりと問うた。しかしセナンはピンときた。

「さ、さあわたしは見かけておりませんが…」

男が青ざめながらも答えた。しかしそれを信じられるはずはない。

「そう、久々の社交界で疲れたからって、わたくしの庭園に出て行ったきりなのよね。同じ方向だったのに、すれ違いもしなかったのね、残念だわ」

一人の衛兵が外から戻ってきて、王妃達に敬礼した後、上官に耳打ちをした。

「なに…そうか。…陛下、我々はこれから現場に向かいます。このようなこと、陛下が気を患うことではありません。さ、広間にお戻りください」

「あら、わたくしを除け者にするの? 舞踏会も飽きたし、抜け駆けはずるいわ」

「陛下、これはお遊びでなく…」

「お話し中失礼致します。わたしの主人もそちらの庭園に行ったきり、戻ってきていらっしゃらないのです。それらしき方を見ませんでしたか」

「そのような者、知らぬな」

男は憮然と言い放つ。セナンは外からやってきた兵に視線を向けると兵も首を振った。セナンは溜息をついた。

「庭園で何があったのですか?」

「はあ、どうやら曲者が侵入し、この方を襲ったようなのです。この方が被害に遭われたと思われる場所には大量の凶器があちこちに散乱してました。その中に血の付いたナイフが数本」

外から来た衛兵が、上司を向いて了承を得ると、声を潜めてセナンに教えてくれた。

「そのナイフ、今ありますか? 見せて下さい」

「ええ、まあ、一応。一本持ってきましたが…」

言い淀む兵にセナンは頷く。王妃の前で出すのは躊躇われるのだろう。しかし、衛兵が王妃に退席願おうとする前に王妃が先手を打った。

「構わないわ、出しなさい」

「陛下、我慢してください。貴女様は貴女様で大事なお勤めがございますでしょう」

呆れたように言う衛兵とまた悶着を始めた。

「今回は譲らなくてよ。わたくしの娘も未だ帰ってきていないのだもの。黙って待ってらんないわ」

このやり取りは初めてではないようだ。衛兵らの間にまたか、というような雰囲気があった。

お互いを引き下がらせようと言いあうイザベラと衛兵達を見て、王族と臣下達は意外と仲がいいのだな、と思った。


帝国の妃、それも正妃が将校でもない一兵士らと会話を交わすのは、それぐらい貴重だった。

普通、妃は貴族以上の出身。となれば当然深窓で、世間知らずで、使用人の事情など考えた事もなく、お高くとまっているのものである。身分にうるさい帝国ならなおさらそうであるはず。


聞けば失踪したのは第三王女。王妃の実の娘ではないはずだ。にもかかわらず王妃は“わたくしの娘”と、当然のように心配する。セナンはイザベラに好感をもった。

暫くして、衛兵らは疲れたように溜息をついた。どうやらイザベラに軍配が上がったようだ。

「王妃様は好奇心が強すぎる…」

文句を垂れる衛兵はしかし、やれやれこのお方は、というような柔らかい笑みだった。

衛兵が差し出したナイフを見て、セナンは内心頷いた。ラドゥーの物で間違いは無い。しかし、この時はまだ口にも顔にも出さなかった。

「これは貴方の物ですか?」

兵は男に訪ねる。

「そんな物知らん」

男は当然否定する。

「しかし、これには血が付いています。貴方が怪我をした様子はありませんし、それならこれは襲って来た者のものということになります。これが貴方の物でないなら誰が侵入者にこれを向けたのですか。お一人でいらしたのでしょう?」

「そ、それは…」

「誰かが助けて下さったのですか?」

「あ、あいつはわたしの邪魔をしたんだっ、助けたのではないっ。あやつは私をコケにしおったのだぞ!」

言っちゃった。

「ご一緒にいた方がいらっしゃったのですか?」

「…」

墓穴を掘った男に、セナンはここぞと追い打ちをかけた。

「邪魔をしたとは、貴方は何をしていたんです?」

「…そ、それは」

口を開こうとしない男にセナンはネタばらしをすることにした。

「そういえばですね、このナイフにわたしは見覚えがあるのですよ」

ピクっと男の肩が動いた。

「もしかしたら、このナイフは我が主のかもしれません」

これには衛兵が反応した。

「なんと…。して、貴方の主人とはどなたでしょうか」

「お前があの者の従者かっ! 主従共々すかした顔をしおって!」

衛兵の声を遮って男が怒りがぶり返したのかまた喚きだした。自分の首を絞める行為だとは気付かずに。

「貴方の主はグリューノス家の若君でしょう?」

あっさりネタバレしたのはイザベラだった。一瞬の間の後、周囲の空気が驚きに染まった。

「グ、グリューノス…!?」

衛兵らは思いがけない高貴な名前に動揺した。あいつ呼ばわりしたノルエなどは憎々しい顔から一変、蒼白になった。それを尻目にセナンはイザベラに向き直る。

「…ご存知でしたか」

「ご存知も何も、さっきご挨拶申し上げたばかりじゃない。貴方があの方の後ろにいたのを覚えているわ」

それはそうだが、イザベラ達王族が挨拶したのは何もラドゥーだけではない。自他国の有力者たちがごったに集まったあの場では、いちいち顔など覚えはしないだろう。その付き人なら尚更。

セナンの考えを読んだのかどうか、イザベラの笑みは深くなった。

「ま、そういうわけで、貴方はグリューノスの若君を放って逃げて来ただけでなく、今侮辱罪も追加されちゃったわね、伯爵?」

イザベラは血の気の引いた顔をした男にさらりと宣った。

「ついでに言えば、わたくしの娘もそこにいたわね」

切りこむような、確信をもった目で見つめる彼女は、先程の大らかさなど微塵もなかった。

そこにいるのは一国の王妃その人である。

彼女に問い詰められた男は、ただただ小さくなって言われるまま事実を認めるしかない。

「わたくしの娘とグリューノス家の若君を、自分の命かわいさに見捨てるなど言語道断。貴方には相応の処断をくだします。しばらく屋敷で謹慎でもしてらっしゃい」

あいつ、終わったな。

セナンは心の中で男に手を合わせた。






さらに詳しく事情を聴くために質問から尋問に変わった取り調べの後、男は退出した(追い出された)。

「先程は我が国の者が失礼をしたわ。あの男に代わり、わたくしから謝ります」

そう言って詫びてきたイザベラを、面食らってセナンは見つめた。兵達も目を丸くしている。

「顔をお上げください。王妃様が一従者にすぎないわたくなどに頭を下げられるなど…」

「いいえ、今回の事はそれも含めて、我が王城内でそちらの若様の遭われたことに関しても」

王妃は真面目な顔をして顔を上げた。

「もちろん国を挙げてお探しますわ。従者殿には心穏やかでないのは分かっています。しかし時間がほしいのです」

「…つまり、この件に関してはしばらく内密にしておくということですか」

「察しがよろしい事。つまりそういうことになりますわ」

グリューノスは準王家に匹敵しよう家柄だ。それが国外のしかも王城で失踪したとなれば当然ギータニアは責を問われる。下手をしなくても国際問題だ。


それを今しばし猶予をくれと言っているのだ。堂々と。


セナンはしばし考える。このようなこと普通従者の身分の者が独断で決めていい事ではないのだが、セナンの場合は少々特殊だった。

セナンは外向き、従者という立場にあるが、実は次代の執事を約束されている。グリューノス家はもはや王家ではないが、権力は健在だ。それはつまり自領内の執政を自らで行うということになり、それには当然補佐する者達がいる。

その筆頭が本家の執事だ。国で例えるなら宰相に匹敵する。

それらの事情から、ある程度権限を持つセナンはこの場でどう判断するべきか悩む。


本心としては、「ふざけんなっ今すぐ公にしてお前らの国の失態をばらまくぞ!」と言いたい気分だが、公になってまずいのは、何もギータニアだけではない。こっちだって分家の阿呆共がいる。ラドゥーが失踪したと知れば嬉々として本家に押し掛けてくるだろう。

死んだと確定してないのに早速次期当主候補を選べとか言ってくるのだ。想像しただけで気分が悪い。

ここはひとつ気持ちを抑えて、あちらの言い分を飲み、恩を売るのがいい。

一瞬の間に算盤をはじき、セナンは気落ちした顔を作った。

「仕方ありません。相手はギータニアの警備を潜り抜けた手練です。下手に派手に捜索を進めても万が一侵入者に主達が浚われていた場合、彼らを刺激することになりますし…」

それに今回ラドゥーらを襲った刺客は、誰の手引きで何が狙いだったのかも分かっていないのだ。被害者はいずれも狙われる恐れのある立場の者達ばかり。ノルエとかいう奴だったら知ったことではないが、ラドゥーが狙いだったにせよ、王女が狙いだったにせよ、今は慎重に期すべきだ。





その後、侯爵と共に屋敷に戻り、留守をしていた他のメンバーに事の次第を話した。

「セナン! どうしてそんなに落ち着いてられるの!? ラゥ様がいなくなったのよ!」

真っ先にサラが声を荒げた。

「ええ、そんなことは分かっていますよ」

「なら、どうして今すぐ探しに行かせてくれないの? 若君が心配ではないの? 薄情者っ」

「勿論探しますが、その前にやっておくことがあります。若君の事が心配でないわけではありませんが、若君は大丈夫だとも分かっているので」

そう、セナンとてラドゥーの行方が知れない事は不安で堪らないが、生死を危ぶんでいるわけでもない。

だから、一応セナンは落ち着いていられるのだ。

ギル達は怪訝そうに眉を寄せる。

「それは、若君の居場所を知っているということでしょうか?」

グランが代表して問う。

「いいえ、全く知りません。手掛かりすらも。でも、あの方は大丈夫だと知っています」

「知らないのにどうしてそんなに偉そうに胸張って無責任なこと言えんのよ」

「至極簡単なことです。あの方はわたしよりもお強いからです」

セナンは何でもないことのように告げた。

「は? なん…」

「若君は恐らく、私達五人を相手に一人で戦っても勝てますよ」

「なんですって?」

「若君のナイフが落ちていたそうです。まあ、戦ったんでしょうね。それ以外の血痕なども見当たりません。おそらく何らかの理由でどこかに身を潜める羽目になったんでしょう」

「な…何らかの理由って?」

「そこまで知りませんよ。でも王女も一緒だそうで、そのあたりが絡んでくるかも知れませんね」

「…」

「まあ、そんなわけですから、そう簡単には刺客如きにはやられる若君ではございませんので、万全に準備を整えてから探しにまいりましょうか」

そう言って振り返ったセナンは笑顔だった。

「準備って何よ」

「それはもちろん若君がご無事で帰りになった後、ギータニアに責任を問いただし、恩を売って、今後我が街においそれと手が出せないようにしておくことです」

今回を機に帝国に対して有利な立場を確保しておこう、とセナンは言った。

「腹黒い奴ね」

「政治を行う者はそうでなくてはね。若君が後を継がれる時、しっかりと補佐できる能力を今の内に身に付けておかなければ、お役に立てませんから」


そうして、ラドゥーの護衛ら五名はそれぞれ動きだした。


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