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夢の旅人  作者: トトコ
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1.空から降ってきた…

〈空が紫淡に染まるとき、閉ざされた“扉”が開く〉


そんな伝説が、遥かな昔から語り継がれている。だけど、この世界の何処にその扉があるのか、誰一人知らない。

そもそも何の扉なのかも謎だ。長い年月を経て、様々な説が流布し、尾ひれがひらひらとくっ付いてしまった今、真実などとっくに闇の中に埋まってしまっていた。それ以前に、科学が進歩してきた現在、扉はただのお伽話としか思われなくなった。

けれど、今なお空が紫淡に染まった夕暮れ時を“扉放時(ひほうどき)”と呼び、何処かで開かれているかもしれない伝説の扉に思いを馳せる。完全に扉の伝説が人の心から消え去ってはいないのだ。


…“扉”にまつわる伝説や物語は数多くあれど、その扉の向こう側には何があるのか誰も知らない。皆好き勝手に想像しているだけだ。


ある人は言う、別世界への入り口だと。またある人は言う、恐ろしい魔物を閉じ込めてあるのだと。はたまた、さる亡国の隠された財宝が、という俗説まで、様々な憶測が飛び交っている。

どれもこれも決め手に欠け、想像の域を出ないものばかりだが、そうしてはるかな昔から人々の心を捉えて離さない伝説の“扉”はもはやそれだけで神秘だと思う。

謎は解けないからこそ面白い。正解など出しようのないからこそ、ただのお伽噺だと言って一笑に付す人さえ“扉”を親しむのだ。


いつか、“扉”は人の前にその姿を現すのだろうか。埋もれてしまった真実と共に…―――



「ミスタ・ムークット!」




はっとして、ラドゥーの思考は途絶えた。頬杖を外し、窓に向いていた顔を教壇に移す。そこには今にもチョークをすり潰しそうなほど握りしめた女教師がいた。

…そういえば、ヒステリスタイム(生徒間ではこの教師の授業をそう呼ぶ)だった。

「すみません、ミセス・リリス」

ラドゥーは顔の表情を動かさず、しかし反省の色を含ませてみた。

「あたくしの授業はそんなにつまらないかしらねぇ」

ヒステリス…もといミセス・リリスは棘を含んで言った。反省の顔を作りながら、頭の中では食べ過ぎて肥えたハリネズミを思い描く。

「そんなことはありませんよ。先生の授業はとても興味深い。ただ、昨夜授業の予習に遅くまでかかってしまって…。以後気を付けます」

「フン…お気を付けなさい」

ミセス・リリスは満更でもなさそうに鼻を鳴らして、授業に戻った。


予習は嘘じゃない。寝不足なのも本当だ。けれど退屈な授業に意識を外に飛ばした理由には相当しないが、言及はしないでおく。

とりあえず、真面目にノートをとりながら、再びラドゥーは考え事に没頭した。






本日の授業を全て終えて、さあ帰ろうと学校を後にしたラドゥーに、面倒事が直面した。いや、巻き込まれたというのが正しいと思う。ともかく今、ラドゥーは少々厄介な状況にあった。

「ちょっとそこに手を着いて謝って慰謝料払えば許してやるっつってんだろうが」

「痛い目見たいのか。あ? 奇麗な顔を見れないようにしてやんよ」

ただ今…チンピラにからまれてしまっています。何故か。

「俺は何もしてないと言ってるでしょうが。謝る義理も、まして金品を強請(ゆす)られるいわれはないですよ。悪いこと言いませんから、ここは穏便に済ませませんか」

溜息を吐きつつ言うことは言ってみた。が、これで引いてくれるほど彼らは物分かりがよくない。分かっているさ。そしてその通りに、彼を囲み、凄んでいる自分達を前にして、平然と言い返してくるラドゥーにチンピラはいきり立った。

怯えたところで向こうを調子に乗せてしまうだけ。どっちにしろ相手は金を強請ってくるつもりなのだし、癪なので怯えた振りなどしてやらない。


どうしたものかと思案している間にも話は進む。

「だから慰謝料払えば済ましてやるよっつってんだろうが」

そういったチンピラAに、ちょっとイラッとした。

「そんな義理は無いと言いました。今言ったこともう忘れたんですか?」

と、言った余計キレられた。失敗。どうせ何を言ってもキレるのだろうけど。

「ンだとこいつっ! 俺達が下手に出てりゃイイ気になりやがって。生意気な!」

「いい度胸だ。望み通りに痛い目みしてやるよ」

「へへっ、今更謝ってももう遅ぇぞ」

それなりに自信があるのだろう。コキコキと拳を鳴らしながら、ラドゥーを甚振るようにゆっくりと彼を壁際まで追い詰めた。


誰も痛い目に遭いたいなんぞ言ってない。そんな指向はラドゥーは持ち合わせていないのだから。ラドゥーは最後通牒を言い渡した。

「…もう一度言います。ここは穏便に済ませましょう。病院生活って想像以上に暇なんですよ。まずい病院食を堪能したいわけでないなら、今すぐ俺を解放することをお勧めします」

ラドゥーの言葉にチンピラ共は噴出した。

「ははっ! おいおいこいつ何言ってんだ」


「こんな細腕でおれ達五人を相手にする気かぁ? 冗談きついぜぇ」


「お優しいこって。だがいらん心配だぜぇ? なんせ病院送りにされるのは、お前だからなあ!!」

最後の一言とともに、チンピラの一人がラドゥーに拳を振り下ろした。

仲間達はにやにや笑いながらその様子を見ていた。次の瞬間にラドゥーが吹っ飛ばされるのを確信しながら。

「…え?」

しかし、その確信はあっけなく崩れることとなる。拳を振るったチンピラBは音もなく崩れ落ちた。さき程と変わらず、のんびり佇んでいるラドゥーの足元に。

ラドゥーが何をしたのか、チンピラ共は男が壁になって見えていなかった。

数拍後、卑怯な手段でも使ったのだろうと、弱いおつむでその結論に(勝手に)至ったチンピラ共は、逆上して一斉に襲い掛かってきた。

「うるぁあっ!」

なかなか速いチンピラCの拳は、確かにまともに受ければ顔が変形するかもしれない。だが、当たらなければ意味はない。ラドゥーは怯むことなくその拳を受け流し、手のひらを返して逆に一発食らわす。それほど力の籠った一撃ではないのに、チンピラCは悶え苦しんだ。まるで舞踊の様に無駄のない動きに、さすがにラドゥーが素人でないことに気付いたチンピラは、彼に向かっていた足を止め、倒れた仲間を担いで逃げ出した。

「覚えてろよ!」

リーダー格だろうチンピラDは、残りのチンピラEにBを担がせると、決まり文句を吐いて走り去った。

嵐の様な奴らが去り、ラドゥーは息を吐いた。

「…仲間を見捨てないあたり、上等というところですか」

服をはたいて、隅に避けといた通学カバンを拾う。


「貴方、見かけによらず強いのね。思わず観戦しちゃった」


突然後ろから声がかかる。

意外に思うでもなく振り向くと、緑玉の髪が眩しい絶世の美少女が、頬杖を両頬についてこちらに笑いかけていた。






経緯(いきさつ)はこうだ。

帰宅途中のラドゥーはチンピラ達がたむろしていた近くをたまたま通りかかった。そしたら、いきなりチンピラの一人(恐らくチンピラA)が前のめりになって顔面を地面に打ち付けた。怪我は大したこと無かったみたいだが、突然の衝撃に驚き、暫くあたふたした結果、その瞬間をばっちり目撃し、かつ凝視してしまった不運なラドゥーと目が合った。結果、彼らは濡衣をかけ、因縁を吹っ掛けてきた。いい迷惑だ。


そして、目の前にいるこの少女こそがその元凶だった。チンピラが転んだのは、この少女が上から降ってきたせいだからだ。転んだチンピラは不幸にもその下敷きになってしまったというわけだ。

何で上から降ってきたのかは一先ず置いておくとして、どうして彼らはこの少女ではなく、側を通りかかっただけの、転ばすには明らかに距離がある位置にいたラドゥーにいちゃもんが付けたのか。


答えは簡単だ。チンピラ共の目にはラドゥーしか映っていなかったからだ。


この少女は彼らの目には映っていなかった。と仮定すれば全てが納得できる。いない者に疑いはかけられない。だから近くにいたラドゥーに矛先が向いたのだ。

ラドゥーは戸惑った。見えていないという前提がまず非現実的だ。俄かには信じがたい。現に、少女の姿はラドゥーの目にははっきり映っている。だが、実際に、すぐ傍にいた少女を無視し、チンピラは自分に突っかかってきた。

可愛い容姿だから見逃すとかいうのでもなく、彼らは本当に最初からこの少女を目に入れていなかった。さっきはそんなことを知らないラドゥーは、少女の存在を説明した。

「女なんかどこにいるってんだよ!」

余計喚かれ、話が混乱した。

しょうがないので、ラドゥーは一先ずチンピラを追い払うことにして、今に至る。




―と、まあ、目の前の少女の話と合わせるとこんな説明になる。

「とりあえず、順を追って説明してもらいましょうか」

今は、成り行きで二人並んで道を歩いていた。

「どうして上から落ちてきたんです? 事故にしては随分落ち着いてますが」

「自分から降りたんだから、当たり前よ」

…落ちたのではなく、降りた、か。ここらを突くといくらでも疑問が出てきそうで、ついでに蛇も出てきそうだったので堪えた。

「では、なぜチンピラ共…いえ、あの方たちには貴女は見えていなかったんですか。路地裏で、あそこが薄暗いといえども、人が分からない程じゃない」

少女は笑った。

「あいつらだけじゃないわ。貴方以外の人は私を見ることが出来てないわよ」

それは、薄々感じてはいた。この少女の容姿は目立つことこの上ない。にもかかわらず、道すがらすれ違う通行人はこの少女に目を向ける気配が無かった。華奢な、しかし女性らしい丸みを帯びた身体、青いグラデーションのワンピースにクリーム色のカーディガン。腰に届くエメラルドグリーンの髪に癖などなく、艶々だ。花びらの様な唇から紡がれる声は鈴のようで可愛らしい。ここまで非の打ちどころのない少女を前にして素通りできる人間はそういないだろう。

だが、見えていないなら話は別だった。

「つまり俺は今、周りからすれば一人で歩いているように見えるんですね」

「そうなるわね。…あら、意外とすんなり信じるのね」

「非現実的現象を信じてはいませんが、事実なら受け入れますよ」

あえて、軽く言ってみた。だが実のところ頭の中は軽く飛びかけている。落ちつけ。冷静になれ。

「そういえば、名を名乗ってませんでしたね。失礼しました。ラドゥーといいます。貴女は?」

「私に名前は無いわ。呼び名がいるなら好きに呼んで」

おっと問題発言。さらなる混沌を脳内に呼び込んでしまったラドゥーは、この墓穴をどう埋めようと珍しく回らない頭で必死に考える羽目になった。


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