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夢の旅人  作者: トトコ
13/76

11.ウォンバルト殿下

分かっていても、引き返せない。

分かっていても、何度でも同じ過ちを犯すだろう。







二人は今夜の宿を求めて夜の道をひたすら歩いた。

昼間にしたようにエルメラの手にかかれば、あっという間に城へ戻ることも可能なのだが、先程のやり取りと、エルメラ達から齎された訳が分からない断片的な情報の所為で疲れてしまったラドゥーは一息吐きたかった。そんな彼の切実な願いにより、のんびり歩いて移動している。

エルメラは彼に合わせてラドゥーの隣を歩いている。"奇術師"に見せた険しい表情は消えて、上機嫌でラドゥーに寄り添っていた。切迫した状態だということをすっかり忘れてしまったかのように。

ラドゥーの方は、時間をかけて行きたいと自分で言ったのにも関わらず、内心焦りを感じて仕様が無いというのに。自分達がこうしている間にも、連れてこられた人達が"奇術師"に狩られているかもしれないと思うと、気もそぞろになる。

落ちつけ。焦りはさらなる失敗も生む。生まれた時から嫌というほど経験してきたことだ。


冷静になれ、考えろ、点を結び、一本の線にしなければ…。


ラドゥーは深呼吸した。ちらりとエルメラの横顔を見た。綺麗と言うしかない見事な美少女。しかし、中身は潔いほどにその容姿を裏切っている。エルメラ視線に気付き、なあに? と首を傾げた。エメラルドグリーンのなめらかな髪も緩やかに流れる。


―――既に幾人かが狩られていることをどうやって知ったんですか。どうして、何も言ってはくれないんです…。


非現実的な真実を与えられ、うやむやになったが、忘れていた訳ではない。触れづらかっただけだ。

俺は、信用されていないのか。喉まで出かかった言葉を息と共に飲み込む。

「…いいえ。何でも」

「さっきから鬱っちゃってて、エルメラ寂しいっ」

「誰が鬱ですか、失礼な事言わないで下さい」

「ふふん、お姉さんが慰めてあげましょうか?」

「結構です。自分の実年齢忘れて『お姉さん』とかいう人に慰めてもらいたくありません」

すると彼女は眼を吊り上げ食ってかかった。

「女性の年齢を触れるのは無礼だわ。禁忌よ、外道よ、撲滅対象よ!」

そんな軽いやり取りに少しだけ気分が軽くなるも、完全にしこりが無くなったわけではない。

このままぎくしゃくするのも良くないな。

意を決して口を開く。

「…どうして、既に狩られた人がいると、知っていたんですか…」

自分でもびっくりな小さな声だった。これではまるで親の顔色を伺う気弱な子供のようではないか。

苦虫を潰したような顔をしたラドゥーに対して、エルメラの態度はそれはそれはあっけらかんとしたものだった。

「ああ、そんなこと。まぁ最初から『かもしれない』とは思っていたしね。それが核心に至ったのは…別行動とった、その時かな」

昼間、唐突に別行動を言い渡された時。そう言えば、彼女は難しい顔をして、口数も少なかった。やはり、何か根拠があったのだ。

「それでね、まあ、見つけたわけよ」

「…『何』を?」

「狩られた人の残骸」

敢えて軽い口ぶりにラドゥーは深く突っ込むことを留まった。その惨さを、エルメラは語る気はなさそうだからだ。恐らく、予想していて、ラドゥーと別れたのだろう。彼に見せない為に。

話さないのは、自分が話すのも辛いだとか、被害者を慮ってのことではなく、ただラドゥーの為だと。そう思うのは自惚れだろうか。

ラドゥーは、現実に血生臭いことに関与することもある。例え、首なし死体を見つけましたと言われても、そうですかと平静にしていられるくらいには慣れているつもりなのだが。エルメラの気遣いがくすぐったかった。

「で、とりあえず貴方と落ち合おうと思った丁度その時に、貴方からお呼びがかかったの」

「…そうですか。その、御遺体は?」

「え?」

エルメラの目を丸くしたのに、ラドゥーこそ目を丸くした。

「え、って。御遺体をそのままには」

「だって私にはどうしようもないんだもの。現実世界に返せないし。そのままにしておいたに決まってるわ」

「………」

エルメラはラドゥーに優しい。無茶はするし、させるが、彼に向ける笑顔は真っすぐで素直だ。そして女性に庇われるのは複雑だが、不快ではないのも確かで。気を遣われていることに心が凪ぐのを感じる。


それなのに、攫われてきた人達に対して彼女はあまりに冷淡だ。


犠牲者の末路を目の当たりにしても、さほど気に留めていないのを見て、それが顕著になった。ラドゥーには、さりげなく気を遣うのに、この落差はどうだ。

自分が夢に引っ張り込んだからというのではない。彼女の中では、ラドゥーとその他という分類しかなされていないような…


思えば、当初から攫われた人達を心配してラドゥーを連れて来たのではなかった。


くだんの失踪事件は、元々は隣国や、グリューノス以外の地方から発生したもので、グリューノス領の人間が、被害に遭い始めたのはごく最近のことだ。その直後に、彼女はラドゥーの許へやってきた。

それは、まるで、ラドゥーだけはその被害から守るかのように。



「…考え過ぎかな」

ぽつりと呟いたのをエルメラは耳聡く拾った。

「何が?」

「こっちの話ですよ」

食い下がるエルメラをあしらい、もうひとつの懸念を考える。

「夢を壊す…ですか」

腕を絡めていたエルメラの動きが止まった。その事に気付かず一人没頭する。

具体的にどうすればいいのかは全く分からない。壊すというのは、エルメラの言う“死した夢”とかにするということなのだろうか。もしそうだとすると、皇子にこの夢を手放させることになる。己を夢を壊すなど、簡単に納得出来るはずはない。

「どのみち、直に会って説得するしかないですね」

自分にそんな話術はあるだろうか。社交場でも、自分の了見に凝り固まったおっさん連中の相手はいつだって全力投球だ。それでも最近は慣れもあって、大抵笑顔で優しいことを言えば向こうも察して円満に会談出来る。だが、説得となると具体案を出さなければならない。

「どうにでもなるでしょう」

どうにかする。どうにかならなかったら、どうとでもする。

どうなるにせよ、一度皇子に逢わないことには話は進まない。大雑把にこれからの進路を決めたことでひとまず一段落だ。

その横顔を、やや複雑そうな顔で見つめているエルメラに気付かず、一人うんうんと頷く。

と、その時、あたりが真っ暗になった。


「…なんなんだ」

元々暗くて、電灯なんかない畦道(あぜみち)だったが、瞬く星も、暗闇に浮かぶ田園も消えたのは分かった。真実暗闇だけの空間。初めて夢の世界に足を踏み入れた時にラドゥーが通った深淵の闇のような。

「夢が途切れたわね」

エルメラが呟く。

「途切れた?」

「…今何時か分かる?」

なぜ今時刻を気にするのか。

「はぃ?…え、ああ、時間ですね。暗くて今は分かりませんが、さっき腕時計を見た時にはもう11:50は過ぎてましたよ。それが、何か」

「…ふぅん」

エルメラは考えを巡らすように片目を細めた。ラドゥーには何が何やらである。

「話が見えませんが」

「今は、巻き戻し中、とでも言っとこうかしら」

何を、と言いかけて、ここが時が止まっている夢だというのを思い出す。

「…また『戴冠式前日』が来るということですか」

昨夜は早々に寝てしまったのでこの現象に立ち会ってはいない。

「もう少ししたら、またその日が復活するんでしょうね」

繰り返し、繰り返し、映写機のテープを擦り減らして、何度も、何度も、何度も…


もう充分堪能しただろう?


「…明日こそ、終わらせましょう」

誰に言うでもなく、決意を胸に、ラドゥーは呟いた。







エルメラの言葉通り、暫くその場に立っていると畔道が現れた。道を照らす朝日を伴って。

「これって、一睡もしていないことになるんでしょうかね」

あの暗闇が何時間も続いたわけではない。時間にすればほんの数分。それでも、起きたまま朝日を拝むのは存外疲労感を蓄積させるものだ。これも徹夜明けになるのだろうか。まぶしい朝日がラドゥーの目を焼く。

「時計がちゃんと6:30を指してる…」

少し前に見た時には確かに12:00前を指していた。時間は確実に経っていた証。

「時計は嘘をつかないわ。歯車が狂わない限り」

「…なんだか変な感じですね。あの数分間に、何時間も経っていたなんて」

「時の流れは一定じゃないのよ。夢の世界に限らず。浦島太郎気分ね」

 ん?

「…『うらしまたろう』、とは?」

「ああ、貴方の世界にその話はなかったかしらね。『浦島太郎』は、とある世界の有名なお伽噺で、亀を助けた親切な若者を、その亀の主人である美しい姫が城に招待し、さんざんもてなして、いい気分にさせといた揚句、開けたら残念な目に遭う箱を、そうとは教えず、如何にも開けろと言わんばかりに開けてはダメだと意味深に忠告して押し付けるお話なの」

一体どんな意図をもって創られた話なのか。

「なんとも迷惑な話ですね。開けられない箱を貰っても漬物石以外の使い道がないじゃないですか。若者は親切というだけでなく、女性に鼻の下伸ばしてまんまと不用品押し付けられた情けない男ということですか。人間、開けるなと言われるほど開けたくなる生物だというのに、姫はなんと計算高い。ひどい話です。それで?」

「一夜飲み明かした後、若者が自分家に帰って来たとき、地上では何と300年経っていたの」

「なるほど、そこに繋がってくるわけですか」

きっと、彼は二日酔いで気分最悪だっただろうに、その仕打ち。酷過ぎる。尤も、一世紀を隠れ鬼に費やしていた少女にとっては大したことではないかもしれない。しかし、人間にとっては冗談ではすまない。300年あれば国だって滅びるし、滅ぼした国だって滅び得る時間だ。

「当然、その若者を知る人はとっくに墓の中。自分家も人手に渡っていた。困り果てた若者はついその箱を開けてしまったの」

「路頭に迷いかねない状況ですもんね。藁にもすがる気持ちだったんでしょう」

例え役に立たないただの箱だとしても、おにぎりの一個くらいは期待したはずだ。

「実はね、その箱には、彼の中で止まっていた時が仕舞われていたの。だから、宴会中、とっくに老いているはずの歳をとらずに若いままでいることができた。でも、開けてしまい、封印は解けた。一気に300年分の時が襲いかかり、老人になり、骨となって若者は消えてしまった」

それは、想像すればかなり恐ろしい描写だ。

「怪しい美女には気をつけろという訓戒のお話なんですね。参考になりました」

「…どうして、そこで私の顔を見るの?」


今、この場に二人のやり取りを突っ込む者はいない。



「与太話はここらにしておくとして、そろそろ街に戻りましょうか」

「すぐ城に発つのではなく?」

速やかに行動した方が"奇術師"の邪魔も入りづらいのではないだろうか。

「焦っても仕方ないわ。どうせ昼間は皇子に会えないわよ」

「え…どうしてです?」

「夢を壊すには、『継ぎ目』を見つける必要があるの」

「『継ぎ目』?」

「この世界で言うなら…昨夜のあの闇が『継ぎ目』にあたるわね。『継ぎ目』なんて簡単に分かるものでもないんだけど、今回は分かりやすかったわ。『鍵』を開けるには、そうね、時が止まる瞬間を第三者が介入して、この世界の予定調和を塗り替えるってとこかしら」

「…俺、最近、実は理解力が乏しいんじゃないかって思えてきました」

「その時になったら分かるわ」

何故か、申し訳なさそうに言った。

「…とにかく、その時までにはたっぷり時間があるし、あんまり早いとあの“奇術師”とはち合わせちゃうもしれない。相手にするのも面倒臭いからヒトがいないか街に行きましょう」

「そうですね…貴女がそう言うのなら」


予定調和、という言葉が、ラドゥーの胸に一滴の黒いインクの沁みを落とした。







街に戻ると、ラドゥーらは再び人様のお宅の屋根の上にいた。彼女は高いとこ好きらしい。

「どうだい、そこのお兄ちゃん、その娘、彼女かい?この指輪はどうだい?安くしとくよ―――」

「おっちゃん、この林檎頂戴―――」

「いらっしゃいませ〜肉汁たっぷりの串焼きいかがっすか〜?―――」

市の光景が楽しげであればあるほど、今のラドゥーには不気味に映った。だから昨日と同じ場所には行きたくなかった。そこで彼らは当初の地点から少し外れた場所で市を眺めることにした。

この風景も、永遠と続いているのだろう。しかし、少なくともラドゥー自身は見るのは初めてなので、嫌悪感は少なかった。

「…お腹がすきました」

夢の世界に来てからこっち、何も食べていない。夢にいても腹は減るらしい。歩き売りの串焼きの匂いに、胃が空腹を訴える。

「あの串焼き美味しそうですね。あそこの…パンみたいな物に野菜とか果物とかお肉が挟まってる物も、すごくそそられます」

「食べたら、匂いも味もするだろうけど、所詮は幻だし、結局胃に何も入ってないのと同じよ。食べた後は虚しさが残るだけ。いっそ空腹を忘れたら? 思いこめば感じなくなるわ」

そんな芸当ムリだ。一度自覚した空腹は、それ以上に気を引くものがなければ忘れることなど出来ない。諦めの溜息をついて串焼きから視線を外すしかなかった。


ふと、エルメラが視線を遠くに投げた。

ラドゥーもその先に目をやると、笑顔が溢れる人ごみの中、一人とぼとぼと歩く痩身の男がいた。朝っぱらからお祭り騒ぎの市にあって、この様子は奇異に映った。

言っちゃ悪いが、まるで首になった店員のようだ。周りを見れば、街の者達は男に気付いていないのか素通りだった。

もう一度その男を見てみる。周りの服装とはだいぶ異なる。もっと言えば、ラドゥーの世界の物だ。


決まりだ。被害者の一人に間違いない。


思うや否や立ち上がり、エルメラに目を向ける。エルメラは無言でラドゥーの手を取り下へ降りた。ラドゥーはその男に近づく。エルメラはその後ろを無言で付いてきた。

「どうかなさいましたか?」

一応、当たり障りなく声をかけてみた。が、

「…」

反応は無かった。男は自分が話しかけられたことにも気付かず、無言で歩み続ける。

「ちょっと、そこの不精髭の方」

今度は男の前に回り込んでしっかりと視線を合わせた。

「え、あ……き、君は…?」

ようやくこちらに気付き、呆けながらもラドゥーと目を合わせる。

「こんなところでぶらついて、ご家族が心配なさってますよ」

ラドゥーの言葉を理解すると、男は堰を切ったように喋り出した。

「君っ、君はわたしが見えるのかねっ!? わたしの声が聞こえるのかねっ!?」

当然と言いかけて、はた、と気付く。

そうだった。あの無慈悲な道化に放り出されたのだ。自分が省みられない世界に。

「そろそろ、お帰りになられてはいかがですか」

出来るだけ、そっと話しかけると、男は年甲斐もなくボロボロ泣きだした。

「ああ、会話が出来る…なんて素晴らしいんだろう…帰ったら家内にも娘にもたくさん話したい…今まで仕事ばっかりで…どうしてこんなところに来てしまったんだ。…確か、そう、えらく奇妙な衣装のやつに…望みを叶えてあげるとか何とか…あれ、あいつは何処にいるんだ…ああ、それよりも自分が幽霊になったみたいだった…誰にも気付いてもらえなくて…このまま死ぬかもしれないと…腹が減っていた気がしたが、途中からどうでもよくなって…ああ、帰りたい、家内の手料理を食いたい…」

ラドゥーの言葉が聞こえていないのか、一方的に言葉を紡ぐ。まるで決壊した川のように。

「大丈夫です。貴方は夢を見ているだけですよ。目が覚めたら、御家族の許に帰っていますよ」

「夢…」

「そうです。覚めたら、消えてしまう夢です」

この人をどうにか穏便に返せないものかと考えているとエルメラが前に出てきた。

「こんにちは、ミスター。お名前は?」

彼女がにこりと微笑むと男は先程とはまた違う意味合いの呆けた顔になった。ラドゥーは少し面白くなかった。

「ジャーダル…」

「そう、ミスタ・ジャーダルさん。貴方、帰りたいのよね?」

「帰る…そうだ帰りたい。こんなわたしを無視して毎日毎日ばか騒ぎを続けているこんな所などもうたくさんだ」

ここがどういう場所かは知らなくても、何かしら妙なものを感じていたのだろう。気味が悪そうに人ごみを睨む。

「そう、じゃあ帰りましょう。私の手をとって」

言われるままにエルメラの手の上に自らの手をのせた。最初のラドゥーとのやり取りに似ていた。

エルメラは塞がっていない方の手を軽く振ると、男の姿が次第に薄くなっていった。


「…これは夢。目が覚めたら貴方は何もかも忘れてる泡沫の夢。夢も、私のことも全部奇麗に消える夢。そうよね?」


ほとんど消えかかっている男に妖艶な微笑みを向け、囁きかけた。すると、男は夢現なまま頷いき、消えた。

「…ふぅ」

かいてもいない額の汗を拳で拭い、爽やかな笑顔になった。先程の妖艶さがウソのようだ。

「返したんですか」

「ええ。あの人の家なんて知らないから適当なとこに送っておいたわ」

ラドゥーは一先ずほっと息を吐く。

「帰せないと言っていませんでした?」

「貴方を介してなら多少は動けるとも言ったはずよ」

これは“多少”らしい。充分邪魔をしていないか?

「でも、これを攫われた人全員に施してあげるのは無理ね。アイツも気付くだろうし、何よりいちいち探し出さなきゃいけないし。しかもあの鎌男が日々せっせと連れてくるん増え続けるし。キリがないわ」

いたちごっこになっては意味がない。

結局、完全に解決するにはラドゥーが夢を壊すしかなさそうだ。







月の高い時刻。彼らは再び城へ訪れていた。

「相当慕われていたみたいね、皇子様は」

「そのお妃も、国民の人気は高いみたいですし」

だからこそ市はあれだけ賑やかなのだろう。絶大な支持を誇る皇子。聡明で行動力があり、先にあったらしいの戦の功績を、どこぞのオヤジが我事の様に吹聴していた。

全く理想の皇子だ。恐れ入る。

「でも、そんな人がどうして人を攫うのでしょう」

「“奇術師”が唆したのでしょう」

「国民の話を聞く限り、そんな非道な真似を許すようには思えませんが」

「…時は人を変えるものよ」

呟いた言葉を聞き取れなかった。

「何ですって?」

「いいえ、何でもないわ。とりあえずさっきも話した通り『継ぎ目』を見つけて、壊さないとね」

「分かってますよ。その瞬間を、逃さず自分がやればいいんですよね」

何をすればいいかは分からない。エルメラもそこまでは知らないという。その時が来たら分かるという曖昧な説明だけでやろうとしている。無謀だが、仕方がいない。







贅沢にかがり火を使い、夜だというのに城の内部は昼間のように明るい。

時折、夜の見回りの衛兵とすれ違いながら、昨日訪れた皇子の部屋を目指す。

「また来た。というより外に放り出したはずなんだけど、良く来れたネ」

感心したような声の方へ二人は顔を向ける。

「出た。場違い男」

エルメラが嫌そうに眉を歪める。

確かにこの煌びやかで上品な城に、このピエロな服装は浮いているが。

「それはこっちのセリフだヨ。邪魔しないでって言ったのに。君達には関係ないでしょ」

「…俺の街の人達が攫われたので関係はないわけではありません」

「ふうん、じゃあ、その人達は返すって言ったら帰ってくれる?」

どういうわけか“奇術師”は昨日と違って襲いかかってこようとしない。殺気もなく、むしろ譲歩さえしてきた。

「自領の人達だけというわけにはいきません。少なくとも、知ってしまった今は」

「とにかく、貴方の提案は却下ってことよ」

きっぱりと告げるエルメラ。

やれやれと溜息をつく“奇術師”は困ったなあ、と呟きながらのんびりと鎌を出現させる。


「―――遮れ、守風(ヴェール)


エルメラが一歩早く言葉を紡ぐ。間一髪でラドゥーは凶刃からまぬがれた。目の前に静止した鎌を乾いた笑いで眺める。

「全く、一般人を真っ先に狙うなんてっ」

エルメラは、殺気も放たず伸びきった邪魔な草を刈るように、簡単に鎌を振るった“奇術師”と対峙した。

「行って」

「しかし…」

「こいつの相手は私がするわ」

なおも渋るラドゥーににっこり笑顔を向ける。

「大丈夫よ」

それは母が子に向けるような慈愛に満ちた笑顔のようでもあり、無邪気な子供のようでもあった。

どのみち、こうなってはラドゥーには抗う術は無かった。そう、初めて夢に来てしまった時、誘われた時から、彼女には抗えない。


ラドゥーが頷くと、エルメラにさっさと行けと言わんばかりに背を押される。

「…仕方ありません。女性ばかりにいいとこを持っていかれては男の立つ瀬がありませんからね」

きっちり役目を果たしてきますよ、と言い置いて、ラドゥーは走り出した。








「あーあ、行っちゃった」

とは言うものの、"奇術師"は特に悔しそうでもない。

「いいの? 一人でちゃんと役目を果たせるかな?」

「あんたに関係ない」

「優しそうな坊やに出来るかな?」

「“奇術師”がヒトの心配するの?」

「それ、ボクが自分で名乗ったやつじゃないけど」

「否定はしないのね。それに付随する噂も?」

「まあ事実だし、隠してないし」

ラドゥーが聞いたところで理解出来ない会話が交わされる。

「あそ。あんたのことなんかどうでもいいけど、これ以上好き勝手したら私が黙っていないわよ」

「君…誰かなって思ってたけど、“姫”かい?」

無言。しかし、道化は得心がいったように頷いた。

「初めましてだネ“姫”。噂はかねがね。でも、こんなところで会うなんてなんて不運。もういいよ、今回は手を引いてあげる。せっかく面白くなってきたのに、残念無念」

あっさりと降参を告げ、両腕を上げた。

「存外、聞きわけがいいのね」

エルメラは警戒するも、"奇術師"はさっさと退く支度を始める。

「ボクはいつだってイイ子だヨ? “姫”を向こうに回すなんて怖いし」

黒鎌を黒い布に変えて、自分を覆う。

「でも、彼には興味出てきたな。“姫”を従える人間か…」

「彼に手を出したらっ…」

が、エルメラが釘を刺す前に黒い布から道化は消えた。

「………」

その布も間もなく消えたのを見届けると、エルメラは感情を殺した表情をから一変、もの憂げな顔になった。

「…私は、貴方に酷なことを強いてしまったかしら」

あのままだったら彼が狙われる。彼が誘われた後では遅いのだ。だから彼を先に連れてきた。その判断は間違ってなかった。それでも、彼に嫌な役目を押し付けたのも事実。そして彼は役目を果たすだろう。

彼がしなければ、誰も救えない。

エルメラは静かに目を閉じた。







ラドゥーは観音開きの扉の前に立っていた。昨日の昼間、開け損なった皇子の部屋。

一つ深呼吸をして、何が起きても対応できるように気持ちを落ち着ける。扉を叩く。扉の向こうから、怪訝そうな声が返る。

そうして開かれた扉の向こうには、一人の男。


「お主は誰だ…?」


城の中とは対称的に、明かりは窓から差し込む月明かりだけの薄暗い部屋だった。精悍な顔立ちの青年が、唯一の光源である窓辺を背にして立っていた。


「ウォンバルト殿下…ですね」


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