世界的創作物の中の騎士 2
騎士が出てくるヒット作品といえば、スターウォーズも挙げることができるでしょう。
この作品の舞台は宇宙でジャンルはSFですが、物語の重要な要素としてジェダイの騎士という戦士層が登場します。
ジェダイは少数精鋭の戦闘部隊で、ライトセーバーという光の剣とフォースと言う念動力のような力を操って戦います。
私自身が熱烈なファンというわけではないので、申し訳ないことにwikiを参考に話を進めることになりますが、いくつかの興味深い設定を見ることができます。
まず、教育システムが中世の騎士と同じような形体を取っています。一人前となった騎士は弟子を指導することができるようになり、弟子を騎士に育て上げなければいけません。これは徒弟制度に似たシステムといえるでしょう。
恋愛禁止というのがどんな理由に依るのかはわかりませんが、騎士修道会も禁欲を信条としていましたので、ここも似た部分でしょう。強さだけではなく、知性や精神的な鍛錬が必要とされる部分も騎士と言って間違いありません。
ジェダイは怒りや憎悪を抱いてはならず、そういった感情を元に力を振るうといわゆる悪者になってしまいます。ダークサイドに堕ちるという表現が出てきて、銀河の支配を企む彼等と主人公達は戦います。善悪の戦いをメインに据えるのは物語の定番ですが、騎士道物語に通ずる部分があります。
ただ、封建制度を取るわけではないのに、騎士に頼るというのが不可解な点ではあります。
スターウォーズに構築された歴史はよく理解していませんが、反乱軍は共和政を取り、元老院が大きな決定権を握っています。ジェダイの騎士たちは元老院に厳しく統制されているようです。
主人公の勢力が共和政を取ったのは時世でしょう。スターウォーズが作られたのは、共和制を前面に押し出して建国されたアメリカで、現代という時代もあり、帝国に対しては前時代的で自由の無い制度だというイメージもあったことでしょう。
しかし共和制をとるのであれば、多くの共和政国家のように大規模な国軍を持つのが自然のはずです。
税金を取って軍隊を編成すればいいのです。どうしても少数精鋭は戦場が多方面になったり戦争する期間が伸びてしまえば、デメリットばかりが出てきてしまいます。とはいえ反乱軍という立場なので、これは仕方がないのかもしれません。
史実の騎士は武力と引き換えに身分を手に入れた戦士層です。
対してジェダイにはそういった要素を見ることができません。まだ物心がつくはずもない生後6か月以内に本人の意志関係なく徴用し、軍人に育て上げるのです。ジェダイが戦う見返りに何か求めている様子も見られませんし、戦うことで楽園や悟りを開くというような十字軍的な思想も見ることができません。
彼等は国のために反乱軍として戦います。国のために私利私欲なく戦う武人というのは、近現代の正義のヒーロー像です。アメコミのヒーローもそうですし、ハリウッド映画に登場するスパイや軍人もそうです。
これは騎士と言うより、国民軍の性質が色濃いと言えます。
現代の社会制度(共和政は古代からあったにせよ)のもとに、近代的な軍事制度によって徴兵され、近世を代表する帝国という敵と戦う、中世の戦士がジェダイです。そして、大体がゲリラのような方法によって成果を収めているように見えます。
なぜこのようなちぐはぐなことになったのでしょう。
ジェダイの名前自体が日本の時代劇からルーカス監督が取ったといわれるように、もちろんコンセプトからして水戸黄門や暴れん坊将軍のような作品だからでしょうが、世界観として考察するならばフォースの存在が挙げられます。
フォースとは万物を包み込んでいるエネルギー体で、ジェダイはこれを操ることで超常現象を起こすことができます。どうやら先天的な体質によってフォースの強さが決まり、それを操るには資質も必要という設定があるようです。これは我々の言葉でいいかえるのなら魔力ようなものでしょう。
フォースを扱える兵士が物量をひっくり返す大前提なのであれば、それを扱うためにジェダイ騎士団のようなあり方を通す必要があるのでしょう(とはいえ、その状況で反乱を起こすのは無理があるように思えますが)。
また、「フォースと共にあれ」だとか「フォースと一つになる」というフレーズからは、彼等の強いフォース信仰が伺えます。
フォースというエネルギーを神の力のようにとらえ、厳しい鍛錬をすることでそれを操ることができ、死後も何かしらの安寧が得られるという思想を赤ん坊の時から育てられたのであれば、無償で戦うし、一見理不尽と思える規律を守る気にもなるのかもしれません。
こうして書きだしてみると、スターウォーズのジェダイは騎士団の名の通り、狂信的な戦士という一面を持っているとも言えます。
スターウォーズにも騎士道物語や指輪物語の要素が十二分に見えて、さらスターウォーズに影響された作品も沢山でてきます。
作品の中に登場する騎士という要素が持つイメージは、このようにして受け継がれ、大体の性格が決定されています。
「騎士と言えばこう」という共通された意識が世間にあって、それに乗っかれば、一から職業を作るより効果的に性質を説明できるし、かっこいいと思えるのです。
よく物語の設定を批判する際に、史実を持ち出して語ることが多いわけですが、こういった文学史的な側面から見ればそこには立派な歴史があることに気が付きます。
騎士の一つの側面として挙げるという、少し趣が変わった話になりましたが如何でしたでしょうか。