諦めない
「よーし、パトス。
足並みを揃えていくぞ!」
チェコとパトスは、錫メッキした馬車の扉を盾代わりにして、ゆっくりと前進を開始した。
パトスは扉の下側にロープをかませ、それをパトスの胴体に結び付けて扉の下側を支え、チェコは、扉の内側の取っ手を持って、少々引きずりながらも、扉の盾に身を隠しながらコカトリスに接近していく。
青色が深くなった空に、青黒い巨鳥は、全く動くことなく周囲を睥睨している。
チェコたちは、陽が落ちないうちに女性を救い出さなければならないので、さっきまでのように一センチ刻みでは進んでいない。
だが、コカトリスは、長い首を、ピクリとも動かさなかった。
「なぁ、パトス。
もしかして、あの鳥、死んじゃっているんじゃないかなぁ…?」
パトスは、身を震わせて毛を逆立たせた。
「違う。
とんでもない…殺気…」
チェコには感じられない何かを、パトスは感じているらしい…。
二人は、どちらともなく、やや、スピードを落とした。
「…チェコ…。
どうして、女の人、助けたい?
命、とっても大切、なのに?」
パトスは、ずっと引っかかっていた事を聞いた。
「グレン兄ちゃん、知ってるだろ?」
「チェコに呪われた石像、くれた人」
「グレン兄ちゃんはヴァルタブァ卿のスペルランサーなんだ。
兄ちゃんには、何度も助けてもらったんだけどさ、ある時、山にキノコ採りに行って、クマと遭遇しちまったんだよ。
兄ちゃんも十二歳だったし、絶体絶命でさ、その時、兄ちゃんは言ったんだよぅ~」
チェコは突然、夢見る少年の瞳になって。
「スペルランカーは、絶対に諦めない。
諦めなければ、どんなに強い敵でも、勝機はきっとある、って。
そして兄ちゃんは、木に登ったんだ」
「クマ、木登上手…」
「そう、俺もそう言ったんだけど、兄ちゃんはどんどん登って、子供しか入り込めない枝の入り組んだ隙間に入り込むと、枝の間からクマの顔に、持って来ていた鉞を突き立てたんだ。
もちろん、子供の力で、鈍い鉞じゃあ、そうは効かない。
でも、兄ちゃんは、何度も何度も、諦めることなく鉞を突き立てた。
そのうち、偶然だろうけど、鉞はクマの目を突いたんだ。
クマは木から転げ落ちて…。
でも、俺たちは、震えちまって、しばらく、体は動かせなかったんだ。
俺は、おしっこを洩らした、って泣いたんだけどさぁ。
兄ちゃんは、俺も漏らした、って自分のズボンを見せてさ。
そして、こう言ったのさ。
そんなことは何も問題じゃない、危機に立ち向かって、勝ちとった、それだけが全てだ! って」
チェコは、思い出に酔いしれて、涙を流していた。
「だから俺、決して逃げたくはないんだ。
敵がどんなに強くても、おしっこなんか漏らしても、そんなことは何も問題じゃない。
諦めなければ、絶対に勝機は訪れるんだ!」
「それ、偶然…
いつも、そんなにうまく、いかない…」
パトスは深ーい溜息をついた。
「判っちゃないなー。
いいか、パトス。
兄ちゃんは、もし、自分が逃げる気だったら、最初から逃げられたんだよ。
俺は小さかったし、きっと逃げ遅れてクマに襲われただろう。
な?
だから兄ちゃんは、おしっこ洩らしながら、木に登ったんだ。
ダリヤ爺さんが貰って来た、どうでもいい子供の俺を、それでも助けようと思ったらさ、木に登るしかなかったんだよ。
そりゃ、偶然だけどさ、やらなかったら、偶然なんて生まれないんだよ。
な、パトス」
チェコは、驚くほど冷静な横顔で、笑った。