謎
「えっと、パトスが臭いを探せばいいんだよね?」
チェコは戸惑う。
「…たぶん、だが、臭いだって万能ではない…。
今も、とても似通った臭いだった。
さっき言葉を交わしていたから、なんとか判ったんだ…。
あまり知らない男の臭いなど、俺だって判らない…」
チェコたちは顔を見合わせた。
キャサリーンとミカ。
二人は決定的に判る。
このメンバーには数少ない女だからだ。
チェコとターク、ヒヨウとタッカーも年齢的に未成年で判りやすい。
子供の姿、という意味ではブーフも判りやすいし、ひときわ老人のウェンウェイも、戦うために若者を集めた集団の中では判別は容易い。
タフタは樵なので体格もよく、ナミはチェコたちのリーダーだったから、むろん判る。
杣人のみんなも判るが、蛭谷は薬師と数人しか、判らない。
「えっと、俺らはみんないるし…」
蛭谷の若者が言うが…。
「俺たちも間違いないぜ?」
イガたちも話した。
「いや、一人多いはずだ。
二三人いる!」
とナミは言った。
えっ、とチェコたちは顔を見合わせる。
「よく見てみろ、同じ人間が二人いるんじゃないのか?」
見回すが、チェコには判らない。
知り合いは、皆、いるはずだ!
「待て、あんた確かトマって奴だろ?
昨日、ちょっと飲んだよな?」
タフタは、一人の中肉中背の男に斧を向けた。
「あんた、確か、さっき死んだよな?」
あっ、と蛭谷の男たちは叫んだ。
先ほどスライムタイガーに食べられた男が、平然と仲間のふりをしていたのだ。
カカカと笑い、また悪魔は消えた。
「どーすんだよ!
こんなの、もう、判らないよ!」
タークは恐怖に顔をひきつらせた。
今、さっきまでタークの隣に、死んだはずのトマがいて、タークも普通に会話していた。
大丈夫か、とタークの肩を叩いたのだ。
その手の感触を、タークはありありと思い出した。
腕がオコリのように震え、ひきつる顔を両手で抑えて、ターク恐怖の叫びを上げた。
「大丈夫よ。
奴はいま、どんどん弱っているの。
判るでしょ。
さっきまでより、ずいぶん力も落ちてきているのが。
もう少しだから、気をしっかりもって、立ち向かうのよ」
キャサリーンがタークを抱き締めた。
タークは、声を上げて泣き出した。
「とはいえ、消耗戦だな」
と、既に人に戻れないところまで行ったプルートゥが唸った。
「…今の奴が狙っているのは、人間が崩壊することだ…。
…ただ、心だけを狙っている…」
とゴロタも語る。
ナミはタークの狂乱から離れて、冷静に人数を数えていた。
「大丈夫。
二二人だ」
「え、悪魔はどこに消えたの?」
チェコは驚く。
「逃げたのかな!」
タッカーは喜ぶが、ゴロタが、
「…奴は俺のバリアーから逃れられない…」
え、とチェコは周りを見回した。
周囲の野原は、元々は駐屯地だった場所なので、ほとんど雑草も生えてはいない。
さっきチェコが躓いた草も、どうやら悪魔が作ったものだったようで、今は影も形もなかった。
駐屯地には小屋や柵などもあったはずだが、プルートゥの驚異的な爆発で吹き飛んでおり、土に埋まった木部は焼け残ったものか、穴も空いていない。
ただ、平たい平地に、ゴロタの白いバリアーが白く光っていた。
「…奴はどこかにいるはずだ。
今、俺が奴を現実に貼り付けているのだ…」
ゴロタが語り、皆は周囲を探すが、特に何も見つからない。
「…俺のウサギが、一人多いよ…」
チェコが、かすれた声をあげた。
「ブチとシロと片耳黒とまんじゅう、それに尻黒、ちびと白子、雪、俺のウサギは八匹なんだ…」
「名前があったのか…」
変なところに、タッカーは感心する。
「…だって、全員、俺が餌をやってなつかせた、俺の友達なんだから、もちろん名前ぐらいあるよ…」
不意に一匹のウサギが、宙に消えた。
「な…、なんで奴は、自由に消えたり変身したり出来るんだ!」
チェコは、怒ったように叫んだ!
「たいした事はない」
とブーフ。
「俺と同じだ。
アースを浮かべなくとも、アースを自在に使えるだけだ。
頭の中にスペルは入っていて、カード無しでも様々なスペルが使えるんだ。
ま、俺より桁違いに使えるスペルが多いだろうがな」
「アースを使っていたの?」
チェコは驚いた。
「現実空間で、アース無しで色々な手品をする事は、悪魔でも難しいのさ。
神の作った物理空間なのだからな」
なんか、もっと摩訶不思議な力を使っているのかと思っていた。
「それなら…」
チェコは、カードを取り出した。
「静寂の石。
全てのアースを、停止する…」
ゴロタのバリアー内の、全てのアースの働きが止まった。
「馬鹿め!
貴様の戦闘力をゼロにして、どうするのだ!」
チェコの頭のすぐ右横に、白い塊が浮いていた。
今まではスペル擬態、に作用の似た魔法で姿を隠していたらしい。
だが、今は、白い塊から鮫のような巨大な牙が現れて、ちょっとの頭を噛み潰そうとしていた。




