新たなゲーム
ギャアー、という叫びが白いバリアー内に響いた。
が、その叫びはそのまま笑い声に変わっていく。
「小僧、お前は面白い。
なかなか良いぞ!」
バレたのでは、もう仕方がなかった。
チェコはバリアーの端に全力疾走した。
地面から蔓草が何本も伸びてきて、チェコの行く手をふさいだ。
「火炎弾!」
火炎弾はチェコが兵士から奪ったスペルカードで、軍事スペルだ。
デュエルでは禁止されたアース分のダメージを撃ち込める超攻撃的スペルだった。
どんっ、と地面が爆発し、蔓草を吹き飛ばした。
「接合!」
接合は漁村でチェコが買った、袋売りのカードの一枚で、本来は召喚獣を合体させるカードだが、偶然、チェコとパトスは一体の、成獣の犬に変身できた。
火の柱が消えない中を、チェコとパトスの合体獣は飛び抜けた。
もうすぐだ!
バリアーの端が迫っていた。
だが…。
「小僧。
そんな火炎で、俺の蔓草が燃やせると思っていたのか?」
しまった…!
普通の草を燃やすように、ついスペルを使ったが、あれも悪魔の一部だったとは!
チェコは蔓草に絡まれそうになるが、
「チェコ、大丈夫か!」
イガが、山刀を振り下ろして、パトスと合体して成犬に成ったチェコを助けてくれた。
「イガ!」
イガは山刀を振って蔓草を切るが、蔓草は悪魔の変身したものだ。
容赦なくイガの体に食い込んでいく。
「イガッ!」
チェコは叫ぶが。
「心配するな!」
セイやロット、ホマーが駆けつけてくれた。
「早く、やってくれ、チェコ!
俺たちみんなで、悪魔を倒そうぜ!」
「みんな!」
チェコは頷き、端に走った。
袋を開け、中身を角に落とした。
不意に、バリアー内の空気が変わった。
どうやらチェコが一番最後だったらしい。
バリアー内が、火のフィールドに変わったのだ。
「おお、草が切れるぜ!」
イガたちも、前より優勢に蔓草を伐採していた。
「くそぅ、こんなもので!」
と、悪魔は叫ぶが、ミカは詠唱を再開していた。
プルートゥの剣で、アブが砕けた。
「悪魔はバリアーから逃げられん!
必ずどこかに隠れている。
見つけるんだ!」
ナミが叫んだ!
いつか蔓草も消え果て、バリアー内に悪魔の痕跡は消え去っていた。
ただ、ミカの詠唱が続く。
「おい、悪魔はどこにもいないぞ?」
セイが首をかしげた。
チェコも首を捻るが、パトスが同じ犬の頭で、
「…待て、俺が臭いを調べる…」
人間の目で判らなくとも、確かにパトスの鼻なら悪魔をたどれるはずだ。
パトスは自分の周りから、しっかりと臭いを探した。
チェコも同じ体なのだが、パトスのようには鼻は効かない。
ただ、パトスの動きを見守るだけだった。
足元から進んでイガたちの臭いをたどる。
蔓草はすっかり消え失せており、欠片も臭いも無いようだった。
杣人の村の皆の臭いを確認し、エルフや蛭谷の皆の臭いを確認する。
タフタやキャサリーンの臭いを追い、まろびとの男を確認した。
タッカーやヒヨウの臭いに進み、ナミや必死の詠唱を続けるミカの臭いを嗅ぎ、最後に一人の少年の前に立ち止まった。
「…誰だ、お前は…」
へっ、とチェコは少年を見た。
「パトス?
それはタークじゃないの?」
確か蛭谷のタークのはずだった。
「…チェコ、彼は他の仲間と共に、蛭谷のところにいる…」
え、っと、慌てて振り返ると、確かに蛭谷の仲間と共に、タークは驚いた顔でチェコを見ている。
見ると、この謎の少年は、微かにタークより髪の色が薄く、微妙に目の色も違い、二人並べると別人だ。
特に、兄弟、と言うほど似ている部分もない。
だが、ふと見れば、見知ったタークのように、彼は見えた。
「ハハハハ!」
タークにどことなく似た声で少年は笑い、そのまま猿に似た悪魔の姿に、それは変貌していく。
「なかなかメンドクサイ奴らだな。
おとなしく騙されていれば、すぐに死ねるものを!」
ミカは詠唱の声を高める。
と、悪魔は、一瞬で姿を消した。
「ど、どこへ行った?」
タフタが慌てた。
「焦るな。
隣の人間をよく見ろ。
間違いなく知り合いなのか、似た風貌の別人なのか確かめるんだ!」
ナミが言う。
しかし、それはとても難しい。
今、その事をチェコたちは知ったばかりだった。
ある意味、もう少し人数が少なく、知り合いばかりなら起きない齟齬に、チェコたちははまっていた。
みんな同じところに寝泊まりしていたから、なんとなく顔は知っているが、かといってどこの誰、とまでは知らない人間が多かった。
女なら、もっとよく顔を見ただろう。
体だって、しっかりと見た。
だが、名前も知らない男など、特に興味を持つことは無い。
ましてや皆、昼は辛い戦場歩きを続けていたのだ。
とても社交的に振る舞う気分になどなれなかった…。
互いに見回し合い、そして困惑する…。
チェコたちは、新たな悪魔のゲームに巻き込まれつつあった…。




