悪魔
悪魔の実体が何処かにいるのであれば、プルートゥならばどうにか出来るのかも知れなかった。
だが、悪魔は時間の狭間を漂っているのだという。
「海に漂うクラゲのように、時間と空間の狭間を漂って退屈し切っているのが悪魔というものなのだ。
これに死もなく生もなく、だから常に生き物に羨望を抱いている。
食べることも飲むことも出来ないのだからな」
ん、とチェコは疑問を感じた。
「確か、何人もの命を食べてたけど?」
「こいつらの質が悪いところだ。
こいつらが命を屠っても、別に食べる事もなく、こいつらは増加も減少もしないのだ。
世の理りから全く外れていて、自身、餓えもしないし、満腹も感じない。
世界から切り離された、放置された、見放された存在だ。
それでいて、生物には興味津々で、食べる事がどんなものか、感じたくて仕方がない。
そのために人間に憑依しようとするのだが、生憎大抵の人間は悪魔の器にはなり得ない。
時に、僕のような子供は、上手くすると長く器に出来るので重宝するが、僕が悪魔の器になる理由は、悪魔の精神に、精神的に負けないからだ。
だから、僕は侵されずに存在し続けている」
「子供でないといけないの?」
チェコには、気になる情報だった。
「完成された肉体は、生物として完成されているがゆえに、悪魔の器にはなれない。
ただし、すっかり心を失わせて、吸血鬼にするのなら、僅かな時間、悪魔の器になる。
だが、その場合でも、肉体の維持に血を飲むのみで、悪魔は何も得られはしないし、失いもしない。
それが悪魔なんだ」
「つまらない奴ね」
ミカは吐き捨てた。
「そうだ!
全くつまらない、池に漂うボウフラほどの価値も無いのが悪魔だ。
だが、その力を得たいと願う愚かな人間も絶えないので、そのため存在し続けている」
「え?
人間がいるから悪魔がいるの?」
「この世の理りに悪魔の居場所など無いのだから、本来は存在し得ないのが悪魔なのだ。
だが人間の精神が神を感知すると、その対になる存在を、どうしても考えずにはいられない、それが人間というものだ。
そもそも神は全ての生き物を等しく肯定しているが、人って奴は、横の隣人より少しでも多くの幸運を得たいと考える。
神は別に幸運を授けるマシンでは無いが、ついそう考えてしまうのだ。
すると理論的に、人より幸運の少ない者も存在しなければならない、と人は考える。
帳簿が合わないわけだ」
なるほど、常にダリアは帳簿とにらめっこしていた。
そんな風に世界を考えると、帳簿の上で収支が合わなくなってくる…。
「つまり、存在し得ないが、幸運を授ける神を感知できる分だけ、人は悪を想定せずにはいられない。
そしてそれは、神に等しい力を持っている、と思い込む。
そういう人の心が産み出した存在だから実体は無い。
仮にあるとすれば、それは人の歴史、というものに悪魔ドルェヴァという名が、古来から存在し続けている、それが実体とも言えるが、そんな太古からの歴史は、どうやっても手が届かない、だから奴は不滅なんだ」
悪魔は高らかに笑った。
「解説ありがとう。
絶望してくれたかね?
お前らがどんなに必至に抵抗をしようとも、俺は太古の昔よりあり続けた古きものって訳だ。
お前らなどに手出しは出来ないのさ」
「確かに本物の悪魔を祓うなんて、師匠でも一人では難しいと思うけど、祓ったことが無いわけではないわ!」
ミカは唸った。
「話を聞くと、どうも神官の領分のようだけど、祓えない訳ではないのよ!」
カカ、と悪魔ドルェヴァは嘲り、
「確かに、本物の、その帽子の持ち主なら、もしかしたら俺に対抗できたかもしれないけどなぁ。
しかし、残念ながらお前は師匠から全てを受け継いだ訳じゃ無さそうだな。
俺を祓う呪文も知るまい?」
ミカは唸る。
「くそ、シスターアザヘルなら、きっとこんな悪魔に負けやしないのに!」
タッカーが叫んだ。
「残念だったな。
お前が夜な夜な思い浮かべたメス豚は、こんな山の中にゃ来ねえさ!」
タッカーは激怒するが、ヒヨウが、
「止せ、タッカー。
怒るだけ、こいつを喜ばすだけだ!
必ずなにか、弱点があるはずだ!」
とタッカーを止めた。
悪魔は、ヒャッヒャと笑い、
「どんなものにも弱点はある、か?
それは、この世のものの話だろう。
この世界の埒外の俺に、そんなものはねーのさ!」
確かに…。
スペルランカーの使うスペルも、この世界にある六つの力を使うのだ。
この世にいないものに効果は無いかもしれない…。
チェコは暗澹と考えた。
「今まで効いた攻撃を考えてみろ」
とナミは言う。
「酒や白のスペルは効果があったろう。
こいつは嘘つきなんだから、言葉に騙されるな!」
悪魔は唸った。
「結局、こいつはさっきから実体化と非物質化を繰り返しているだけなのよ」
ミカがなじるように叫んだ。
悪魔はケラと笑い、
「だからなんだ?
お前らは俺には手が出せず、俺はこの通り…」
ドロリと暗い闇夜から、矢が飛び出して、ナミを貫いた。
「ナミ!」
イガたちがハイエルフに駆け寄るが、ナミは手で皆を制し、矢を折って抜くと、素早く回復呪文をかけた。
「慌てる事はない、下らん攻撃だ」
と、立ち上がった。
「チェコ…」
と、プルートゥは囁いた。
「お前、早くゴロタを召喚しろよ…」
あ、とチェコは叫んだ。
ゴロタを持っている事を、チェコは忘れていた…。




