悪魔の棲み家
「あんたみたいな大悪魔が、よく、しょーもない召喚に応じたもんだな」
猿の、シワだらけの巨大な手に握られたまま、ブーフが青ざめた顔で嘲笑った。
ケケッ、と悪魔は笑い。
「まあ、とんまな召喚者の後ろの蝋燭が、爆弾なのが判ってたから、面白そうと思ったわけさ」
どうやら悪魔ドルェヴァは、召喚が途中で破綻するだろう事を見越して、マッドスタッフの召喚に応じたものらしい。
ハハッ、とブーフは笑い、
「いかにもセコいあんたらしい遣り口だ。
人を欺くのが美徳、って訳だな。
ところで、この薄汚い腕はあんたの本性なのかい?」
悪魔ドルェヴァは、不意に冷酷な声で、
「握りつぶしたって良いのだぞ…」
と恫喝した。
ハハハ、とブーフは笑う。
「可能ならば潰して欲しいもんだね。
あんたのおかげで僕がどれだけ、この子供のままの姿で恥を晒し続けている、と思っている!」
ブーフも声を尖らせた。
ケラ、と笑った悪魔は、
「富も名声も手に入れたのではないかね?」
と楽しそうに言葉を踊らせた。
「残酷な殺人ピエロとして、な。
家族もなく親類もなく、天涯孤独の化物として、だ!」
ブーフは叫ぶ。
カカカと悪魔はけたたましく笑った。
「何で嫁を取らない。
頑張れば、子供ぐらい出来るかもしれないぞ!」
「うるさい。
お前の呪いを、子孫にまで伝えてなるものか!」
ヒャヒャヒャ、と悪魔は馬鹿笑いをして、
「しかし、何度かは遊んだようじゃないか?
ぜひ、一度孕ませて見るといい!
俺も楽しみだ!」
さすがにチェコでも、悪魔の語っていることが、最低に酷い台詞であるのは理解できた。
ミカもタッカーも、汚物を見るような目で猿の手を見ていた。
真に醜悪な精神が、そこには存在していた。
「この下衆が!」
ブーフは吐き捨てる。
チェコの森のリスが、コニャックに浸した木の実を、猿の腕に投げた。
腕が、パン、と爆ぜて、ブーフは腕から落ちた。
「よし、皆、酒を浸けた矢を放て!」
ナミたちが猿の手に矢を無数に撃ち込んだ。
腕は、すぐに赤茶色い液体に変化して、ドロリと地面に落ちた。
ヒヨウが、その液体に、エルフ酒を投げかけた。
ぎゃ! と叫んで、流動体が白煙を上げた。
流動体は身を捩るが、くるんとひっくり返ると、醜く剛毛の生えた猿のような、しかし、どこか異形の姿になった。
片眼が、頭蓋を歪ませるほど大きく、片目は跡形だけが落ち窪んだ顔面に残っている。
体は猿のように毛が一面に生えているのだが、しかし、よく見ると、生え方は疎らで、猿より、異常に毛深い人間の肌のように見える。
そう気づいただけでもおぞましいが、体型は酷く歪み、猿にしか見えない姿だ。
「こ…、これが悪魔の正体…?」
チェコは呻くが、猿はチェコを見上げ、
「醜いか?
しかし、本当の俺は、もっと醜いのだぞ!
本当の姿を見せてやろうか?」
と、挑むように目をギラつかせた。
「子供をそそのかすな!」
ブーフが、空中を握り潰すと、猿はグニャリと潰れるが、潰れながらドルェヴァは嬉しそうに笑い、
「背骨が潰される快感を、お前らは知らんのだろう?」
ケケケケ、と笑った。
「こ…、殺しても死なねぇ…」
イガが呻いた。
倒す度に、悪魔の精神はダメージを受けるのかも知れなかったが、しかし、生き返る度にチェコたちもまた、精神的にはダメージを受ける。
終わりが見えないだけでなく、悪魔は、死の快感を語り始めていた。
死ぬ事が快楽と言う悪魔を、どう倒せばいいのだろう…。
「そうか、そんなに気持ちがいいか?」
ブーフも破顔し、
今度は足で、虚空をグリグリと押すようにした。
とても正視出来ない姿に踏みにじられながら、悪魔はけたたましく笑った。
「聖なる祝福!」
タッカーが悪魔にスペルをうつ。
グチャグチャの肉片が、ドカンと爆ぜて、ギャア! と悪魔は苦しんだ。
「やっぱり。
白の回復スペルで、悪魔は苦しむんだ!」
骨と肉片の塊が、するする、と空中によれながら浮かぶと、一塊に丸まり、不意に無数の羽虫になって、四方に散った。
はははははっ、と悪魔の声が夜空に響き、
「それ、虫という虫を呼んでやれ!」
言うと共に、周囲には昆虫の羽音が満ち、地面からは甲虫が這い出してきた。
うわっ、とチェコたちは、身を竦める以外、為す術が無かった。
「絶叫するヒキガエル!」
ミカが叫ぶ。
カエルが召喚され、虫を喰らい始めた。
おお、とチェコも喜び、
「俺も食虫植物なら持ってるよ!」
と食虫植物を召喚する。
「…まさか、こんなのが役にたつ日が来ると思わなかった…」
パトスが呆然と呟く。
ふふん、とタッカーが自信に満ちた済まし顔で、
「虫なら、スライムが一番のハンターだよ」
とスライムを召喚した。
「餓鬼ども!
貴様らの血管の中に寄生虫を這わしてくれる!」
ドルェヴァは小さな、頭が刺になった糸ミミズの群れを人間たちの頭上から降り注いだ。
うわっ! とセイもホマーも悲鳴を上げるが、
「制止!」
プルートゥのスペルで、空中で寄生虫は食い止められた。
「滅却!」
続いてのプルートゥのスペルで、虫たちは一斉に燃え上がる。
「おい、ピエロ!
悪魔って奴は、何処に実体があるんだ?」
プルートゥの問いに、ブーフは、
「悪魔には、棲み家はない。
ただ時間の狭間に漂うだけだ…」
と、顔を歪ませて返答した。




