笑い
冥獣アドリヌスが、無数の手で、流動体を掴み取った。
「餓鬼ども、それを捕まえとけよ!」
言ってプルートゥは、ドスンと大剣を地面に突き刺し、両手をがっつり合わせると、全身の力を込めた。
プルートゥの背後に、無数の赤い火の玉が浮き上がった。
その昔、プルートゥに無惨に殺され怨霊となり、、今もまだ、プルートゥのアース供給源として、その恨みのために囚われ続けている命たちだ。
何十何百の命が、アースを搾り取られていく。
そしてプルートゥは、どす黒い血の色に、暗く輝きだしていた。
チェコは冥獣アドリヌスのコントロールに集中していたが、背後でなにか、メリメリと、肉が砕けるような生々しい音が聞こえてくる。
プルートゥの着ていた軍服が、ベリッと引き裂かれた。
ごきっ…、と聞こえるのは、まるで鳥の関節を外したような重い音だ。
ちら、と後を見ると、プルートゥは巨大になっていた。
手と手を合わせて、自らを砕かんばかりに力を入れて、メキッ、と腕の筋肉が、新たに膨れた。
バキッと、背中が盛り上がってくる。
「どうやらアースを使って、身体強化を謀っているようだな…」
とヒヨウも唸る。
一層、一層、筋肉が厚く膨れていく。
首など、既に頭よりも太かった。
ごきっごきっ…、と、捻れるように、背が伸びる。
筋肉で、骨までが増量するのだろうか…?
既にプルートゥは、人間の範疇を越えた体に巨大化していた。
「…チェコ!
…集中する…!」
パレスがチェコの足に本気で噛みついた。
「アタッ、ごめん!」
冥獣アドリヌスは、流動体をがっちりと掴んでいたが、その手の中で、流動体は蠢き続けている。
掴んだだけで、これは決して事切れた訳ではなかった。
たぶん、倒すにはプルートゥの本気が必要なのだ。
へへへ…、と掠れた声でプルートゥが笑った。
「さすがに人間だった頃には、後の事を考えるから出来なかったが、今の俺は召喚獣だ。
カードに戻るだけなら、思う様、やってやれるのさ、見とけよ餓鬼ども…!」
そこには、既に筋肉の化物の姿があった。
それは、とても人間とは言えない。
帰れないところまで行き着いた、究極的な生物の姿があった。
「チェコ!
そいつの上から切るぞ!
押さえとけよ!」
叫ぶと、プルートゥは、その究極の体に、新たに大量のアースを流し込んだ。
筋肉の塊が、黒く輝く!
「見とけや、悪魔!」
叫ぶと。
雷撃にも等しい、超高速の斬撃が、冥獣アドリヌスごと、流動体に襲いかかった。
もはやチェコでは、プルートゥがどのように動いているのかを見る事は不可能だった。
プルートゥの体自体が、ほとんど捉えられない。
ただ強烈な連続攻撃が、無限に同じ位置にヒットし続けていた。
デュエルで言ったら、一体何千ダメージなのか、何万ダメージなのか計り知れない攻撃だ。
それが無限に続いていく。
これは一ターンという概念でいいのだろうか?
途方もない破壊力だ。
メテオなど針で刺したに等しい強烈な攻撃が、しかも無限に続いていた。
もし数字が見えたとしたら、それは恐るべき速度で増加し続ける破壊力だったろう。
回転時計なら、もはやスクリューのように回りだしているはずだ。
見えない連撃は無限に続いていく。
が…。
ピカリ…。
流動体が…、流動体の位置に存在していたものが…、不意に光った。
ど…。
それは巨大な奔流する炎になり、駐屯地を吹き飛ばした。
チェコは強風に煽られたように、地面をごろごろと転がり、どす、と何かにぶつかった。
それは、どうもキャサリーンの、柔らかい胸のようだった。
「…あ…」
チェコは何かを言おうとするが、キャサリーンはチェコを抱き締めて、
「見て、チェコ君。
あれは空間が壊れた爆発なのよ…」
「…空間が…、壊れる…?」
「正確に、ある一点に超常的ダメージが加えられた結果、空間が壊れたの。
お星様、規模のエネルギーでしか起こり得ない出来事よ…」
チェコはさすがに星の成り立ち、などは理解していない。
ダリアは星の動きを天球の運動と理解する知能と学力があったが、チェコの頭にそれを納得させ得るほどの教育能力は無かった。
まして空間の一点を破壊しうるエネルギーなど、さすがのダリアも想定もし得なかった。
これはある意味、一ターンを無限の時間に引き伸ばし得るデュエルという魔法空間だからこそ実現し得た、究極の破壊行為だった。
駐屯地は吹き飛び、空間の一点が、今尚、小さな稲妻を発していた。
「…やれたか…」
蛭谷で見た巨人のような姿になったプルートゥが、しゃがれた声で呟いた。
タッカーは、尻を突き出して倒れている。
ミカはさすがに、あの師匠から受け継いだという巨大な帽子の影に隠れて、踞って爆発を凌いだようだった。
「…面白いな…」
空間が砕けた、その小さな星のごときものから声がした。
「…実に愉快だ…。
お前らを踏み潰して、跡形もなく消し飛ばしてやったら、と思うだけでな…」
ケケケケケ、とけたたましく、声は悪魔の台詞を空間の切れ間から吐き出していた。




