悪魔のルール
吸血鬼は見つからなかった。
チェコたちは、恐怖のためカチンコチンに固まった、重い体を引き摺って、新たな通りに向かった。
「…俺…、二度開けて、二度、スライムタイガーが出てきたよ…」
チェコは呟く。
「偶然だよ。
僕は一度も開けてないから、スライムタイガーが出てきてない。
確率の問題さ」
タッカーは言うが、ヒヨウは、
「いや、奴らはただ偶然に現れるんじゃない可能性がある」
と言い出した。
「おいおい、考えすぎだろ」
とイガは言うが、
「チェコは、今夜も沢山のスペルを使った。
あの袋トカゲを小さくしたのもチェコだ。
そういうのを吸血鬼が全く考えていない、という方が無理があるだろう。
明らかに葬りたがっているんじゃないか?」
イガたちは、どうかなぁ、と首を傾げた。
「たぶん、本当に殺そうと思ったら、既に殺されてるでしょうけど、むしろ面白く思ってるかもしれないわね」
とミカ。
「面白く…?」
チェコは、意外な言葉に驚いた。
「目立っちゃった、って事よ。
どう反応するか見て楽しんでいるのね。
子猫が五匹生まれても、そのうちの一匹が余計に気になる、なんて事があるでしょ」
確かに、軒下で子を産んだ猫の子が気になった事はチェコにもあったが、そんな可愛い話では無い、とチェコは思った。
人が死んでいるのだ。
「俺は、目立たないようにしてた方が良いのかな?」
「無理だろ!」
ナミが、チェコの肩を抱いて、カカカと笑った。
「もー、悪魔に目、つけられちまったんじゃな」
ハハハと笑い、ナミは。
「俺も、ずっと前から悪魔に目ェ、つけられてんだよ。
仕方がない。
血生臭いところに出入りしてると、いつか、そんな事になるのさ。
だからな、チェコ。
そうなったら、悪魔を騙せ。
裏をかくんだ。
悪魔を退屈させないように努めるのさ!」
とチェコを揺すった。
退屈させない?
そんなの、一体どうすればいいのか、さっぱり判らない…。
だが、チェコたちはいつまでも立ち止まってはいられない。
既に、駐屯地はかなり燃えていた。
残り時間は、その真っ只中では全く判らなかったが、多くはないはずだ。
数歩進めば、次の道に出る。
だが、煙はいよいよ濃度を増し、チェコたちの行動を制約する。
しかも、次の通路は、たぶん全てのドアが閉まっている筈だった。
逃げるのにも、新しいドアを開かねばならず、前はそこに狡猾な吸血鬼が潜んでいたのだ。
「次は、また最初からだ。
一番おっかないとこだな。
ぼんやりやると本当にヤバい。
だから、役割を決めておこう!」
ナミが元気に言った。
漁村は既に全滅し、蛭谷も半減していた。
「どうするんだ…」
薬師が唸るように聞いた。
「戸を開ける奴、それから背後と先を見る奴、それから曲がった先を見張る奴は決めておき、あとは、できるだけバラけて立つんだ。
一ぺんに二人は食べられないよう、注意するのさ」
そもそもが、食べられる前提の話だったが、確かに前は一度に漁村全員を失っていた。
同じ愚を犯す余裕は、もはや無い。
損耗は、もう頭に入れていなければ仕方がないのだろうか?
この地獄から、誰かが生き残れるのか…?
「俺…」
チェコは言ったが、ヒヨウが。
「今度は俺が開ける。
チェコは、部屋を照らせ。
お前は勘がいい」
勘が良いのか?
確かにチェコは、二度、スライムタイガーから逃れていた。
「よし、じゃあ、今来た道を、タッカーとタークで見張ってくれ」
二人は、青ざめながら頷いた。
「こっちの道の先は、蛭谷で頼むよ」
薬師と、ずんぐりした男が立つ事になった。
道がT字路なので、これから進む、もう一つの先がある。
そこには杣人からホマーとセイが見ることになり、
「もし、タイガーが出た場合、新しい扉に飛び込むかは自己判断だ。
だが、一人で必ず入ってくれ。
一度に何人も死んでたら、到底ゲームどころでは無くなるからだ」
とナミが話した。
全く冗談ではないことは、皆、理解していた。
ゲームには、当然ながらチップが必要だった。
この場合、それは命なのだ。
チップを失えば、ゲームをする権利を失う。
権利を失ったら…。
食される以外、人間にルートはもうなかった。
チェコは、ヒヨウの背を見つめながら歩いていた。
しかし、このゲームは、あまりにも吸血鬼が恣意的に事を運び過ぎていた。
ただ面白く、人間をいたぶるのみだ。
吸血鬼は、本当にどこかにいるのだろうか?
「ねぇ、吸血鬼はルールを守るんだよね?」
物見台の男へ、チェコは振り返って、聞いた。
「ああ。
そこは間違いない。
悪魔というものは、そうしか成立できないのだ。
でなければ契約などは成立せず、契約が成立しなければ、悪魔はただのバケモノに過ぎなくなる。
契約を背負う事で悪魔として成立するのだ」
であれば人間が命を懸けて扉を開けるとき、悪魔は必ずどこかの部屋にいる。
そしてチェコが二度、扉を開けた時、スライムタイガーが現れたが、これは悪魔の意図ではないか、とヒヨウは言った。
ミカは、悪魔がチェコを気に入って行動を楽しんでいる、と話した。
なんとなく、チェコは理解していた。
ヒヨウが開ける、この扉の先に、たぶん悪魔はいるはずだ。
ただ悪魔自身が言うには、開ける事と発見する事は別なのだ、という。
もう少し考えれば、判りそうなんだけどな…。
チェコは唸った。




