挑戦
「あ…、悪魔の魔法か…」
気が抜けたように、チェコは呟いた。
霊憑依さえ無効にする、強烈な魔法が駐屯地を包んでいるという冷酷な事実が、無残な喪失感と共にチェコたちを包み込んだ。
だがナミは、明るい声を上げた。
「うん、到底、外には出られねーよーだな。
よし、やっぱりゲームしようぜ!」
全く動じた気配もない。
「ナミさん、太いよね…」
チェコはヒヨウに囁くが、
「無論、神経は太いが、現実的なだけだ。
既にゲームは始まっていて、刻一刻と終わりに向かっている。
吸血鬼を倒すつもりがあるのなら、今すぐゲームを始めなければ、一秒ごとに勝率は低下しているんだ」
とヒヨウは教えた。
漁村の精悍な若者の死を悼んでいた心が、ヒヨウの言葉で現実に気づかされた。
「そういうこった。
なぁ、仲間を殺したのは、その吸血鬼って奴だ。
心が痛むのなら、俺たちの手で悪魔の息の根を止めてやろうぜ。
親御さんに会っても、敵は討ったぜ、って言いてえじゃねーか!」
そうナミに言われると、なるほどそうだ、と言う気がしてくる。
しかも、チェコたちが戦うのは吸血鬼という悪魔そのものではない。
あくまでもスライムタイガーだったし、ただ、逃げながら吸血鬼を探しさえすれば良い、というのだ。
ハードルはそれほど高そうには思えない。
「いいか、チームは前と一緒だ。
俺たちは一番奥に進む。
漁村はすぐそこから、蛭谷は一本向こうを担当してくれ。
作業は簡単だ。
まず二手に別れて、道の左右に別れる。
そして、合図で一方がドアを開く。
空ならそれで良い。
もし、そこにスライムタイガーがいたら、すぐ向かいのチームに向かって走る。
向かいは、空なのは確定してるから安心してドアを開けて飛び込め。
そして仲間を部屋に入れれば一ターン終了だ。
空なら、その場にとどまり、向かいのチームを見守る。
それを繰り返すだけ。
吸血鬼を発見すれば、それでゲームは終わるしな」
漁村の人々と担当エルフは頷いた。
「…あの…、俺は…、どうする…」
まろびとの村から参加した若者は戸惑ったように聞いた。
「あんたは、欠員が出た漁村に入ってくれ。
ま、ちょっと微妙な雰囲気かも知れねーが、あんたが精一杯働けば、漁村にも伝わる。
出来るよな?」
とナミは若者の肩を叩いた。
若者は戸惑った視線を漁村の一同に向けた。
彼らは、ぼんやりとした視線を返したが、ミカが、
「心配いらないわ。
あんたの責任じゃない。
こいつらがダッツを止められなかっただけよ」
と平然と漁村をこき下ろした。
「ああ…、そのとおりだ…」
と三十代ぐらいのリーダー格らしい男が、
「ダッツはよくできた男でな、俺たちは、つい奴なら出来るんじゃないか、と思っちまった。
みんなで殴ってでも止めれば良かったんだ…」
と、俯く。
「い…、いや、俺が軽はずみな事を言ったから、彼が…」
「あんたも悪いわ!」
と、ミカは一転、まろびとの村の若者を攻撃する。
「後悔があるのなら、彼らの役に立ちなさい!」
ミカを仲立ちに、若者と漁村は、距離を縮めたようだった。
「ミカさんは凄いなぁ…」
チェコは、ミカの手際に感心した。
「ミカは、プルートゥと共に戦場を幾つも経験したのだからな。
集団の扱いもうまい。
俺は、中々うまく出来ないことだ」
どうやらヒヨウは、なんとなく杣人たちに反発されるのをミカと比較しているらしい。
「まぁ、ミカさんは特別だと思うよ…」
チェコは笑った。
「あれはお前…」
と近くにいた杣人が囁いた。
「たまたまタカオさんやホマーを見捨てた、と思われただけだよ。
今はみんな、特に含むところはない」
「そういう誤解を招かないような立ち振舞いを身に付けたいものだ」
ヒヨウなりに悩んでいたらしい。
明るいナミの号令で、チェコたちは前進を始めた。
漁村のチームは、すぐ向かい合う二軒の家の前に立ち、頷き合った。
ミカのいる側が、ぎぃ、とドアを開けた。
中には暗闇が静まっていた。
漁村の小柄な男が、伸びあがるようにランプを小屋の中に差し入れた。
「…誰もいない…」
「へへ…、運がいいな…」
物見台の男は、ナミと共にチェコたちのグループに付いて来ていた。
「スライムタイガーって、デカいのか?」
イガが男に聞いた。
「スライムなんだ。
大きくも小さくもなるんだよ」
にべもなく男は答える。
チェコたちの背後で、反対側の扉を、漁村がギイと開いた。
チェコは歩き続ける。
なにか…、嫌な気がした。
「…パトス…?」
パトスが唸る。
「…一瞬だ…」
パトスは呟く。
チェコが、慌てて振り返ったとき、そこには両側の開いたドアが、風に揺られて軋んでいるだけだった。
「…ナ…ナミさん…?」
「…臭いは、一瞬で全て、消え失せた…」
パトスの声が震えていた。
漁村の十三名は、残らず消え去っていた。




