悪魔のゲーム
うむ、と男も眉間に皺を寄せた。
「吸血鬼は、本来、悪魔だ」
「あ、悪魔っ!」
チェコの背後で、タッカーが悲鳴を上げた。
「黒の魔術で魔方陣を組み、出てきたところで人間と合成させたもの、それが吸血鬼でな、天使並みにとんでもない怪物だ。
その名の通り、血を吸って生き続ける化物で、外道以上の不死者なんだ。
あれは外に放ってはいけなかった。
この世は終わるかもしれない…」
男が震えた。
「それが軍を倒したの?」
チェコが聞くと、男は頷き、
「スライムタイガーは、虎の性質を持たせたスライムで、これも外道なみの不死、と言うよりスライムと言うのは、個々には死ぬが細胞一つが一つの命なので、全体としてはほとんど死は無い、と言って良い。
それに狂暴な虎の性質を合わせたら、とんでもない奴になってしまった。
どんな細い隙間でも入り込む、熊より巨大な虎、って訳だ。
吸血鬼は、これを支配してしまった。
軍は殆ど一瞬で壊滅し、今、奴らは駐屯地で生き残った人間相手にゲームを始めた」
「ゲーム?」
「この駐屯地が燃え尽きる前に吸血鬼を見つけられたら、殺されてやる、ってゲームだ。
だが、スライムタイガーが外の通路を巡回している。
無論、発見されれば襲われるが、どんなに燃えていても小屋に入れば見逃してやる、という。
おそらく、あと一、二時間でゲームは終わるだろうな」
チェコの問いに、男は声を潜めて語った。
「だから、皆、火事でも逃げずに残ってるんだ!」
チェコがいうと、男は喉で笑った。
「馬鹿か。
逃げられるなら、俺だってこんなところで震えてないさ。
外に出た瞬間、誰であろうと即死するスペルが、駐屯地にはかかっているんだよ…」
「え、俺たち、普通に入ってきたよ?」
チェコの言葉に、男は首を振る。
「たぶん、参加は自由なんだろ。
命が惜しくなきゃ、出てみることだ…」
ん、とチェコたちは顔を見合わせた。
もしかすると、まんまと死地にチェコたちは、足を踏み入れてしまったのだろうか?
だがチェコには、腑に落ちない事があった。
「だけど、ここって、それほど広いところじゃ無いよね?」
上から見て、ますます思うが、リコ村とたいして変わらない広さなのだ。
ふむ、とヒヨウも考え、
「端から見ていっても一時間はかかるまいな」
へら、と男は笑った。
「スライムタイガーの事が、何も判ってないな。
奴は、どんな隙間に入っているかも知れず、戸を開いたら襲いかかるかもしれないんだ。
それを解って、なお、端から見て回るなんて出来るもんか!」
だから皆、小屋の中に閉じ籠っていたところに、あの巨大フクロトカゲが暴れ回っていたのか?
「まー、しかし、勝ち方は判ってるんだ。
だったら、何とかしてゲームをクリアするしか無いだろ。
一人じゃ無理でも、何人かで組めば、開けた扉にスライムタイガーがいたとしても、隣の扉まで逃げられるかもしれない。
やってみれば、上手い攻略法も見つかるかも知れん」
ナミが話した。
チェコも、そう思った。
「見つければ、吸血鬼はおとなしく殺されるのかい?」
タッカーは、震える声で聞いた。
修道院で育ったタッカーは、チェコよりずっと、悪魔を恐れるようだ。
「悪魔と言うのは盟約は守る。
自分で言うのだから、おそらく殺されるのか、もしかしたら死んでくれるかもしれない。
何しろ、悪魔が人間にとり憑いているのはこっちがした事で、奴らは可能なら、魔界に帰りたいかもしれないしな。
たぶん終わるだろう」
「だが、あの怪物が邪魔だよな。
あれも悪魔のゲームのうちなのか?」
ナミの質問に、
「いや、あれは前に言ったように、子犬みたいなもんだったんだ。
ネズミやら、そんなのを食ってるうちに火事が起き、知らないうちにあんなになった。
あれは違うだろう」
「それなら排除したいんだがな。
なんかアイデアは無いかな?」
ナミが聞くと、男は、
「ほら、大火力があったろう。
あれを二、三発喰らわせれば、フクロトカゲは分裂して子犬に戻る。
そうすれば、少なくともしばらくは人間を襲うことはないはずだ」
チェコはナミを見、頷くと、メテオを二発、連続発射した。
怪物は半分に裂けた。
と、内部から黒髪が溢れて、メテオを吸い込むと、毛同士が絡まり、元のフクロトカゲに戻った。
が、ぶるり、と震えると、突然、怪物の全身から黒いものが吹き出してきて、怪物が真っ黒く染まる、と同時に、バラバラと崩れた。
男の言う通り、怪物は子犬の大きさの、無数のフクロトカゲに分裂したらしい…。
「よし、じゃあ、とっととゲームを片付けようぜ。
早く帰って、酒飲んで寝るのが一番だ」
ニッカリ、とナミは笑った。
チェコたちは、物見台を降りた。
「悪いがあんたには、俺たちに付き合ってもらう。
今の事態に、あんたが一番詳しいみたいだからな。
後で、ここまで聞きに来るのは面倒だ」
ナミが言うと、男はあっさり頷いた。
「どのみち、ゲームが終わったら世界は滅ぶだろう。
知恵を貸すぐらいは、してやるよ…」




