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スペルランカー  作者: 六青ゆーせー
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強くなる

今や駐屯地全体が炎に赤く染まっているようだ。


「このまま火が広がったら、あの怪物もこっちに気がつくかもね…」


チェコは呟いた。


どうも怪物の行動原理はただ一つ、食欲であるらしい。

だが、この火事では、いつまでも館で獲物を待ってもいられないだろう。

すぐに怪物自身も火に巻かれてしまうはずだ。


と、怪物の背後の平屋が焼け崩れた。

すると数人の生き残りが、慌てて背後に逃げ始めた。


「ええっ、あの中に人がいたの?」


相当に燃えているように見えていた。

チェコは驚くが、ミカは、


「ただの掘っ立て小屋なのよ。

風も防ぎゃしないし、中は地面だから穴でも掘れば火も凌げるわ」


が、頭の真後ろであっても、怪物は動く物を見落としたりはしなかった。


一瞬で逃げ惑う一人を舌で突き刺し、残り二人を両手で一人づつ掴み取ると。


つるん、と丸飲みに人間を飲み込んだ。


「あの早さは異常だな」


怪物は、瞬きするほどの時間で三人の人間に、追い付き、捕獲していた。

一切、無駄な動きがない。


と、きゅん、と体を一瞬で反転させた。


前から気にしていた二階家だ。

屋根と壁を吹き飛ばしていたから、今は事実上平屋になっている。


怪物の位置から見ると、その壁に火が回り、中の人間が、焼け崩れた壁の隙間から透かして見えていた。


怪物は、炎に頭を突っ込ませた。


同時に家は、バラバラに崩れた。


怪物は一人を丸飲みにし、一人を片手で握った。

だが、胴体を捕まれた男は、槍を手にしていた。

男は必死で、槍で怪物の手を突いた。


だが、怪物は、怪訝そうに男を見ていた。


「さっきは痛がって手を放したよね?」


チェコは首をかしげた。


男の槍が、砕けた。


「槍が壊れかけていたのかな?」


そのための威力不足だろうか、とチェコは思った。


「もしかすると、何度もダメージを受けていると、その部分は強くなるのかも知れないわね」


キャサリーンが呟く。


「え、そんな事、あるの?」


チェコの問いにキャサリーンは、


「動物には元来、そういう機能があるものなのよ。

あたしたちは裸足で歩いたら、すぐ怪我をしてしまうけど、何年も裸足でいれば、全く平気で歩けるようになるわ。

それを物凄い短時間、例えば分単位で出来るように調整する事は可能よ。

ただ…、普通はそんな事はしないけど、カードにする前提があったら、まあアリかも知れないわね」


「え、どうして普通はしないの?

凄い強そうじゃない?」


首を傾げるチェコに、


「例えば、柔らかい部分には、大抵が意味があって柔らかい訳よ。

関節が曲がりやすく、とか、微妙な感触が判るように、とかね。

カチンカチンの足では、自分が何を踏んでいるのか、とか細かい感触が掴めないわ。

しかも、どれだけ皮膚を分厚くしても、絶対に傷つかない、ようにするなんて不可能なのよ。

固い貝を砕く生物もいるし、亀は大抵、甲羅を破られて死ぬわ。

あの怪物ぐらい素早ければ、回避能力を磨く方が有利、というのは設計者なら解りそうなものだけどねぇ…」


キャサリーンは首を傾げて、


「体が固くなればなるほど、あの怪物は動きが鈍くなるはずなのよ。

そこを突ければ倒すことも不可能じゃないかもしれないわよ」


なるほど…。


チェコも唸った。


強くなれば良いというものでも無いらしい。


「そういえば、今はもう、平気で火の中に頭を突っ込んでるわね。

さっきまでは嫌がっていたわよね…」


とミカも呟く。


「いい兆候だ。

つまり、奴は強くなると同時に、素早さを失っていくんだな?」


ナミの問いにキャサリーンは、


「たぶん、よ。

保証はできないわ、未知の怪物なんだから」


「まあ、今は冷静に観察を続けよう。

確証が持てたら、手の打ちようも解るかもしれない」


怪物は、燃え盛る家屋を頭で砕くように立ち上がった。

確かに、火が平気になっているようだ。


「しかし、どんどん強くなっていったら、ヤバいんじゃないのか?」


イガは不安がった。


「まーな、元々スペルが効かないしな。

ただし、火に強くなるだけ、寒さに弱い、とか色々方法はあるかもしれん」


とナミ。


だが怪物は、自分が今、壊した家屋に隣接する二階家に、尖った鼻先を、平気で突き刺していった。


その小屋は、火に飲まれている駐屯地の中にあって、まだ保っている家屋だったが、口の一撃でグラリと揺れ、更に両手を突き刺して、木造の壁は敢えなく砕けた。


うわぁ、と男の叫びが聞こえる。


二階家が大きく撓み、屋根が吹き飛ぶと、怪物は口にまだ若そうな男を咥え、立ち上がった。


男は腹部に顎を挟まれており、顔と手足は必死に逃れようと動かしていたが、鋭い牙には真っ赤な血液が吹き出していた。


大剣と同じほどの長さがあった牙だ。

チェコは、既に男に命を繋ぐほどの血液が残っていないのが判った。


半ば崩れた屋敷から数名の兵士が飛び出して矢を放ったが、怪物の顔面は、全ての矢を弾いていた。


「つ…強くなってる…」


チェコは呆然と呟いた。



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