駐屯地
巨大な燃え盛る岩塊が、怪物の背中に炸裂した。
攻城兵器を粉々にする岩塊だ。
岩山も、打ち砕いた。
そのメテオが、怪物に接触し、激しく爆発した。
と、見る間に…。
怪物の背中が、縦に、大きく裂けた。
同時に、何万という黒糸が空中に飛び広がった。
黒髪のような、膨大な糸だ。
一本が何十メートルという、長い長い黒い糸だった。
糸は、生き物のように波打ち、炎を絡めとった。
いや、火炎が物質である糸に絡め取られる訳は無かったが、幾つもの束になり、炎の上になり、下となった糸が、スルスルと炎に巻き付くのを、チェコは確かに見たと思った。
そして…。
糸は、怪物の背中にスポンと戻り、裂けたはずの背中には傷一つ残らなかった。
「た…、食べた…?」
唖然、とチェコは呟いた。
メテオを食べる、と言うのも判らないが、しかし、現実、怪物は、メテオが消えたその後も、無心に二階家の一階に籠った人間たちに興味を持ち続けているようで、おそらくは背中を攻撃されたことすら、気づいてはいないようだった。
「な…、なんだありゃあ…?」
セイも呆然とした。
「何かの魔法なんでしょうけど、ちょっと見たことがないわね…」
とキャサリーンも唸るが、ミカは、
「あれ…、なんだったかしら…。
近いものを師匠から聞いた事があるような気がするわ…。
なんだっけ…」
と、今は編まずに長く下ろしている髪を手櫛で弄りながら考えた。
「確か…、もくもく…、だったかしら…、うろ覚えだけど、長い黒い毛が全ての魔法を吸い取るそうよ…。
その、もくもく…、自体は弱いお化けだから、おまじないで容易く祓えるんだけど、奴本体を呪文の対象に出来ないのよ!」
「対象にすると、ああいう風に食べられちゃうの?」
チェコは聞いた。
「そう、まさに食べるのよ。
奴はあんたのスペルのコスト分、体に力を蓄えたの。
そのもくもく…、だったら、体が大きくなったはずよ」
チェコは怪物を凝視するが。
「大きくはなってないよね?」
「いや、まだ解らない。
が、とにかく、そのお化けの要素も奴に入っている可能性があるんだな?」
ナミはキャサリーンに確認した。
「そうね。
お化けであっても、うまく捕獲しさえすれはキマイラ型に組み込めるわ。
或いは、まずキマイラ型で合成したものと、その、もくもくを合成型にしたのかも。
とにかくスペルでライフの最大値を削られる、というのが前のパーフェクトソルジャーの決定的な弱点だったわけだから、スペルを避ける、どころか吸収まで出来るのなら、弱点の克服を越えて長所に変換した、と考えると、たぶんミカちゃんの言う通りな気がするわ」
確かに、スペルを食べて大きくなるのだ、とすると、怪物にダメージを与える方法は限られてくる。
一ターンの間に物理ダメージのみで全てのライフを削らないといけないのなら、デュエルならともかく現実の戦いでは、ほぼ攻略不可能かもしれなかった。
ただし、今の怪物は召喚獣ではないはずなので、うまく動きさえ封じられればチェコが体を狂わす事により倒せるはずだった。
「だけどスペルが使えないんじゃ、俺はなにもできないな…」
チェコは呟いた。
「そうでもなかったはずよ。
確か、直接本体を狙わないスペルなら通用したと聞いたのよ。
確か、あんたのスペルなら油の奴とかは通用するんじゃなかったかしら?」
ミカは教える。
チェコは使おうとするが、ヒヨウが、
「待て、何枚もないカードは使わない方がいい。
間接攻撃は可能、とさえ判ればいいんだ」
「うん、じゃあ僕がやってみるよ」
タッカーが言い、
「霧」
とスペルを発動させた。
辺りは霧が立ち込める。
「おいおい、俺たちもなにも見えないじゃないか!」
タフタが文句を言うが、
タッカーは、ふふん、と笑い。
「これです!
霧裂き!」
すぅ、と霧が裂けて、うっすら怪物が見えるようになった。
が、怪物は二階家の階段穴に夢中なままだった。
チェコが、弓を怪物に放った。
弓は怪物の目の上に当たり、痛かったのか怪物は喚いた。
が、怪物は周囲を見回し、また二階家に注意を向けた。
「おー、見えてないね!」
「よし、それなら、少し物陰に移動しよう。
ここでずっと立ってるのも疲れる」
ナミが言い、チェコたちは少し横の、大きなテントの影に、ゆっくり移動をした。
「さて、いつまでも見てても埒があかないな。
奴は、見た目より軽いからうまく捕まえられさえすれば、チェコの錬金術で倒せそうだが。
何か、手は無いかな?」
うーん、とチェコたちは考え込んだ。
「あの二階家みたいな所へ籠れれば、奴は夢中でこっちを攻めようとするだろう」
と、ホマーが話した。
「おー、良いね、その隙に縄でもかけるか?」
確かに、上手く誘い込めれば、怪物の動きを封じられそうだった。
「あ、それだと…」
チェコは残念そうに言う。
「さっきの火で、駐屯地はかなり燃えてるみたいだよ…」
へ、と皆が振り返ると、確かに駐屯地全体が、前より一層、赤々とした炎に侵されている様子だった。




