習性
怪物は駐屯地の柵まで退いた。
今、逃げるチャンスなのか…?
チェコは頭の中で、悲鳴を上げるように考えたが、どう考えても怪物は、一飛びでチェコに追いつくだろう。
「え、えーと、ナミの説で正しいとすると…」
チェコは別の事を話していた。
「つまり、奴は、まろびとの村をまだ知らない?」
ナミは、一瞬考え、
「ま、そうなるかな?
つまり俺たちが逃げ込めば、奴は新しい餌場に気づいちまう…」
全員が唸った。
ここでチェコたちが死ぬか、奴を退治するか出来れば良いが、村に逃げ込めば、この怪物相手では、到底村の城壁も役に立たない。
前のパーフェクトソルジャーでさえ、杣人の村の分厚い壁に大きな穴を開けていた。
倍以上の体と、そして圧倒的な攻撃力の、この怪物が相手では、村はデコレーションケーキのように易々と崩され、そして食べられてしまうだろう…。
「ち、最悪、死ぬまで戦え、って事かよ…」
タフタが唸った。
一瞬の静寂が、全員を包み込む、が…。
「よー。
あんまり深刻に考えんなよ」
ナミが語った。
「本当なら、二万の兵の方が、ずっとデカい獲物だぜ。
こいつは、あまり見かけなくったって、ただの獣じゃねーか。
夜道でいきなり教われたら、まあ喰われても仕形がねーが、よく習性を観察しさえすれば、勝てない奴じゃねーだろ?」
ちょっと、ただの獣かどうかは判らなかったが…。
「そうだよ。
パーフェクトソルジャーがヤバかったのは、軍で運用する、って話だったからだよ!
何万ものパーフェクトソルジャーがカードになって出てきたら、そりゃヤバいけど、こいつ一匹ぐらい、時間さえ稼げればなんとかなるよ!」
チェコも続いた。
「だけど外道だって…」
セイが呟くが、
「あら、外道なら、チェコ君が狂わせられるのは知ってるでしょ」
キャサリーンも語った。
「じゃあ、早く狂わしてくれよ…」
ロットは言うが。
「今は駄目だ。
動きを封じなければ、苦しくなれば暴れまわる。
それこそ終わりだ」
ヒヨウが止めた。
「じゃ、どうやって動きを止めるんだよ…」
イガが聞いた。
「観察するんだ!
獣って奴は、本能で動いている。
だから、動きは決まってくるんだ。
魚なら、ミミズに食いつく、とか蜂は花に寄ってくる、とかな。
奴は動かないもんは見えないから、ここでじっくり観察するんだよ」
ナミが教えた。
だが、駐屯地も静まり返っていた。
したがって、怪物も、時折、槍より危険な舌をチョロチョロと動かすだけで、身動きしなかった。
「くそ、兵隊たちは、皆、食い殺されちまったのか?」
ロットが唸った。
「いや、たぶんどっか、駐屯地の奥で震えてるんだろうぜ」
ホマーが予測する。
「そうだぜ。
そして、俺たちは監察して、もっともっと、奴の動きを知らなきゃなんない」
ナミが話した。
「しかし、動けないのに…」
と、セイが訝る中、ナミは、ゆっくり、ゆっくりと動き出す。
「奴が気がつく早さ、を下回れば、良いわけさ。
ゆっくりとやるんだ」
背中から矢を取り、腰の印籠を開け、火を点ける。
シュウ、と導火線に火がついた。
ナミは、燃える導火線を見ながらも、決して急がず、弓を構えていく。
導火線は、見る間に、半分まで燃えてしまった。
だが、ナミは、ゆっくり弓を引き絞り…。
導火線は、どんどん燃えていく。
爆弾付きの矢だ。
たぶん、蝋燭爆弾に埋め込んだのと、同じ程度の爆弾のはずだった。
ナミは、斜めに、夜空に矢を構える。
爆弾の導火線は、あと数ミリしかなかった。
カッ、と矢が放たれた。
矢は、導火線の火が弧を描いて、駐屯地に飛んでいった。
と、思う間もなく。
ゴゥ!
と炎が、巨人の拳のように、夜空に舞った。
駐屯地の二階家の屋根が、綺麗に吹き飛んでいた。
ギィギチィィィ!
奇怪な叫びを上げて、怪物は駐屯地に飛び込んだ。
と、2階建ての建物に寄りかかり、怪物は手、いや前足を砕けた屋根の中に伸ばした。
そして、青い服を着た兵士を鷲掴みにすると、口に運んで行く。
「面白いな…」
ナミが語った。
「奴は、さっき顔を近づけて、長い舌を刺して蛭谷のあんちゃんを一飲みにしたな。
矢を射られたときは、口で噛み千切ったな。
で、今度は手を使った。
どこが違った?
考えるんだ!」
チェコは考えていた。
舌を使うのは、目の前の餌に対してか?
そして矢を使った将官を噛んだのは、攻撃されてたからかもしれない。
腰から下は、怪物は食べようともしていない…。
「攻撃されなかったら、奴は手を伸ばして動く餌を丸飲みにするのかな?」
「おお、そういう奴だ。
皆、気づいたことは、何でも話せ。
下らねぇ、とか言わない。
何がヒントか、判らねぇからな!」
チェコの話をナミが喜び、
「奴は、糞をしないな…」
とロットが、呟いた。
「おー、そうだよ!
動物は、猿みてぇに、始終糞している奴と、狐みたいに決まった所にしかしない奴がいる!
もしかすれば、こいつは、糞場が決まってる奴かも知れねぇ!」
確かに、召喚獣ではなく生き物ならば、習性があるはずだった。
今は、可能な限り、それを見つけていかなければならない…。




