怪物
赤く、黄色く、吹き上がる炎の中で、巨大な生物が、そのヌラリとした体を光らせている。
手には、ぎゃあ、と叫ぶ兵士の姿があった。
「うわ、あの人、食べられちゃうよ!」
チェコは叫んだ。
怪物は、その尖った口先に、必死に逃げ出そうともがく兵士を近づけている。
ち、と舌打ちし、ナミが素早く弓を引き絞り、放った。
ほぼ直線に飛んだ弓が、怪物の、どことなく人間に似た手の甲に突き刺さり、兵士は、うわぁ、と叫びながら落ちていった。
同時に、怪物が一瞬で顔の向きを変え、チェコたちをギロリと睨み付けた。
巨大で、しかも顔から飛び出た、爬虫類のような目玉だ。
「なんだ、あれ?
パーフェクトソルジャーじゃないよね?」
パーフェクトソルジャーより一回りどころか、倍ほどは大きく、体には蜥蜴の要素が多分に取り入れられているように見えた。
「多分、マットスタッフは、より強い兵器を作ろうとしたんでしょうね…」
とキャサリーンは呟く。
「ただ、自分達もコントロール出来ないものを、作ってしまったんだわ…」
ギシャアアァァ!
と、それは叫んだ。
生物とは思えないほど金属的な鳴き声だ。
「えーと、それでも召喚獣だから、一定のダメージを一ターンに与えれば倒せるよね?」
チェコは閃いた。
「多分、あれは召喚獣じゃ無いわね。
カードにしようとして、仕切れなかったんでしょう、たぶん…」
「え、仕切れなかった?
どういう事?」
チェコの質問に、キャサリーンは、
「召喚獣は、最終的にはチェコ君の持っているトレースよりも精度が高く、その場の獣を消してカードに封じ込める、鏡の回廊、というスペルでカードに封じ込めるのよ。
ただ、普通の生き物は、むざむざカードに封じ込められたりはしないから、その前に、例えば術者の命令に従うようにする、とか、人間を本気で襲わないように、とか、食べないように、とか、色々縛るものなんだけど、これは今、明らかに人間を食べようとしたわね?
こんな行動は召喚獣は決してしない事なのよ…。
つまり、これは生物。
追い詰められたマットスタッフが作って、コントロールする前に、たぶん襲われてしまった、たぶん新パーフェクトソルジャーの原型、だと思うわ…」
そう言えば召喚獣は、指示されるまで、じっとその場で待っているし、術者を襲ったり食べたり、など絶対にしない。
猛犬ハヌートにチェコは襲われたが、物理的な怪我は負っていない。
魔法的にダメージを負う、というシステムになっていただけだ。
「あれは、本当に本物の怪物だと?」
ナミの問いに、キャサリーンは、
「更に言えば、あれ、外道みたいよ…」
ナミが撃ったはずの弓が、ポロリ、と体から落ち、傷も消え去った。
「おいおい…、なんて物を作ってんだよ…」
ナミも唸った。
人を喰らう巨大生物であり、しかも不老不死の怪物だった。
怪物は、一瞬でチェコたちの前に、飛び跳ねて来た。
十メートルは、あっさり越えそうな巨体だったが、何十メートルかを一飛びして、足音さえ立てなかった。
と、同時に、背を屈め、牙が柱のように並んだ顔面を、チェコたちの前に突き出してきた。
チェコは慌てて、雷を怪物の顔面に放った。
チェコよりも巨大な顔面だ。
牙だけで、軍人の大剣より長い。
だが…。
雷が、怪物の体に吸収されるように、消えた。
「わっ!
なんだ!」
チェコは焦った。
「たぶん、電気は通じない皮膚なんだわ!
体の、あの濡れた表面を通って地面に流れてしまうのよ!」
アースのようなことか!
チェコも、ダリヤ爺さんの講義は受けているので、電気の性質ぐらいは判る。
しかし、生き物が完璧に電気を受け流す、なんて信じられなかった。
「うわぁ!」
前衛に立っていた、たぶん蛭谷の若者が、恐慌して怪物に向かって、腰の山刀を振り上げ、打ち下ろした。
山刀は、怪物の口先に突き立ったが…。
同時に、怪物の大剣が並んだような牙だらけの口の中から、いやに赤い、熟したような舌が飛び出すと、男の胸を、一撃で貫いた。
「あっ!」
胸を刺された男と共に、チェコも叫んでいたが、その言葉が空間から消えないうちに、男は、舌に貫かれたまま、怪物の口の中に引き摺り込まれていた。
男の立っていた場所には、洗面器を開けたように血が残ったが、男の存在していた痕跡は、それしか無かった。
背を向けて逃げたいが、その瞬間には、あの舌が飛んできそうだ…。
チェコたちに戦う意思がある訳ではなかったが、チェコたちは凍りついたように動けなかった。
「待てよ…」
ナミは、体を動かさないようにしながら、話した。
「こいつ、動くものしか見えないんじゃないか?」
「えっ、どういう事?」
チェコの問いに、
「目が良い動物の中には、鼻も耳も、あまり効かないような奴がいるんだよ。
猛禽とか、そんなのだが、そいつらは微かでも動けば、襲ってくる。
だが、動かないものは見えないんだ」
本当か!
チェコの背中を、冷や汗が流れていく。
本当なら良いのだが、ナミはあくまでも別の生物の習性を語っているたけだ。
こいつがそうかどうかは、まるで判らなかった。
「動くなよ…」
ナミは囁く。
「糞っ垂れめ!」
駐屯地の中で、立派な勲章を幾つも付けた将官が、叫びながら、大弓を怪物に放った。
怪物は、一瞬で十メートル以上を走り、柵を頭で突き破ると、将官を頭から腹まで食い潰した。
どさ、と将官の下半身が、血を吹きながら横倒しに倒れた。
「見ろよ…。
やっぱ、見えないんだぜ…」
ナミの呟きは、だが、怪物攻略の、第一の糸口ではあることが証明された。




