表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペルランカー  作者: 六青ゆーせー
654/688

怪物

赤く、黄色く、吹き上がる炎の中で、巨大な生物が、そのヌラリとした体を光らせている。


手には、ぎゃあ、と叫ぶ兵士の姿があった。


「うわ、あの人、食べられちゃうよ!」


チェコは叫んだ。


怪物は、その尖った口先に、必死に逃げ出そうともがく兵士を近づけている。


ち、と舌打ちし、ナミが素早く弓を引き絞り、放った。


ほぼ直線に飛んだ弓が、怪物の、どことなく人間に似た手の甲に突き刺さり、兵士は、うわぁ、と叫びながら落ちていった。


同時に、怪物が一瞬で顔の向きを変え、チェコたちをギロリと睨み付けた。


巨大で、しかも顔から飛び出た、爬虫類のような目玉だ。


「なんだ、あれ?

パーフェクトソルジャーじゃないよね?」


パーフェクトソルジャーより一回りどころか、倍ほどは大きく、体には蜥蜴の要素が多分に取り入れられているように見えた。


「多分、マットスタッフは、より強い兵器を作ろうとしたんでしょうね…」


とキャサリーンは呟く。


「ただ、自分達もコントロール出来ないものを、作ってしまったんだわ…」


ギシャアアァァ!


と、それは叫んだ。


生物とは思えないほど金属的な鳴き声だ。


「えーと、それでも召喚獣だから、一定のダメージを一ターンに与えれば倒せるよね?」


チェコは閃いた。


「多分、あれは召喚獣じゃ無いわね。

カードにしようとして、仕切れなかったんでしょう、たぶん…」


「え、仕切れなかった?

どういう事?」


チェコの質問に、キャサリーンは、


「召喚獣は、最終的にはチェコ君の持っているトレースよりも精度が高く、その場の獣を消してカードに封じ込める、鏡の回廊、というスペルでカードに封じ込めるのよ。

ただ、普通の生き物は、むざむざカードに封じ込められたりはしないから、その前に、例えば術者の命令に従うようにする、とか、人間を本気で襲わないように、とか、食べないように、とか、色々縛るものなんだけど、これは今、明らかに人間を食べようとしたわね?


こんな行動は召喚獣は決してしない事なのよ…。

つまり、これは生物。

追い詰められたマットスタッフが作って、コントロールする前に、たぶん襲われてしまった、たぶん新パーフェクトソルジャーの原型、だと思うわ…」


そう言えば召喚獣は、指示されるまで、じっとその場で待っているし、術者を襲ったり食べたり、など絶対にしない。


猛犬ハヌートにチェコは襲われたが、物理的な怪我は負っていない。

魔法的にダメージを負う、というシステムになっていただけだ。


「あれは、本当に本物の怪物だと?」


ナミの問いに、キャサリーンは、


「更に言えば、あれ、外道みたいよ…」


ナミが撃ったはずの弓が、ポロリ、と体から落ち、傷も消え去った。


「おいおい…、なんて物を作ってんだよ…」


ナミも唸った。


人を喰らう巨大生物であり、しかも不老不死の怪物だった。


怪物は、一瞬でチェコたちの前に、飛び跳ねて来た。

十メートルは、あっさり越えそうな巨体だったが、何十メートルかを一飛びして、足音さえ立てなかった。


と、同時に、背を屈め、牙が柱のように並んだ顔面を、チェコたちの前に突き出してきた。


チェコは慌てて、雷を怪物の顔面に放った。


チェコよりも巨大な顔面だ。

牙だけで、軍人の大剣より長い。


だが…。


雷が、怪物の体に吸収されるように、消えた。


「わっ!

なんだ!」


チェコは焦った。


「たぶん、電気は通じない皮膚なんだわ!

体の、あの濡れた表面を通って地面に流れてしまうのよ!」


アースのようなことか!


チェコも、ダリヤ爺さんの講義は受けているので、電気の性質ぐらいは判る。

しかし、生き物が完璧に電気を受け流す、なんて信じられなかった。


「うわぁ!」


前衛に立っていた、たぶん蛭谷の若者が、恐慌して怪物に向かって、腰の山刀を振り上げ、打ち下ろした。


山刀は、怪物の口先に突き立ったが…。


同時に、怪物の大剣が並んだような牙だらけの口の中から、いやに赤い、熟したような舌が飛び出すと、男の胸を、一撃で貫いた。


「あっ!」


胸を刺された男と共に、チェコも叫んでいたが、その言葉が空間から消えないうちに、男は、舌に貫かれたまま、怪物の口の中に引き摺り込まれていた。


男の立っていた場所には、洗面器を開けたように血が残ったが、男の存在していた痕跡は、それしか無かった。


背を向けて逃げたいが、その瞬間には、あの舌が飛んできそうだ…。

チェコたちに戦う意思がある訳ではなかったが、チェコたちは凍りついたように動けなかった。


「待てよ…」


ナミは、体を動かさないようにしながら、話した。


「こいつ、動くものしか見えないんじゃないか?」


「えっ、どういう事?」


チェコの問いに、


「目が良い動物の中には、鼻も耳も、あまり効かないような奴がいるんだよ。

猛禽とか、そんなのだが、そいつらは微かでも動けば、襲ってくる。

だが、動かないものは見えないんだ」


本当か!


チェコの背中を、冷や汗が流れていく。


本当なら良いのだが、ナミはあくまでも別の生物の習性を語っているたけだ。

こいつがそうかどうかは、まるで判らなかった。


「動くなよ…」


ナミは囁く。


「糞っ垂れめ!」


駐屯地の中で、立派な勲章を幾つも付けた将官が、叫びながら、大弓を怪物に放った。


怪物は、一瞬で十メートル以上を走り、柵を頭で突き破ると、将官を頭から腹まで食い潰した。


どさ、と将官の下半身が、血を吹きながら横倒しに倒れた。


「見ろよ…。

やっぱ、見えないんだぜ…」


ナミの呟きは、だが、怪物攻略の、第一の糸口ではあることが証明された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ