午後
「あら、チェコ、お風呂に入ってたのね」
ミカが、簡単に作った目隠し板の横から、普通に現れた。
「なんか頑張ったらしいじゃないの」
けろ、と語ったミカだが、チェコの顔色を見て、何かを察した。
「どうしたの?
なんかあった?」
そう聞かれただけで、チェコの目は、ボトボト水滴を流し始めていた。
「あー、そういう奴ね…」
と、ミカは長い金髪の髪を掻き上げながら、湯船に近づき。
ポンポン、とチェコの頭を叩いた。
「あのね、あんたはまだまだ旅してないだろうけど、世界は広いのよ。
あんたが殺そうが殺すまいが、今この瞬間にも人は死んでるものなの。
神様が、人は死ぬ、って決めたときから、人はあらゆる形で死んでいるのよ。
人は死ぬ。
それは水は流れる、とかリンゴは熟せば木から落ちる、ってのと同じで、全く自然な事でしかないの。
今日、誰かが死んだのは、たまたま明日じゃなくて今日だった、ってだけのことなのよ。
死の神様は、とても公平なので、あのプルートゥでさえおっ死んだわ。
山で人が死ぬ、なんて本物に当たり前な事でしかないのよ」
チェコの涙は、だが、止まらない。
「まー、この世界に生きてたら、遅かれ早かれ戦争ぐらい、誰でも経験するわ。
あんたはそれが今だっただけなのよ」
太陽が、眩しすぎるんだ…、とチェコはぼんやり考えていた。
「あんたはよくやってる。
でも、よくやればやるほど痛い時って、あるもんなのよね…」
とミカはチェコの頭を、抱いた。
二時間ほどで、意気揚々とナミやヒヨウは戻ってきた。
「よし、今夜は賑やかな夜になるぜ!」
とナミは興奮して喋っていた。
チェコは、そんなナミやヒヨウを遠くに見て、イガの体をチューニングした。
「しかし、何で蝋燭なんて使うんだ?
皆、ランプぐらい持ってるだろうに」
とイガは訝る。
「二万の軍だぜ」
とホマーは寝転んだまま、語った。
「ずっと油を使ってたら、どんだけ樽で買っても間に合わねぇのさ。
蝋燭は、火力は弱いが、小屋の中で使う分には軽いし、暗けりゃ数を増やせばいい」
そこにタッカーがテントに入って来て、
「保存性も高いんですよ。
油のように腐らないから。
何度、夏を越しても蝋燭は悪くならない。
古代の遺跡で蝋がそのまま見つかる事もあるんです」
語って、チェコに向かい。
「畑に、芋があるハズなんだってチェコ。
ホントは種芋だったんだけど、軍が全部踏みつけてしまったんだ。
だけど、芋は無事なはずだから回収したいって」
「うん、判った…」
チェコは、時間を持て余らせていた。
即座に応えて、立ち上がった。
まろびとの村の中にいると、思い出したくないものが見えてきてしまう気がした。
外に出たい、とちょうど考えていた。
クワを借りて、タッカーとバケツを持って、城門から外に出た。
敵の兵士も見ているかも判らないが、子供が二人だ。
それに、もちろん村にも兵士がおり、眼を光らせている。
そういう均衡の中でだったが、午後の太陽はのんびりと輝いていた。
「この辺だって、言うんだよ…」
むろん、チェコは、判った。
うねが切ってあるし、踏み固められたと言っても畑と道では土が違うからだ。
「こうかな?」
タッカーがブン、とクワを下ろすと、芋が真二つになった。
「違うよ、ここで返すんだよ!」
クワは曲線の鉄器を、梃子の力でほじるように出来ている。
何度かするとタッカーも要領が判って、芋を掘れるようになった。
バケツに何杯もの芋を掘り、やがて空は嘘のように真っ赤に焼けた。
驚くように美しい赤だ。
赤すぎて怖いような鮮やかな紅色だった。
「チェコか、ちょうど良かったかな」
ウェンウェイが、戦場を、当たり前のように歩いてきた。
「え、ウェンウェイさん!
急にどうしたの!」
無事に逃げたのだろう、と思って、少しホッとしていたのだ。
「ユリプス候が援軍を出してくれるかな。
戦争は今日で終わるかな!」
「えっ!」
とチェコとタッカーが、ハモった。
「今日って、今から来るの?
もう、夜になるよ?」
赤竜山には、片牙もいるのだ。
「もう、ここまでの警護は破ってあるかな。
ユリプス候は軍艦五隻で川を上り、二隻はもうコクライノに到着しているかな。
我々はさっきヴァルダヴァ候にも面会してきたところかな」
「え、ヴァルダヴァ候は首都にいらっしゃったの!」
「この事件は王位継承争いの一部だったかな。
第二王子サスタス様は、立場を強めようと焦ってパーフェクトソルジャーを作るマットスタッフの話に乗ってしまったかな。
同時に、過去の戦争の遺恨が軍部にも残っていたので、今のような山攻めになったのかな」
そうだったのか…。
それで赤竜山の村々を襲ったのか…。
と、村から、パトスが飛び出してきた。
「…チェコ、臭いがある…!
…片牙が、来る…!」
え、まだ陽があるのに?
とチェコは驚いた。
だが、すぐチェコの鼻腔にも、真夏に動物の皮が腐ったような強烈な臭いが届いてきた。




