カルテ
「え、ミカさんが!」
チェコは驚愕した。
「ああ。
ちょうど移動中に兵士の一団と遭遇してしまったらしい。
エルフの一人が、木に登って逃げてきたのだ」
ヒヨウは深刻な表情で話した。
「捕まったら磔って言われてたよね…」
「はっ、磔!」
タッカーは腰を抜かしそうな程に驚いた。
「すぐに殺されることは無いと思うが、拷問される事になるはずだ」
「そんな!」
チェコは叫んだ。
「助けに行かなきゃ!」
「それだ。
今、まさにそれを話しているところだ」
奥で、大人たちはボソボソと深刻そうに話していた。
「で、でも軍に捉えられた十人を二万から探すなんて、無理だよね?」
タッカーは唸った。
「ヒヨウなら探せるんだよね?」
チェコは聞く。
「状況次第なんだ。
山の中にいるのなら探せるが、しかし戦場のど真ん中となると、なかなか難しい」
なるほど、人だらけでは逆に探せなくなるのは、何となく判る気がする。
「よし、俺が探してくる!」
と、ナミが叫ぶように言うと、どこかに走り出す。
「え、大丈夫なのかな?」
チェコは心配するが、
「勝算の無い話をする人じゃない。
きっと調べてくるだろう」
ヒヨウは、しかし厳しい表情のまま、語った。
奥の大人たちは、まだ重い顔で話しているが、ヒヨウは、
「まあ、ここは大人たちに任せて、チェコはイガの体をチューニングしてやってくれ。
当人は平気だ、と言っていたが、顔色はずいぶん悪かったからな」
ああ、とチェコもそうしようと思っていたのを思い出した。
地下に入り、杣人たちに割り振られたテントに入ると、イガは横になっていた。
微かな寝息を立てているので、チェコはそのまま静寂の石を使って、チューニングをする。
少しづつ、寝息も穏やかになっていくようだった。
「それ、錬金術かい?」
一緒に来ていたタッカーが聞いた。
「うん。
錬金術なんて大嫌いだったのに、村を出た途端、皆から錬金術を頼みにされるなんてさ…」
チェコは薄く笑った。
「何で?
凄い特技じゃないか。
その技術があれば食いっぱぐれは無いよ」
タッカーは驚く。
「錬金術師は乞食家業なんて、ずいぶん馬鹿にされたんだよ」
チェコは、ついこの間までのリコ村の暮らしを思い出しながら言った。
「村人なんて、排他的なものだから変な事を言われるかもしれないけど、コクライノでなら、それだけで充分に喰っていけるよ」
タッカーは請け負った。
そう言われても、チェコは難しい勉強も、チマチマした計算も大っ嫌いだった。
あんなにいつも本を読むなんて、チェコにはとても無理なのだ。
しかもダリヤは、仕事で稼いでも、稼いだだけ本を買ってしまうため、本当にチェコたちは極貧の暮らしを続けていた。
第一…。
錬金術師は、本当に大変なのだ。
同じ鉄にしても産地により配合も違う。
鍛冶としての錬金術も、単に熱して叩く鍛冶屋よりも、錬金術は繊細な計算が必要だった。
無論ダリヤのように緻密な作業はチェコには到底無理であり、ダリヤなら硬い鉄も柔らかい鉄も自在に作れるが、チェコは細かい計算や検査を繰り返しながら成分を探らなければ正解まで辿り着けない。
それは実のところ、チェコが勘で物を弄るのを戒めるダリアの教育でもあるのだが、ダリヤが三分で終わるものを半日もかける事に、チェコは意味も見いだせなかった。
医療となると、大変さは物の比ではない。
静寂の石で体の様子を調べながら、それをカルテにまとめ、医薬を試す。
この医薬を試すだけで蛭谷の薬師の領分だ。
リコ村にダリヤが移住したことは、だから村人にとってはとんでもない幸運のはずだが、ダリヤの優秀さが逆にチェコが苛められる元にもなっていた。
彼らは、ダリヤのインテリジェンスを羨望もし、嫉妬もしたのだ。
チェコはダリヤに仕込まれた緻密さでイガの容態を調べていく。
やはり傷を原因にした過労が、だいぶイガを苦しめていた。
親友であったアイダスの無惨な変貌もイガの心と体に大きな負担をかけている。
チェコはまろびとの村で紙切れをもらい、薬師に見れるようにカルテを書き、それから蛭谷のテントへ向かった。
「え、君がこれを書いたのか?
いや、本当に詳しく調べられているな…」
「うん、一緒にゲリラをしていたから、その分も理解が進んだんだよ」
薬師は真剣にカルテを読み、薬を考える、と言ってくれた。
「アイダスの事で不安があるなら、処方が変えられるからね。
新しい薬を試してみよう!」
本当に凄いな、とタッカーは誉めてくれたが、チェコが誉めて欲しいのはスペルランカーとしての腕だ…。
どんよりとした気分のチェコに、
「ナミが帰った!」
と知らせが届いた。
「やっぱり駐屯地に漁村は捕まっている」
と、ナミが怒鳴っていた。
「今夜だ!
今夜、彼らを救い出す!」




