敵の中
チェコたちは明るく昼飯を食べ、休んだ後に南に向かった。
ナミは敢えてエルフ道などを使わずに、戦場の見える外周を好んで歩いた。
「見つかる確率は高いよな?」
ホマーは心配するが。
「だが、同時に敵の動きも掴める。
これって意外と大切なんだ」
ほぅ、とチェコもナミが格好良く見えてきた。
「あの人は、少しランクが高い人だ。
ハイエルフと呼ばれる、まあ隊長クラスだな」
とヒヨウは説明した。
「へー、良い家柄なのか?」
ロットが聞くが、
「エルフに家柄などは関係ない。
優れた功績にのみランクは付与される。
エルフには給料なども無いため、食べ物も住む場所も、大きくは違わない。
つまり、ハイになるメリットがある訳ではない。
それでも上に立つのが、ハイエルフなんだ」
「同じものを食べ、同じところに寝るのか?」
ロットは驚く。
「いや、いくら塩杉が大きくとも、全てのエルフが住めるほどは大きくない。
が、同じ木に、同じように部屋は作るのだから、貧乏も金持ちも無いのだ。
ま、コクライノに住むエルフなら、少しは贅沢もするだろうが、それはエルフでない者に合わせる意味合いでしているたけで、里に帰れば同じ暮らしをする」
「でも、それじゃ、アイダスみたいに贅沢に憧れる奴も出るんじゃないか?
例の軍師は、そういう奴なんじゃ無いのか?」
「そうではない、と信じているが、今の状況じゃ確かめられない。
エルフは、嫌ならばエルフを辞める事も何も咎めない。
だからエルフを名乗るものは信用する、というのが根本の理念なのだ」
「エルフを辞められるんだ!」
村の暮らししか知らないチェコには驚きだった。
「まー、エルフは自給自足、金を貯めようと思えば楽に貯められるからな。
辞めて町で暮らす、と言っても誰も怒りはしない。
エルフでいる間は義務もあるから、辛い思いをする人間もいるかもしれないからだ。
だが、贅沢などしたところで一生の内では無駄なだけなのだ。
堅実な生活が一番だ」
チェコは、出来るならば贅沢をしたかったし、無駄とも思わない。
自然に目が覚めるまで寝ていたいし、豪華な食事だって無駄とは思わない。
少し、そこら辺は、ヒヨウの考えはストイック過ぎて、チェコに理解は難しかった。
「贅沢は素敵だ…」
ニィ、とナミは笑った。
「ま、この小僧が言いたいのは、エルフであるってことは最高の贅沢なんだ、って事なのさ」
「え、そんな贅沢してたんか?」
イガは驚いた。
「してるよ。
塩杉の塩を常に使い、山の頂上で最高の朝日を眺める。
どんな王候貴族も、毎日、そんな暮らしは出来ない。
結果、貴族は五十で死ぬがエルフは七十でも、まだ若い。
つまり、そういうのが本当の贅沢って事なのさ」
「まーエルフ酒で良いなら、幾らでも飲めるしな」
とセイは髭をひねった。
「酒を飲みすぎるエルフは、木から落ちるがな」
ハハハ、とナミは笑った。
だが、呑気な話もここまでだった。
兵士たちの気配が強くなってきた。
カンカンと木を切る音も聞こえた。
「大工場だな…」
ナミは皆に頷いた。
平地に近い場所を歩いていたため、思うより時間もかからなかった。
そして、音と気配で、すぐに目的の場所に辿り着けた。
チェコたちは、足音を立てずに、ゆっくりと木を切る音に接近していく。
兵士たちは、思うより森の奥深くまで木を切りに入っていた。
良い木を選んで切るものらしい。
ナミは、どんどん兵士たちに接近していく。
後ろを歩くチェコたちは焦るが、ナミは意に介さない。
すたすたと歩み、チェコたちは兵士たちのど真ん中を歩くはめになってしまった。
チェコの右手側にも、左手側にも兵士がせっせと木を切っていた。
その間を、ナミは平然と歩いていく。
兵士が目を上げれば、チェコたちは当然、見つかる。
チンコが縮むような感覚を、チェコは感じた。
だが…。
兵士たちは木を切るのに夢中のようだ。
何人もの兵士たちとすれ違い、チェコたちは突き抜けて歩き進んだ。
木を切る音が遠くなり、チェコは、ハァ、と胸に溜まった息を吐き出した。
「漏らすかと思ったよ…」
チェコは呟く。
「まー、あんなものだ。
怖がって逃げると、案外見つかるものだ。
呼吸を乱さずに通り抜ければ、皆、仕事に夢中だから気がつかない。
仲間の兵士かな、ぐらいに思うんだ」
ナミは真顔で教える。
「いくさはな。
ここで、やるんだ」
と、自分の胸を指差して笑った。
ハイエルフは、相当な豪傑のようだった。
「パトス、大工はどこか、判るか?」
ナミの問いに、パトスは即座に、
「…右手の、百ほど先だ…」
襲撃場所は、あと百メートルのようだった…。




