秘密工作
抜け道から岩場に出、気配を殺して森を歩む。
「どうも静かすぎるね…」
チェコが、自分の背後を歩くヒヨウに囁いた。
「そうだな、二万の軍と馬がいると考えると、早朝とはいえ異様だな…」
パトスは空中の臭いを拾って、
「…この辺りに軍はいない。
かなり西に集結しているようだ…」
「西?
どういう事?」
「包囲戦を諦め、一点集中して、防壁の破壊を目論んでいるのかもしれないな?」
ヒヨウは、考えながら話した。
「近くまで行ってみればはっきりする」
と、ナミが話し、それからチェコたちは集結した軍を探して森を進んだ。
「二万人で一点突破されたら、さすがにヤバい?」
チェコの問いに、ヒヨウは首を傾げ。
「野戦ならともかく、攻城戦で密集陣形など、あまり聞かないのだがな?」
いや…、とナミは言葉を濁し。
「攻城兵器の運用があるのならば、考えられる。
昨日の午後は、確かに静か過ぎた。
城壁を破壊し、即座に大群を城内に突っ込ませる作戦かもしれない」
軍と言っても、全ての兵が剣や槍を持って戦うばかりではない。
鍛冶屋もいれば大工もおり、投石機もそういう者たちが作っている。
「攻城兵器とは、動く望楼のようなもの、と考えるといい。
城より高い場所から城内を威射し、そのまま近づき、中に作った破城鎚で城壁を突き破ると、兵士が登る階段にもなるのだ」
そんなもので攻められたら、さすがのまろびとの村も一たまりもない。
チェコたちはパトスの鼻も利用し、敵軍に接近した。
エルフ道で急ぎ敵軍に接近すると、パトスとナミが先頭になって森を進んだ。
「…だいぶ近くなってきた…。
この正面、百メートル先におよそ五千の人間と馬が集まっている…」
パトスが囁いた。
チェコは、
「ピンキーの臭いはない?」
と確認した。
「…奴らは、俺の鼻を織り込んで潜むから、そこまでは判らない…」
そうだった。
「五千の集団なら、大工たちかもしれない。
上手くすれば、攻城兵器が完成する前に破壊出来るかもしれない…」
まろびとの村の危機は迫っていて、不意を突ければ敵に大きなダメージを与えられるかもしれない。
だが、湿地の時のような、大規模な罠という恐れもくすぶっていた。
「とにかく、注意しながら進むしかない」
ナミは決断し、森を進んだ。
「…木の臭いが強い…。
たぶん、木を大量に加工している…」
やはり攻城兵器を作っているのだろうか?
チェコたちは、息を潜めて森を進んだ。
ナミが手を上げて、皆を静止させた。
いつかチェコたちは、軍の間近まで接近していた。
金槌、ノコギリの音、もっと高音の、おそらく鍛冶屋の鎚音も聞こえてくる。
「鍛冶屋か…。
錬金術の方が早いけどな…」
チェコは呟く。
そこが工場のような所なら鍛冶屋も効率が良いのだが、戦場でなら錬金術師が何人かいれば、釘ぐらいなら事足りる。
「確かに鍛冶屋より、軍なら従軍する錬金術師の一人や二人はいるはずだ!」
ヒヨウが囁く。
「…罠という可能性も拭えないか…。
よし、俺がちょっと見てくるから、皆、ここで待っていてくれ!」
言うとナミはスルスルと、手近な杉木の大木を登った。
チェコには、猿よりも素早く見えた。
チェコたちは、森でうずくまっていた。
もし罠だったら、即座に逃げることを考えると、腰を下ろす事も怖い。
「イガ、座れ」
ロットは言うが、イガは、
「俺なら平気だ…」
と答えるが、顔色は平気そうでもない。
「もし仮にピンキーの罠だとしたら、俺たちを捕捉しなきゃならないよね?」
森で五千人が大工をしていれば、パトスなら嗅ぎ付ける。
それは良いのだが、チェコたちの居場所を見つけるのは、何しろ森の中のエルフを探すのだから、大変な困難だ。
ただ、軍師は、それを火をかけることで解決しようとした。
「もしや火を…」
チェコは言うが、
「…火の臭いはしない…」
言下にパトスが否定した。
「あ、敵兵のカードに探査犬って召喚獣がいたよ!」
「…馬鹿チェコ…!
何でそれを、早く言わない…!」
パトスが叫んだ。
言うもなにも、そんな事はスッカリ忘れていたのだから言える訳もなかった。
「…何組か、近づいてくる集団があるぞ…!」
パトスが叫んだ。
「…取り囲まれている…!」




