天秤
「よし、俺のターン!」
チェコは叫んだ。
「多産の女王をタップしてウサギを二体生む!」
チェコの動きに、兵士は、む、と何かを感じた。
今までチェコは、ターンエンドにウサギを出していたからだ。
「九体のウサギを生け贄にして、俺が一ダメージを受ける!」
ドス、っと岩が体に当たったような激しい痛みを、チェコは感じた。
「召喚、呪われた石像!」
十/十の飛行を持つ石像が現れた。
二つの仕掛け矢で、二発づつ矢を放つ。
「パンジードラゴンに四のダメージ!」
兵士は、う、と呻いた。
前回、兵士は花クラゲを殺そうとして失敗し、マンモスも出している。
緑アース一つで強化できるのだが、その余裕が兵士には無かった。
パンジードラゴンが矢に刺さってドサリと地面に落ち、身を捩って悶え死んだ。
「呪われた石像、兵士を攻撃!」
兵士の目の前を、石像が唸りを上げて飛んできた!
飛行なので、マンモスや大マンモスには防げない。
兵士は、グシャリと押し潰された。
じゅ…十のダメージか…。
さすがに兵士も、それがどれ程の痛みを伴うものかは判っていなかった。
本当のデュエルで、男は当たり前だが、負けた事は無かったからだ。
最初、石像の大きさに息を飲み、尚、迫ってくる石像を見上げながら、兵士は石像に押し潰された。
身体中を痛みが駆け抜け、息が喉に詰まった。
ぐあっ、と兵士は唸るが、石像は消えた。
そう、呪われた石像は、その場で十ダメを与えるだけの召喚獣なのだ。
兵士は全身の痛みによろめいたが、鎧を着ていた事もあり、なんとか震えながら立ち上がった。
「坊主、なかなか面白いが、そんなデッキじゃあ俺には…」
言ったところで、チェコがまだスペルを発動していることに気がついた。
そうだ、仕掛け矢はアイテム、そして石像のコストはライフ十。
まだチェコは、このターン、何のスペルも事実上、使っていなかった。
「補食!」
チェコが叫ぶ。
「は?」
どんな攻撃スペルが来るのかと思ったら、十アースを受けとるだけのスペルだった。
十アースは大きいが、何を召喚しようが兵士は痛くもない。
チェコは叫んでいた。
「そして月齢!」
「なん…だと…!」
月齢は兵士も知ってはいた。
その場で、スタミナの少ない方に十のダメージを与える、という危なっかしいスペルだ。
普通こんな、ギャンブル性の高いカードはデッキにも入れない。
相手が上手く反撃すれば、状況は容易く覆るカードなのだ。
俺には大マンモスとマンモスが…。
だがチェコの側には、ハンザキが二体と花クラゲ、多産の女王、そして三体の強化したウサギたちがいた。
ふ…、防がれる…?
錯綜した思考の中で、兵士は考えた。
あ、今はガキのターンだったっけ…。
男の頭上に満月が浮かんだ。
こ…、こんなカードで殺されるのか…?
満月が、少しづつ欠けていく。
馬鹿な…、こんな子供騙しに、俺が負けるだと!
正式のデュエルで俺が、こんなふざけたウサギデッキに負けるたと…。
月が半分になった。
兵士の体から力が抜けていく。
男は、膝から倒れた。
ハハ…、そうか…、ふざけたデッキだから、負けたのか…。
最初から猛犬ハヌートをブロックするようなガチなデッキが相手だったら、俺だって、もっと隙の無い戦いをしていた。
だが相手は子供で、ウサギをヒョコヒョコ並べて…。
しかし、小僧のデッキは、考え尽くされていた。
ウサギの巣穴?
多産の女王?
確かに聞いたことはあったが、まともに動くなんて思いもしなかったよ…。
しかもウサギを増やして大量アースを得るもの、と思っていたら、呪われた石像?
あんなオモチャを、まさか俺が喰らうとは…。
補食と月齢でコンボだと…?
マジで…、子供の発想だ、下らない。
部下がこんなデッキを組んでいたら、怒鳴り散らしているだろう。
真面目にやれ、って…。
だが、真面目にやって、負けちまったよ…。
月が黒くなった。
男は、動かなくなった。
兵士の頭上に、しばらく真っ黒い月が浮かび続けていた。
ハァ、とチェコは、詰めていた息を吐き。
「お…、俺…、デュエルで人を殺したよ…」
体は、恐怖か悦びか判らない緊張で、今も痺れている。
力の天秤が、ガチャンとチェコの側に上がった。
天秤の台には、男の持っていた五つのスペルボックスと、あの重いメダルが乗っていた。
チェコはしばらく戸惑い、やがてそれを受け取った。
チェコが賞品を受け取った後も、力の天秤はその場に残り続けていた。




