溜池
この日は最初は順調だったが、パーフェクトソルジャーとピンキーに襲われ、ハラチが死に、モチは行方不明になってしまった。
「モチも子供ではない。
山で何をすればいいのか、ぐらいは判っている。
怪我さえしていなければ、自分一人ぐらいはなんとでもなる」
と杣人のリーダーは言う。
「だがホマー。
怪我が無ければ、俺たちからはぐれはしまい?」
とロット。
「いや、ああいう場合だったし、少し転んだ、だけでも見失う可能性はあった。
何にしろ杣人が山で困る、なんて事はそれほどは無いはずだ」
とリーダー、ホマーは言う。
「どの道、今は探すのは無理だ。
モチの無事を祈るしかない」
ヒヨウは残念そうに語った。
チェコたちは干物や麦せんべい、水で戻した干し飯を食べ、早々に眠った。
翌日、チェコたちは日の出と共に出発した。
イガは相変わらずで、包帯は血と膿の混ざった液体で濡れていた。
丁寧にエルフ酒で洗うが、それ以上の事は出来ない。
キャサリーンによると、二度ほど目覚め、粥は食べたらしいから、現状では回復は順調、と見るしかなかった。
「今日は先に進んで、村の東側から北へ向かう。
だが敵も先回りしてくる可能性もある。
兵は、下の平地に出てしまえば、山を回り込んで歩くよりは余程早いからな。
まだ地の利はこちらにある、と思いたいが、二万も兵がいれば、この辺に詳しいものがアイダス以外にもいるだろうしな。
追われたら、はぐれないよう注意しよう。
むろん助けられる仲間は助ける努力はするが、今は攻撃を続けないと、山で逃げ回るだけでは意味が無い」
とヒヨウは話す。
洞窟を出ると、その岩山を登って上の森に入っていく。
そこは、あまり下生えの無い、湿地の森に似た森林だ。
チェコが聞くと、
「ここはまろびとの手が入っている森なんだ。
栗の木や果樹、薪や建材用の樹などが植えられていて、よく手入れがされていて歩きやすい。
距離を稼いでしまおう」
ヒヨウは答え、スタスタと歩いた。
「そういうのはリコの村にもあったけど、村の北側に繋がっていたよ」
「まろびとたちは平地で追われて逃げてきた者たちなので、大切なものは隠すようにしているんだ」
森を抜けると、ため池に出た。
森を維持するためのため池らしい。
「水場にはピンキーがいるかも…」
チェコは呟く。
「可能性はゼロではないが、ここならすぐに逃げられるから心配はいらない」
ヒヨウは受け合い、池のほとりを歩いていく。
「対岸から見られないか?」
杣人のリーダーも心配する。
「あの辺は、とてもノンビリこっちを見張れるような場所では無いんだ。
いわゆる動物森となっている」
「あ、毒キノコや食虫植物とかの!」
チェコも黒龍山の森は知っていた。
「そうだ。
だから気にしなくていい」
「すぐ逃げられると言うのは?」
セイが聞くと、
「動物森に逃げ込めば、追手はルートを知らないから、楽に片付けられて一石二鳥という訳だ」
チェコたちは溜池を抜けて急斜面を登った。
ここも見る限り登れそうもない角度の壁面だったが、ヒヨウの選ぶルートならキツ目の坂道程度に感じた。
長い斜面を登りきると、結構な標高の丘だ。
遥か遠くに戦場も見えていたが、戦えるほど近くは無かった。
「だいぶ遠ざかっているな?」
ロットの問いに、
「安全なルートであることが、イガのためにもなるからな」
ヒヨウは説明する。
丘を下ってしばらく歩くと、右手が広い平原になる。草原に、瘦せた木が、ぽつんぽつんと立っているような場所だ。
「なんか、水の匂いがする」
チェコが言うと、
「…これは一面の湿地だ。
底なし沼のような泥の原だぞ…」
パトスが教えた。
草原は、前にチェコも歩いた湿地と地続きの場所だという。
半日かかってチェコたちは、日が天に届く頃、ようやく戦場の兵たちの轟が届く岩場によじ登った。
そこはまろびとの村の北東に位置する岩山のようだ。
平地では既に、十機以上の投石機が作られ、兵たちはせっせと石を集めているようだった。
チェコはウサギを大量に出して、五発のメテオで全ての投石機を焼き払った。




