三角測量
まろびとの村の裏手で、今までで一番村に近い場所だった。
おそらく直線で二、三百メートルほどか。
さすがに既に伝令が届いたらしく、敵兵は左右に離れていた。
が、どちらも狙えば攻撃出来る距離だ。
ヒヨウは、さ、と左を向いた。
杣人たちが矢を放っているうちにチェコはメテオを撃ち込んだ。
既にウサギは召喚しているので、エルミターレの岩石さえ出せばメテオは放てる。
ただ、短距離ならバブルで岩石を運べるが、長い距離は無理だった。
キャサリーンも二枚岩石を提供してくれたので、うまく遣り繰りしているが、それもそろそろ限界だった。
どん、と青い兵士たちの集団の真ん中にメテオが炸裂した。
兵士たちが蟻のように吹き飛んでいく。
杣人たちやキャサリーンやウェンウェイも矢を撃ち込むが、ヒヨウは小さく口笛を吹き、その場を去った。
しばらく急ぎ足で傾斜を登る。
「さっきのあれ…」
とイガが囁く。
「右も狙えば良かったんじゃないか?」
「あれは罠だ。
左右を狙えば、位置が特定される。
一点が判明すると、そこを足かかりに周囲を二万で探れば、エルフ道でも見つかる可能性もある。
ましてや、向こうにはアイダスもいるんだ。
決して同時に二点を攻撃してはいけないんだ…」
「そんなもんかなぁ…」
イガは判然としないようだったが。
「確かにアイダスなら、それだけで見つけられるかもしれない」
とリーダーは頷いた。
「二点測量かな。
それは理に叶った方法かな」
とウェンウェイも口を添えた。
「二点測量って?」
「まー、簡単に言えば同時にAとBを攻撃できる場所、と探せばあの場所しかないことは、すぐバレる、って事だ」
とプーフが教える。
「三角形を考えれば分かりやすいかな。
スペルや弓の射程はおおよそ決まっているかな。
すると、二辺が割り出され、位置が特定できるかな」
「おー、なるほど…」
決して優秀な生徒ではないものの、チェコもダリヤに数学も習っていた。
三角形の計算ぐらいは理解できた。
「なら、ちょっと飛んで撹乱するのはどうだ?」
陰狼で運ぶ、と言う提案だった。
「ほう、面白そうだな」
迷いなく、ヒヨウは賛成した。
次の瞬間、チェコたちは遥か大空に舞い上がっていた。
あまりの急発進に、ごぅ、と風の壁に、チェコはぶつかり、首が捩れた。
風圧で首がもげそうだ。
パトスが空中でもがいていたので、チェコは手を伸ばしてパトスを捕まえた。
チェコがパトスを抱いた瞬間、チェコたちは、バサリ、と森の中に飛び込み、見たこともない森の間に茫然と立っていた。
「よし、こっちだ!」
一瞬で位置を確認したのか、ヒヨウはすぐに歩き出す。
「おいおい、今ので判るのか?」
ロットも慌てた。
「しっかり地形も見えたから大丈夫だ」
と、ヒヨウ。
数分歩くと、チェコたちはエルフ道でも神の道でもない、村道のような細道に入り込んだ。
「ん、知らない道だな?」
と杣人のリーダー。
「これは道ではなく、まろびとの村でキノコ栽培をしている場所だ。
秋には常に大豊作になる秘密の場所なんだ」
「エルフは、そんな場所まで把握しているのか!」
イガも驚いた。
「俺たちは山のプロだからな。
山なら、あらゆる場所が頭に入っている」
おお、とチェコは驚き。
「もしかして野法師の墓も知ってるの?」
「それが存在しない事は知ってる」
まー、そうだよな…、とイガは笑い。
「楽して儲けようなんて奴が、一番の貧乏人になるんだよ」
ケケケ、とチェコの頭を掻きまぜた。
「なんか、でもさぁ。
どこかに誰も知らない穴とかあったりしないのかな?」
「確かにな。
エルフでも確認していない洞窟も無くはない。
ただ、それはエルフでも近づけない場所に限定される。
だから、そんな物は無いと考えるが、しかし、そんな場所でも通う生き物が無いわけでも無いな」
ヒヨウも、少しはチェコのロマンをおもんばかったのか、灰色の返答を返した。
やがてチェコたちは、再び森の中に入り込み、かなり急な斜面を下りおりた。
斜面の底は、何かの畑のようだった。
だが、何か見たことも無い野菜のようだ。
「ああ。
これは山ニンニクと言って、この辺でしか取れない珍しい野菜だ。
チェコも、かなり喜んで喰っていたぞ」
とチェコの質問にヒヨウは答える。
「ああ。
キトピロか。
鍋が旨いんだよな」
とイガも野菜を見て、
「こんな風に生えているとは思わなかったよ」
「生産場所は確か秘密のはずだな。
まろびとたちは、これで税を納めている」
と杣人のリーダー。
「まぁ、二万の軍の前で秘密もへったくれもない。
が、キノコとここは、見たことはナイショにしてくれ」
平然と語って、ヒヨウは畑を降りて、再び森に入り、巨大な岩の前に出た。
「ここを登る」
へ? と全員が岩を見上げた。
三十メートルはある、絶壁の一枚岩だった。




