安全地帯
ゴロタの森は原生林だ。
獣道、程の隙間もなく草木が生い茂っている。
チェコは木の枝を見つけて、草を叩きながら森を進んだ。
「毒虫、毒蛇、獣、あらゆるものに注意するんだよ」
ミカは恐々と周囲を見回し、
「ねぇチェコ君。何で歩き回ってるの。
こういう時、動かない方が安全、とか言わない?」
「それは山で遭難して、助けに来てくれる人がいる場合だよ。
パトスたちが猟師小屋に着いたとしても、今夜は誰も救出には来ないからね。
安全地帯を見つけないと…」
「安全地帯って何?」
「肉食獣が入ってこないような場所だよ」
「そんなのあるの?」
「スズメバチの巣の近くとか、猛毒の腰高噛み付き草の近くとか…」
ミカは悲鳴を上げる。
「そんなとこ、嫌だよぅ…」
「底なし沼とかでもいいんだけど…。
虫の多い場所は、動物も嫌うんだよ」
「あたしも嫌いだよ」
「でもゴロタの森では強い奴しか生き残れないから、住んでる獣は、本当に、皆、強いんだよ。
ちょっとスペルぐらいじゃあ…」
チェコが教えた瞬間、低い唸りが聴こえた。
引き攣りながら、二人が振り向くと、草の奥に、巨大なジャガーが、すぐ傍らまで接近していた。
ミカは、微かに、ヒッ、と叫び、チェコの背に隠れる。
「ほら、ここの動物は、みんなこうなんだよ、ミカさん」
チェコは、緊張し、後退りながら囁いた。
「…ど…どうしよう…」
「大丈夫、この距離なら雷のスペルで追い払えるから…」
「雷なら、殺せるんじゃないの?」
「召喚獣は、パワータフネスが決まっているけど、現実の動物は死なないよ」
「タフネスが高い、ってこと?」
「生命力が強いのさ。
後で死ぬかもしれないけど、一撃じゃ死なない。野生って奴は凄いんだ」
ゆっくり、チェコたちは後ろに下がっていく。
だが、ジャガーも、同じように前進してくる。
頭の高さが、チェコと同じほどもある、巨大なジャガーだ。
「あたし、壁を召喚するわ…」
「スペルバトルで無ければ、壁なんて避けて通ってしまうよ。
スペルバトルでは、ルール上、壁で攻撃は防げることになっているだけ」
「じゃあ、どうしたら…」
しっ…、とチェコは、ミカを黙らせて、同時に横に跳んだ。
ゴッ!
チェコたちの動きを隙と見たのか、ジャガーが飛び掛かってくる!
その瞬間。
樹上から、何か、ツルツルしたものが走り、ジャガーを絡めとると、そのまま消えた。
周囲は静まり返った。
「…え…え…、何? 何だったの?」
「木の上に、スライムがいたんだ。
ジャガーが大好物だから、ずっと、そっちに逃げていたんだよ」
「スライム?」
「こういう木の枝に住む、カエルの卵のオバケみたいな奴さ。
相当飢えなければ、人間は襲わないよ。
服が邪魔、らしいんだ」
ミカは、何とも言えない表情をした。
「…じゃあ、ここが安全地帯なの…」
「そうだね。
もう薄暗いから、ここで野営しよう」
チェコは頷いた。




