脱走兵
「あいつらを殺したりすると、こっちのルートがバレるからな…」
タカオが囁く。
また、ここには誰も来ていない、と彼らが言えば、足場も秘匿されるだろう。
チェコたちはなおも森を、早足に進み、タカオが手を上げて、足を止めた。
ザク…、ザク…。
森を、何かが歩いてくる。
敵兵だろうか?
チェコは下生えに身を隠した。
青い服が見えた。
兵士だ。
チェコは草の中にしゃがんだまま、葉の隙間から兵士を見つめた。
ザク…。
ザク…。
兵士は一人で、相当な急斜面を登っている。
「おい、お前、アイダスじゃねーか!」
杣人の一人が声をかけた。
ビクッ、と男は身を震わせ、
「お…、お前、イガか…」
「どうしたんだ?」
イガの問いに、
「馬鹿か、地元の山を攻められるか!
俺は逃げたんだ!」
おお、と杣人たちは喜ぶが、
「ちょっと待って。
この子が杣人出身だとして、本当に軍から逃げたと信じられるかしら?」
キャサリーンは、口調を尖らせた。
「お…、俺は軍を逃げたんだぞ。
脱走は軍法会議の重罪だ。
嘘なんかつくもんか!」
「そういう任務でないとは言いきれないな。
杣人の村出身なら信用されやすいし、敵はスパイがいればゲリラ戦もコントロールしやすくなる」
とタカオ。
「俺をスパイ扱いするのか!」
アイダスは怒声を発したが。
「悪いが、今は戦争中だ。
お前一人に引っ掻き回される訳には行かない。
軍から逃げるというなら北に進め。
俺たちは西に向かう、いいな!」
タカオが言うと、アイダスは俯き、
「判った…」
アイダスを残し、タカオたちは先へ進んだ。
「あれ、今、東へ向かってるよね?」
しばらくして、チェコは呟く。
ほぅ、とヒヨウは感心し、
「よく森で位置を掴めるな」
「へへ、風とかは覚えるようにしてるんだ。
夜の平原を歩いてたからね」
「つまり、あの兵士を信用していない、と言うことだ」
「スパイなのかな?」
ヒヨウは、
「それは判らん。
だが、真っ昼間から、そうそう逃げられる所じゃ無いんだ、軍というのは。
上官も、同僚もいるんだからな」
「じゃあ、やっぱりスパイ…?」
「クサい、というところだ。
無論、何かの偶然で逃げるタイミングができた、という事もあるかもしれないが、危険は避けなければならない」
とヒヨウは教えた。
「よし行くぞ」
タカオは急な登りに入り、十分ほど進み続けると、木の間の、五十メートルの真下に、何十人かの兵がくつろいでいた。
杣人たちと、ヒヨウとタカオも弓を射った。
全員を殺してから、森に消える。
「今のところ、敵にはバレていなかったね」
「判らない。
多少の犠牲を出しても、我々を一網打尽にしようと考えているのかもしれないからな」
ヒヨウは囁くが。
「なー、タカオ。
アイダスはスパイなんかじゃ無いと思うんだがな。
家族はみんな、杣人なんだ」
「そうかもしれん。
が、今は一人で逃げてもらうしか無い。
どの道、本当に逃げているんなら、俺たちが働けば働くほど、奴が逃げられる確率は上がるんだ。
そうじゃないか?」
ん、とイガは考えて、あー、なるほどな、とイガは納得した。
数分後、チェコたちはまた、森の木に登り、メテオで二百メートル先のテントの集まりを破壊した。
「まーしかし、こうして進みながら攻撃を続けると、敵もおよそ、僕たちの位置を掴むだろうな?」
プーフが語った。
「それは仕方がない。
蛭谷や漁村が動き出せば、もう少しマシになるし、エルフ隊もこっちに向かっている」
「それじゃあ、僕が撹乱してやるよ」
ククク、と笑いプーカは垂直に森の上に飛ぶと、南部に去った。
と、グワーンと、凄い轟音が森に響いた。
ふらり、とプーカが戻る。
「対岸で、岩崩を起こしてやった」
「なんか、俺たち、イケそうだよな!」
とイガやロットが喜ぶ。
「浮かれるな。
まだまだ何時間も立っていない。
戦いは、長引けば、月越しになるやもしれん」
と杣人のリーダーが二人を戒めた。




