二万
やがて、驚くほど急に、辺りは岩場になった。
森が途切れ、ゴツゴツした岩が地面から突きだし、山になっている。
「地層が変わったんだ。
山には、様々な地層の変わる場所がある」
とヒヨウは教える。
タカオが先頭を歩いているので、チェコたちはヒヨウと共に後ろを歩いていた。
杣人の若者たちは楽しげに歩いている。
蛭谷との戦争以来、大変な日々が続いているはずだったが、彼らに疲れは無いようだった。
チェコがそう言うと、
「まー、戦争って、人をハイにするところもあるのよねぇ、特に若い子達には、昔話に聞くような戦いに自分も参加する、って感じるみたいね」
とキャサリーン。
「山って、そんなに戦争があったっけ?」
リコ村では、ついぞ戦争の話しなど聞かない。
「五十年前には、鉱山で反乱があった。
その時は、山も鉱山の味方をして、国と大いくさをした。
三年間戦って、国の大臣が変わり、和解して戦いは山の勝利になったのさ!」
とイガが教えた。
へー、とチェコは驚くが、そんな話は聞いた事も無かった。
「まー、リコ村までは伝わるまい。
全ては山の中の戦いだったからな」
とヒヨウ。
黒龍山に近いつもりだったが、やはり山と平地の村ではずいぶん隔たりがあるようだ。
岩山を歩いていくと、微かに滝の音がした。
滝より、ずっと上を歩いているらしい。
そして、ほどなくチェコたちは岩山の頂上に出た。
「あれ、ずいぶん早かったね?」
「湿地も滝側も迂回していることに違いは無いからな。
ここなら一キロぐらいなんだ」
眼前には岩山と、その下、まろびとの村の周りは一面の人の海だった。
二万という数が、これほどとはチェコも思わなかった。
人の声が、轟くように山を揺らしていた。
ただし、軍二万は、村を広く取り囲んでいて、戦闘は行われていない様子だ。
「どうなってるの?」
チェコが聞くと、
「まず取り囲んで威圧しているんだな。
向こうも、まろびとの村が固いのは判っているから、力押しは自分たちも被害が大きい。
最後の手段なんだ」
とヒヨウ。
ふーん、とチェコは納得し、
「キャサリーン姉ちゃん、メテオを撃つ?」
「ちょっと遠すぎるわ。
それに、すぐ村が危ない訳じゃ無いみたいだから、タイミングを待ちましょう」
確かに、岩山は何百メートルもあるので全てを見渡せるが、軍隊までの直線距離は一キロ以上ありそうだ。
「じゃあ、どうするの?」
「まず湿地側に降りて、何度か仕掛ける。
死人が出れば、敵もこっちを無視できないから、何割かは俺たちに引き付けられる。
それを繰り返して、蛭谷と漁村が来たら、うまく連携出来れば湿地に敵を引き込めれば、勝てる」
とタカオ。
あの湿地に軍を引き込めば、なるほど敵は身動き出来ない。
チェコたちは、急な岩場を湿地に向かって降りていった。
一見すると、道など無さそうな斜面だったが、歩いてみると、階段状、とも言えなくもない細道が続いていた。
一時間ほどで、まろびとの手が入った見渡しのいい森にチェコたちは入っていた。
そこは明るい、木の間も充分に取った人工の森だったが、道からは離れているので、よほどの事がない限り見つからないという。
「気を付けるのは、急に走ったり音を立てたりしない事だ。
普通に歩いていると、まず見えていても気づかれないんだ」
タカオに教えられ、チェコは音を立てないよう注意をして歩いた。
「よし、この辺には兵士はいないようだな」
見極めたタカオは、道に近づく事にした。
確かに、兵は全て、まろびとの村周辺に集まっているようだった。
チェコたちは神の道を横切り、さらに森の奥まで進む。
「この先は深い森で、しかも、さっき見たところ、兵が密集していた。
そこで一当たり、弓を射かけてみる」
タカオを先頭に、チェコたちは森を走った。




