大いくさ
「え、二万?」
二万人という数が、チェコにはどんなものか想像もつかなかった。
リコ村は、全住民でも百人に満たないのだ。
「すぐ村が落ちる、という事はない。
ただ攻め続けられると苦しくなってくるので、俺たちが行き、敵を背後から襲わないと、村だけでは動きがとれない。
後詰め、という奴だ」
ヒヨウは説明した。
チェコたちが広間に行くと、タカオが、
「薬師さんは蛭谷から弓手を連れてまろびとの村まで来てほしい。
漁師の村には、同行するエルフが話すから薬師さんは蛭谷に直行してくれ。
こんな騒ぎの後で申し訳ないが、杣人の村も弓手を貸してくれないか?」
「おう。
こっちも散々にやられて胸が悪いところだ、十人出そう!」
フィネル爺さんが言うが、
「ちょっと。
こっちに軍は来ないのかい?」
女性が不安の声を漏らす。
「馬鹿たれ。
まろびとの村が落ちれば、どのみち、こっちに二万が来るぞ!
それで良いのか!」
フィネル爺さんが怒鳴ると、女性は黙ってしまう。
「済まんな。
必ず、まろびとの村で決着をつける。
今は堪忍してくれ」
タカオは女性に声をかけた。
「ねぇヒヨウ…」
チェコは囁く。
「全部の村を合わせても何十人か、だよね。
二万を倒せるの?」
「無論、お前の力もアテにしている。
ミカやタッカーの力もだ。
それに今は、陰狼もいるんだ。
およそ二万ぐらいは、駆け引き次第でなんとでもなる、と俺は考えている」
ヒヨウは、頼もしく語った。
プーフと杣人の村の若者十人を加えた十六人は、エルフ道に入った。
「この間道で牙谷までは行ける。
牙谷も、普段の道とは違うところを歩くので、敵に見つかりにくいだろう」
と、先頭を歩くタカオが教えた。
相変わらず、一人しか歩けない細道だった。
「驚いたな、こんな道があるとは!」
と杣人の村の若者、イガが言う。
十人の若者のうち、最年長らしい男が、
「エルフは自分達で道を作る権利を持っているのだ」
と教える。
「へー、そうなんだ!」
チェコが感心すると、
「まあ、実際のところは義務なんだ。
山では、俺たちが手をかけなければいけない仕事が、思うよりずっと多くてな。
道は作らざるを得ないんだ」
とヒヨウは小声で教えた。
「ちょっと実例は上げられないがな」
「俺、この道、通った事あるよ!」
と別な杣人の若者ロットが話す。
「子供の頃、道に迷って三晩山で過ごしていた時、エルフが見つけて、村まで送ってくれたんだ」
「そういう事にも使う道だ」
タカオは言う。
空は、闇から少しづつ明るくなり、今は深い紺色のように見えた。
もう、何十分かで夜明けだ。
「いつ頃、まろびとの村につけるかな?」
チェコは聞くが、
「いや、村ではなく、牙谷の山頂へ出る。
そこで軍の展開を見て、それからは移動しながら弓矢とスペルで、敵の背中を襲っていく」
ヒヨウが言う。
「うおぅ、まさか俺の代で、こんな大きないくさが起こるなんて興奮するな!」
イガが、何故か嬉しそうに語った。
キャサリーンもホクホクと、
「チェコ君、敵が密集していたら、メテオは何十枚もあるから、どんどん撃つわよ!」
と楽しげだった。
道は急激に山を登っており、陽が輝き始める頃には尾根を歩くようになっていた。
チェコは、この辺の側壁や、谷の湿地を歩いたが、今度は岩の上を歩く事になったようだ。
今はまだ森の中だが、たぶん牙谷の上では裸岩になっているだろう。
すっかり明るくなった所で少し休憩し、軽く握り飯を食べた後、チェコたちは再びキツい登りを進んでいった。




