岩場
「前に人殺しが山に逃げ込んで、皆が山狩りをしたけど、なかなか捕まらなかったよ」
チェコは数年前の事を思い出していた。
「そりゃ、数時間でも先行できる時の話だ。
今、現に背中に敵をしょって走ってるんじゃ、そんなん、無理に決まってるだろ」
言われてみれば、それはそうだ。
「癇癪玉!」
チェコは、さっき使ってから間隔が狭いか、と思ったが、なんとかカードは発動した。
パンパンパン、と三発の爆発が起こり、何人かが崖を落ちた音がする。
そうして敵を牽制しながら、チェコたちは、うねる崖の道を走り続ける。
ビュン、と風を切って、矢が飛んできた。
幸い、当たらなかったが、これは恐ろしい攻撃だった。
「花クラゲ!」
三/三のクラゲが現れた。
数人が叫び、毒にやられ落下したようだ。
もっと手こずれば良かったのだが、三/三なので、矢と槍で、すぐ殺されてしまった。
「もうすぐ岩場だ。
敵を足留めしたいな」
タフタが言うので、チェコはちょうど道の曲がり角に、
「油だまり!」
とトラップを仕掛けた。
背後で複数人の、凄まじい絶叫が響き渡った。
「よーし、スピードに乗っているところへ、やってやった!」
チェコは、ケケケ、と悪い笑いをする。
だが前方には道が消え、巨石がゴロゴロと転がる、上り坂になった。
上手く石影に隠れれば矢は防げるが、登るには姿を見せなくてはならない場所だ。
「ともかく登るしかねぇ!」
タフタは、石を掴むようにして、体を上げた。
ピュン、と矢が飛んだ。
タフタの頭を掠め飛び、登頂部で血飛沫が上がった。
痛てー、とタフタは頭を押さえる。
チェコは背後を振り返る。
敵の数は、四、五人に減っていたが、足を止めて、しっかりと狙いを定め、弓を引いていた。
「くそ、見えない壁!」
どんなカードかも判らない召喚獣を、チェコは使った。
が…。
特に何も現れる様子は無い。
「あれ、なにこれ、詐欺カード?」
失敗作だろうか、とチェコは戸惑うが、パトスが、
「…臭いは微かにある。壁は出ている…」
おお、とチェコは驚き、喜ぶ。
「本物の見えない壁なんだ、」
飛んできた矢が、空中で弾け落ちる。
五/十の壁なので、普通の矢などは攻撃力で弾き返せるらしい。
「おー、これは凄い!」
はしゃぐチェコに、
「今のうちだ、急げ!」
タフタは、頭に手拭いを当てながら叫んだ。
チェコたちは、険しい岩場を登り始めた。
矢が防がれ魔法に気がついた兵士たちも、自ら登り始めたが、うわっ、と見えない壁にぶつかり、転落した。
その間にチェコたちは、岩場を、かなり登った。
「見えない壁、戻れ!」
チェコは言ってから、
「ハンザキ召喚!
ハンザキ、この岩を下へ落とせ!」
ハンザキは、巨大な岩を、ぐぐ、と頭で押し、軽々と落とした。岩は傾斜を、跳ねるように弾けて落ち、他の岩を弾けさせ、すぐに大きな岩崩れを起こした。
地鳴りのような凄まじい岩崩れになり、敵兵たちに襲いかかった。
「おー、さすがにこれじゃあ全滅かな?」
タフタも、ちら、と下を見、
「よし、さっさと森に進もうぜ。
この分なら、夕方までには村に着けそうだ!」
チェコたちは、森の道に入っていった。
「わぁ、なにか良い匂いがする」
ハハハ、とタフタは笑う。
「この香杉の匂いさ。
ここは手入れのされた香杉の林なんだ」
「え、杉って、ヒヨウのよく言う?」
「いや、塩杉とは別の杉だ。
あんなにデカくはならないが、良い匂いなんで庭木にする人もいるんだよ、これは」
タフタは、愛しそうに杉の幹を叩いた。




