深山
「ミカさん、掴まっててね」
チェコは枝を歩いて、幹に進もうとしたが。
ふふん、とミカは笑い。
「こんな枝なんて一ッ跳びよ!」
言うと、軽々とジャンプして、枝をどんどん登っていく。
「あ、そうか。
跳躍のスペルか!」
チェコもスペルを発動した。
一分後には、二人は塩杉の天辺に立っていた。
崖は、はるか頭上、百メートル近くはありそうだった。
「これは無理ね」
スペルを自在に使いこなすミカが無理と言うのだから、そうなのだろう。
「パトスー!」
チェコは叫んだ。
「チェコ!」
崖の上で、パトスは応える。
「パトスは、キャサリーンねぇちゃんを猟師小屋に連れて行くんだ!
おれはミカさんと迂回して登る。
また、後でなー」
「チェコも気を付けろよー」
とパトスが答えた。
「あたし、野宿なんていやよ」
チェコは周りを見回して、
「うーん、この辺り、ゴロタの森だと思うんだよね…」
「ゴロタの森?」
「うん、ゴロタって、この山最強の、途方もない大グマなんだ。
もう夕方だし、いっそ、このまま枝で夜を明かした方が利口かも」
「えー、もう春って言っても夜は冷えるし、ヤダヤダ。
あたし、テレポでお宿に帰るわ」
「あー、テレポかぁ…。
でも二つ角山脈の中じゃあ、その手のスペルは狂うからなぁ。
キャサリーンねぇちゃんも古井戸の森に落ちちゃったし。
あんまりお勧めできないよ」
ミカは不満そうに山を見渡した。
「スペルが狂うの?」
「ほら、スペルって、大地の力を借りて行うものでしょ。
よく言うように、深山、遺跡、聖地、大海、こういう場所では大きくて精密なスペルほど狂うものなんだよ」
「う~ん」
ミカは、細い指を唇に付けて唸ったが…。
ハァ、と肩を竦めて。
「チェコと一緒ならキャンプでもいっか。
でも、木の上は嫌だよ」
二人は、塩杉の木を、跳躍のスペルで降りて行った。




