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スペルランカー  作者: 六青ゆーせー
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ピジョン

夕飯までは、特に何事もなく過ぎていった。


タッカーがチェコの買ったカードに興味を持ったので、二人でそれを見て過ごした。

タッカーも、見えない壁はただのセールス的な言葉ではないか、と言う。


「ほら、壁って、そもそも防御しかできないし、売り方が難しいから色々書いてあるんだよ。

緑の、ジャングルの壁、とか青の水の壁、とかね。

両方、ただの壁だし、これもその手の物じゃないかと思うよ。

でも五/十は防御力も充分だし、攻撃力も高いから、お得じゃないのかな、一山いくらに入っていた壁なら充分に」


確かに、呪われた石像と同じタフネスがあるというのは結構凄い。

ハンザキなら止まってしまうのだから、結構強いと言えた。


「こーいうカードを一枚出しておけば、ウサギデッキは安心かもよ。

ただトーナメントなら、せめて飛行付きの壁ぐらい欲しいだろうけど。

でも現状、結構いい仕事をしそうな気もするな」


タッカーは見えない壁を押していた。


チェコにしてみれば、これと花クラゲは、一度使ってみたいのだが、今は部屋を出ることを禁じられていた。

無論、カヌートで大騒ぎの村で花クラゲなど出したら、袋叩きにあっても文句は言えないだろう。


やがてタフタが目を覚まし、ミカと二度寝していたキャサリーンも起きると、下の酒場に夕食をとりに行くことになった。


チェコは、外食など初めての事だ。


酒場は、いつの間にか新しい蝋燭をシャンデリアに灯し、昼間に見た古臭い食堂とは一変したムードを漂わせていた。


木のテーブルは歳月に磨かれ、蝋燭の光りに艶やかに光っている。

床も掃除が行き届き、窓からは遅めの夕日が差し込んでいた。


何よりも美味しい匂いが、酒場には満ちていた。

調理した魚や鳥の匂い、スープの香り、焼いたパンの匂い。


テーブルには、チェコたちの他にも数組の泊り客がいたようだった。

既に酔っぱらって賑やかに笑う男たちや、夫婦ものなのか静かに食事を楽しむ男女もいた。


もっとくだけた山男たちの集団も入り口付近に集まっていた。


四つのテーブルにそれぞれ男たちはいて、あっち、こっちに席を移して話し込んだり、賭博をしたりしている。


「結構繁盛してるのね」


ミカは驚く。


「まぁ、実際のところ、戦争騒ぎで動けないんじゃねーかな?

あっちの男たちは樵や木地師だから、戦争なんかは関係ないんだが、おそらく蛭谷の色街を楽しみに来てみたが降りられないんで騒いでる、ってところだな」


「色街?」


チェコは首を傾げるが、ミカが、


「まだチェコには早いところよ」


と嘲笑う。


「まー、綺麗なねーちゃんが色々お酒を飲みながら楽しい事をしてくれるわけだ」


とタフタは薄笑いを浮かべるが、キャサリーンが、


「ま、ともかく落ち着いたテーブルに座りましょ」


と奥の席に歩いていった。


人声から遠ざかった暗がりの席を、キャサリーンは選んだ。


「ピンキーに狙われている事を考えると、この辺が無難よ。

タフタも、知り合いに見つからないようにね」


「いやいや。

奴らは樵は樵でも鉱山に雇われている連中だから、俺の顔見知りじゃないさ」


「え、鉱山って?」


チェコはポカンと聞いた。


「知らんか、牙裂峠?」


「え、知ってるよ、牙裂峠なら!

毎年、俺とパトスで石炭買いに行ったんだから!

でも、なんであんなところの鉱山が樵を雇うの?」


パトスが、チェコの膝に乗ってきた。

パトスのいつもの席だ。


「あのな、チェコ。

鉱山はただの穴だと思うだろうが、木の柱や天井が無ければ、すぐに落盤しちまうんだぜ。

だから木が必要なんだ」


おお、言われてみれば、とチェコは感心した。


「でも、ずいぶん遠いんじゃない?

あれは黒龍山の奥だから」


ハハッ、とタフタは笑う。


「赤竜山はあの辺まで繋がってるんだよ。

山を歩けば真っ直ぐ赤竜山なんだ。

だから、あそこら辺の樵もここまで遊びに来れるわけだ。

ま、山の道って奴だな、ヒヨウならもっと詳しいだろう」


とタフタは言って、給仕の女性を呼んだ。


「ピジョンあるよな?」


「ああ。

今日は塩焼きだけど、いいかい?」


皆、異存は無かった。

更に魚のスープと野菜のトマト煮、今日釣れたばかりの魚のマリネ、山羊のチーズなどを頼み、タフタとキャサリーンはクラフトも頼んだ。


「ここで作ってるの?」


とキャサリーンは興味津々だ。


「ああ。

厨房の奥に釜があるんだ。

なかなかイケるぞ」


とタフタは既にご機嫌な相貌だった。


言っているうちに、ピジョンが大きな木の板に運ばれてくる。

差し渡し一メートルはありそうな板に、肉塊が五つ並んでいて、こんがりと焼けていた。


どん、と大きな包丁が板に乗っている。


タフタが、それを肉塊に差し入れて、切り開いた。


壺が運ばれてきた。


ニンニクの良い匂いが漂ってくる。


「ほれ、好きに取って喰いな」


言いながら、取り皿に山盛りの肉を乗せて、茶色いニンニクのソースをドバァとかける。

肉の横に並んでる緑の野菜も二、三個皿に乗せて自分の前に置くと、タイミングよくクラフトが陶器のジョッキで運ばれてきた。


チェコも皿に肉を乗せ、同じようにする。

パトスのために、別皿に肉を取るがソースはかけない。

パトスはニンニクは苦手なのだ。


パトスの皿は自分の膝の上に乗せる。

そうすればパトスは綺麗に肉を食べられる。

そして、チェコはニンニクソースをたっぷりつけた肉を味わった。


「旨い!」


甘い脂が口に広がる。

ニンニクソースは、意外にさっぱりした味だった。

緑の野菜は、少し苦辛いが、この肉と一緒だととても美味かった。


「美味しいけど、ちょっとニンニクを利かせ過ぎね」


ミカは匂いを気にした。


「ま、こんな山の中だ。

いいじゃねーか」


とタフタ。


「だけどピンキーは動かないね?」


チェコが話すと、しっ、とミカがチェコの言葉を遮って。


「その話は、ここではしないで」


何か思惑がありそうなので、チェコは改めて、タッカーの買い物が長かった話をした。


「あんた五着も買ってどうするのよ?」


チェコの疑問をミカが聴いた。


「だって、まだ先は長そうだし、着替えはいるだろ?」


涼しい顔でタッカーは答える。


「でも、そのせいでカードショップが見れなかったんだよ」


とチェコは鬱憤を晴らした。


「まー、袋入りのカードを買ったとしても面白いカードが入っているかどうかは判らないしね。

本当に買ったかどうかは判らないし」


たぶんカードショップに入ったとしても、凄く選んでただろうな、とチェコは想像した。


「それに、ほら。

今、着ているのが買ったシャツとパンツだよ。

中々趣味もいいでしょ」


濃紺に小さな白い点を一面に刺繍したシャツは、確かにタッカーが着ると中々スマートに見えた。

首にシルクの緑のネッカチーフをネクタイのように巻いている。


「そーねー、言わなきゃ街を歩いていても、そー不自然じゃないかもね」


ミカは値踏みした。


「そんなん、山歩いたら、すぐ真っ黒けだぜ」


ハァー、とタッカーは溜息をついて、


「そーなんだよなぁ…。

山を歩かずに街に戻れないもんかなぁ…」


ハハハ、とタフタは嘲笑い。


「一旦山に入っちまったら、泥と汗まみれにならにゃあ帰れないもんさ。

だから家に帰ったときの一杯が本当に旨いのさ」


言っているが、その右手にはジョッキが既に握られている。

それはキャサリーンも一緒で、


「寝る前に、もう一度お風呂に入るわ」


と嬉しそうに語っていた。

どうも、お肌に良かったらしい。







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