病気
「でも蛭谷の病人が、なんで一人でカヌーなんかに乗っているの?」
チェコは聞いたが、女性は船を引く綱を引きながら、
「知るもんか。
たぶん頭がおかしいんじゃないかい!」
と怒鳴った。
確かに、二メートルを超える病人は、カヌーに直立して、ボーッと立っているだけに見える。
だがカヌートは、それを嫌がっているのか、港に入り込んで暴れていた。
「余程悪い病気なのかな?」
チェコも縄を引くのを手伝いながら聞くが、
「見りゃ判るだろ、あれゃ普通じゃない。
今、若い衆が蛭谷に言いに行っているところだよ。
あんたたちも宿にお戻り」
「ほらチェコ。
皆さんの迷惑だから」
とタッカーがチェコを引っ張り、チェコは諦めて宿に帰った。
チェコたちが宿に戻ると、ミカがチェコにカードを差し出した。
「ほら。
鳴子を返すわよ」
「あ、鳴ったの?」
「さっき、魚が暴れてる、って男が言いに来て、鳴ったわ。
最初は酷い音だったけど、キャサリーンさんが調節してくれたんで、次からは静かに鳴ると思うわよ」
チェコは湖の話をした。
「やっぱり何かあるのね、蛭谷には」
ミカは考え込むが、やがて欠伸をして、布団にひっくり返った。
「材料が少な過ぎて、考えても判らないわね。
寝られるうちに寝ましょうか…」
と毛布に潜り込んだ。
チェコは遠目でもいいから怪魚をもっと見たかったが、ピンキーたちも狙っているのは判っていた。
「もしかして、これってピンキーたちにしてみたら、丁度いい狙い目なんじゃないの?」
「かもね。
気づいていたらね」
と毛布越しにミカが言う。
「気づかない、って事は無いでしょう?」
チェコは言うが、ミカは、
「まぁ普通だったらそうなんだけど見張ったって仕方ないのよ。
攻められる側は、どうしても受け身になるものなの。
誰かしら起きていて、何かあったらみんなを起こす、ぐらいで充分、っていうか、どのみち、それしか出来ないのよ」
毛布が芋虫のようにモゾモゾ動いて、ミカは丸くなった。
ミカは寝る構え、と見たチェコは、タッカーに、
「だけどあの病人、凄く変だったよね」
言うと、タッカーは思い出したのか、ぶるっ、と震えて、
「あんな姿になるなんて、どんな病気なんだろうね…。
絶対に近づきたくないよ…」
と青ざめた。




