カヌート
「え、もしかしてカヌートって、有名な怪魚?」
チェコが聞くと、男は、
「そうだ。
大型の漁船を簡単にひっくり返して、人を襲いやがった。
あんなに荒れているのは五十年ぶりだ、ってマジェル爺さんが言ってた。
やっぱ蛭谷の事が、なんか影響してんのかな!」
「タッカー兄ちゃん、行ってみようよ」
チェコは興奮して言うが、タッカーは。
「チェコ、村の人の迷惑になるだろ。
被害にあわれた人のご家族だっているんだよ…」
と悟りきったように諭した。
「タッカー兄ちゃんも、そんなに選んでいると迷惑だよ…」
とチェコは切り返すが、
「うん判ってる。
選べないから、全部買うことにするよ」
「え、五着も!」
下着を除くチェコの持っている衣装全てぐらいだ。
袋に入れてもらい、タッカーはホクホクと店を出たが、カードショップは閉まっていた。
たぶん、男が村の全ての家を周ったのだろう。
「ねー、タッカー兄ちゃん、ちょっと湖に行ってみようよ!」
タッカーは渋っていたが、
「まぁ、どうせ遠くから見るだけだしね」
と重い腰を上げた。
路地を遡って、朝に通った港に向かう。
浜は、村人全てが集まっているらしく、百人近い老若男女がいた。
皆で、忙しく船を浜に上げていた。
そして怪魚は、その巨大な顔を水面から覗かせ、ぼぅぅぅ! と叫んでいた。
おそらく、全身を合わせれば、漁船よりも大きそうだ。
怪魚が港でバチャンと跳ねると、波が押し寄せ、干物を作っていた浜小屋まで水が押し寄せた。
「危ないから水から離れろ。
持ってかれるぞ!」
叫んだ声の通り、木の板や椅子などが、沖に流れていく。
「怒っているの?」
チェコが問うと、村の女性が、
「ほら、あれを見な」
と湖面を指さした。
港の外に、カヌーのような小舟が一艘、浮いている。
その上に…。
二メートルくらいはありそうな、人、に近い姿をした、しかし遠目にも人では無い、と判るものが直立していた。
全身は黒っぽく、何かヌラヌラと光っている。
「なんだ、あれ…!」
チェコが驚くと、
「蛭谷の病人だってさ…」
女は言った。
「え…、あれ、人なの?」
それは、どう見ても怪物にしか見えなかった。




