風呂
前に温泉に入っていたし、チェコの感覚では別に風呂に入る必要も感じてはいなかったが、宿に泊まるなんて初めてだし、せっかくだから施設の一通りは体験してみたい。
チェコはタッカーについて、風呂に続く廊下を歩いた。部屋は右側に作られていて、左側は突き当りの窓から二部屋ほどあるのだが、その先は一階の酒場を見下ろす渡り廊下になっていた。
ここに階段も作られており、酒場には丸テーブルが並び、数人、客も入っていた。
ローソクを立てるシャンデリアが、一晩中燃えた残り火を弱々しく光らせていた。
外は、仄かに青白くなってきている。
薄暗い廊下を進むと、廊下は再び左右に部屋を構えるようになり、右手に降りる階段が作られていた。
トイレ、風呂、と書いてあった。
階段を降りると、そのまま裏庭のような外に出る。
数歩、歩いたところに丸太小屋が建っていた。
手前が女性、奥が男だった。
トイレの横に木の扉があり、開くと脱衣場だ。
いそいそと服を脱ぎ、戸棚に入れると、先の木戸を開く。
むっ、とする熱が裸に当たる。
丸太小屋の高い天井の上に天窓が切られただけの暗い部屋で、一番奥に岩を合わせて作られた浴槽があり、湯が溜まっている。
「へぇ、どうやら、ここも温泉なんだね…」
タッカーは意外そうに言う。
チェコも独特な硫黄の臭いで判った。
床は石畳で壁は丸太だ。
相当に古いようで、黒灰色に木材がくすんでいた。
「それにしても暑いね」
チェコは言う。
部屋全体が湯気でくもっている。
「一体お湯は何度あるんだろ?」
と、チェコが足先をつけて見ると、
「あちっ!」
熱湯だった。
「あらチェコ?」
と声がした。
「あー、ミカさん、このお湯熱いね!」
天井は男女共通のようだった。
「近くに井戸があるでしょ。
桶に水を汲んで湯加減を調節するのよ」
おー、とチェコは湯気にけぶった周囲を探す。
「…チェコ、ここだ…」
湯気で視界は遮られていてもパトスは匂いで水くらいは探せた。
チェコとパトスが大騒ぎして湯をぬるめていると、タッカーは、
「チェコ。
僕は体を洗ったから、もう行くよ」
「え?
タッカー兄ちゃん、お湯に浸かった方が良いよ、疲れも取れるし」
だがタッカーは、
「そうなのかな?
僕って街育ちだから、あんまり湯に入る習慣が無いんだけど…」
「え、街って風呂に入らないの!」
チェコは驚いた。
「下町は、だいたいシャワーだよ」
とタッカーは涼やかに言う。
「タッカー!
お湯に浸かって百、数えなさい!」
女湯で,ミカが命令を下した。




