湖の村
心なしか水の匂いがチェコの鼻腔をくすぐる気がした。
漁をしているからか、魚の匂いも次第に漂ってくる。
ヒイラギの並木道から見下ろす村には、なるほどポツンポツンと灯がともっているようだ。
山間の僅かな平地に、十四、五軒の家屋が重なるように建っていて、湖岸では闇の中、男たちが船の準備に忙しい。
「まずは港の方に行ってみよう。
知り合いの漁師に聞けば、大体の事は判るはずだからな」
タフタは言い、ヒイラギの並木からそれて、港へ降りる階段へ出た。
石をアバウトに並べてなんとか階段のていを整えた、ように見える石段は、並木道よりなお狭く、タフタでは体がはみ出してしまうようだ。
そんな石段が、蟻塚のある右手を崖にして、一直線に赤魔湖まで降りて行っていた。
港の船に白い帆がかかっていくのが、闇の中でも判る。
「あれ、行っちゃうよ?」
チェコは慌てるが、タフタは笑い、
「今、漁師に声なんかかけたら怒鳴られるだけさ。
港に手の空いた爺さんがいるから、そいつらと話すんだ」
老人は、漁の支度を手伝い、また網の手入れや魚の加工などをしているという。
階段は湖の麓、大岩の前で左に折れ、丸岩だらけの浜に降りていく。
ザン、サン、と波の音がチェコの耳にも届いてきた。
石の浜を歩いていくと、火が焚かれた浜小屋が見えてくる。
大きな、屋根と柱だけの小屋だ。
無数の丸太が屋根を支え、その中で火を焚き、魚の加工をしているようで、沢山の樽や網が並び、魚が広げられていた。
「くっさー」
ミカが呟き、タフタに叱られる。
魚の臭いは、確かに急激に強くなってきた。
「よう、マジェル爺さん、いるかい?」
タフタが声をかけると、作業していた老人と老婆が一斉にチェコたちを見た。
パチ、と作業場の中央に焚かれた薪が爆ぜる。
しばし無言の時間が続いたが、
「ああ、タフタか。
なんだ、あんたがこんなに朝早く、珍しいな?
木は逃げねぇ、なんて言って、いつも深酒するんじゃ無かったのか?」
と奥から、つぎはぎだらけの服を着た老人が腰を上げた。
「いやぁ、今は人の案内をしていてな。
このキャサリーンという人を、麓のハジュクまで連れて行く約束なんだ」
アハハとタフタは笑った。
そーいえば、ヒヨウのエルフ酒を旨そうに飲んでたよな、とチェコは思った。
「キャサリーン・ギブツです。
私たち、ちょっと一晩歩いて来ちゃったんだけど、どこかで安ませてもらえませんか?」
マジェルは、く顔の表情を変えずにしばらく黙り、
「ああ、いーとも。
アシルの酒場の二階で良いなら休みなさい」
とボソリと言った。




