赤魔湖
遠くに見えていた赤魔湖が、だいぶ大きく見えるようになってきていた。
「なんか美味しい魚がいる、って言ってたよね!」
チェコは言うが、パトスはフン、と鼻で笑って。
「…鳥、ビジョンという、泳ぐ鳥、ヒヨウ言ってた。
たぶん鴨みたいな奴だろう…」
おー、とチェコのテンションが上がる。
聞いただけで、もう、焼けて少し焦げた鴨肉の味を思い出していた。
真っ赤な鴨肉は、少し固いが、渡って来る時期になると、よくチェコは弓矢を持って狩に行った。
ダリア家には珍しく、豪華な夕食が楽しめたものだ。
「んー、鴨肉かぁー、旨いんだよねー!」
チェコの口の中には、既に鴨を焼いて、味噌で煮た味が浮かんできていた。
クセの嫌いな人は、生姜等の薬味を入れるそうだが、ダリア家では鴨の骨で取ったダシと味噌、それにケレカという、少し苦い野菜を入れる。
ダリアは、裏の畑に、ケレカだけは栽培して、何にでも入れたものだ。
「…チェコ、集中しろ…。
左腕が狙ってるんだぞ…」
パトスが、また鼻でチェコの耳を突いた。
「うー、そうだった」
呻いて、
「だけどドゥーガに変身しない限り追いつかないし、追いつかないなら心配はいらないんじゃ無いかな?」
「…判らないが…、相手はプロなんだ。
気を抜くと命が無いぞ…」
左腕が、チェコよりはるかに強いのは事実だ。
それに対して、今までは、よくしのげていたが、多分に運も味方してくれていた。
最初に砂を落としたのも、偶然上手く行っただけで、しくじれば、そのまま一刀の元に切られて終わっていただろう。
敵が、どんな切り札を持っているのか、チェコには知りようがないのだ。
今は、一刻も早く湖まで滑ってしまうのが最善だった。
チェコは、更に身を屈め、矢のように早く滑った。
だが、パトスが叫んだ。
「…チェコ、ドゥーガが来た…!」
背後の斜面から、どうやらドゥーガが姿を現したらしい。
赤魔湖は近づいてはいるが…。
しかし、ドゥーガの速度は桁違いだ。
くぅ…。
チェコは呻きながら、いっそう身を屈めた。
チェコは滑らかな砂の斜面を、落ちるように滑っていく。
「パトス。
急降下しそうになったら教えてよ!
たぶん、一回奴を交わせれば、湖に着けると思う…」
チェコは、歯を食い縛りながら、言った。




