剣客
左腕は、白髪なので、一見はかなりの老人に見えた。
とは言っても、ダリアやウェンウェイような本格的な爺ではない。
体の動きは滑らかで、若者にも負けない細身だが鍛え上げられた筋骨を持っていた。
着ている服は、一枚の布に袖をつけて体に巻いたような見慣れない衣装だ。
腰にとても太いベルトを巻いており、それで固定していようだった。
左腕は、のっそりと、細く長い剣を、腰のベルトに差した鞘から抜いた。
星空に、ギラリ、と片刃の剣が光った。
ぬっ…、と唸りながらも、チェコも短剣を抜く。
「…チェコ…、とても勝てない…」
パトスは囁いた。
ナイフより剣、剣より槍が強い、というのは常識だった。
自分の体から離れて戦えれば、それだけ有利なのは当たり前であり、どうしても戦わなければならない時は、チェコも槍を持つ。
だが剣客というのは、また別だ。
剣の技を磨き、槍をも倒す術を持つのが剣客だった。
だが、チェコも勝算が無いわけではない。
急に襲われたならスペルが間に合わない、という事もあるが、チェコは既にスペルが出せる状況なのだ。
デュエルではないので、何も頭にアースを浮かべなくてもいい。
心の準備さえ整えばスペルランカーは戦えるのだ。
気を付けなければいけないのは、スペル消費の穴だった。
チェコが二アース、パトスとエクメル、ちさちゃんで三アース。
五アースを十秒に使えるが、下手を打つと本当の戦いでは、アースを使いきってしまう事もあり得た。
相手は戦い慣れた剣客であり、アースの穴を勘づかれたら、その瞬間に食いつかれるだろう。
どう戦うのか…。
それが、まだチェコには判らない。
剣客を前にウサギを出しても仕方がなかった。
出すなら狼なり熊なりスズメバチなり、それなりの戦闘力のあるものしか意味が無いが、それらはアースを消費し、下手を打てば雷一つ打てなくなってしまう。
スペルランカーは、綿密な計算の上で戦うものなのだ。
左腕は、用心深く、ゆっくりと剣を構えながら、砂丘を降りてくる。
「雷!」
チェコは、距離のあるうちに攻撃に出た。
雷光は、一瞬、左腕の体に当たるか、という直線を走ったが、折れて左腕の足元に突き刺さった。
どう、と砂丘が崩れる。
砂煙が立ち上がり、チェコの視界を塞いだ。
だが…。
漆黒の煙の中、ギラ、と剣が一閃する。
左腕はなんと、砂煙を切り裂いて、一気に飛び出してきた。
が…。
チェコは既に、砂漠を滑り降りていた。




