崖
「そういえば、奴は錬金術師でありながら、城の会計も預かっていたかな。
経費削減の鬼、と呼ばれていたかな」
「…いつも帳簿、つけてる…」
パトスは、げんなりと呟いた。
そうそう、とチェコも乗るが、ヒヨウが、
「どうやら黒姫は立ち去ったらしい。そろそろ先に進もう」
言って、立ち上がった。
白い道は、針岩の間をぐるぐると巡りながら伸びていたが、やがて崖が現れた。
「ここを降りれば、もう砂漠だ」
石の樹林が、最初は緩やかに、やがてガクンと落ちていて、針岩も、地面の傾斜に合わせて斜めに立っていた。
針岩は、あくまで地面と平行に立つものらしい。
緩やか、とはいえ下りであり、足元も悪い。
下った先は、どすん、と見切れており、その傾斜の先がどうなっているかは、崖の先に見えている針岩の先端部から推察できた。
ほぼ、地面と平行、そんな感じだ。
その崖に向かって白い道は、無慈悲なほど一直線に走っていた。
「ええ…、ここを降りるの!」
タッカーは悲鳴を上げる。
「問題ない。
やってみれば判る」
ヒヨウは平然と言った。
針岩の立つ角度が変わったため、岩の密度が薄くなり、空から星明かりがよく入っていた。
視界が開けたため、逆に恐ろしかった。
傾斜面を、崖に向かって直進するのだ。
傾斜を下り始めた、
「言うまでもないが、足元を気にして岩に触ったりしないようにな。
黒姫は、一瞬で人間など噛み殺すからな」
なんという事もない下り坂ではあるが、自然の地形であり、夜でもあった。
自然の只中なので、不意に石片を踏むこともあり、地面には窪みや、ナチュラルな地形の変化も当然ある。
急に、ぐらりと足が沈めば、つい近い岩にすがりたくなる。
よろよろと白い道を進むと、崖に出た。
「ここに鎖が打ってある。
これは野鬼が使っている強いものだから安心して伝ってくれ。
黒姫が恐ろしいのは、野鬼も同じなのだ」
なるほど足元には鎖がじめんに刺さっている。
まず金具を石に止め、それの回りに石を組んで石灰と粘土や糸などを混ぜて作ったタタキで固定した頑強な物のようだ。
「これ、下までどのくらいあるの…」
タッカーは、喘ぐように聞いた。
「まー、大体十メートルぐらいで、しかも下は砂だ。
落ちても死なないさ。
だが、まー、怪我をすると世話がいるので、可能ならば鎖で降りてくれると助かる」
ヒヨウの言い方に、タッカーは唸る。
「僕、絶対に街に戻って、都会人に帰るよ…。
こういうのは、やっぱり僕には向いていないんだ…」




