星空
山羊の道は、場所によっては、本当に靴一つ分の幅しかない所もあった。
そこから僅かでもはみ出せば、夜の山では、何を呼んでしまうか判らないという。
チェコたちは、必死に前の人間の靴跡を辿った。
そのためカンテラが照らすのは、僅かな足元だけだ。
前の人間の靴と、岩間の白い道と、自分の足だけだ。
周囲がどうか、など、見る余裕はとてもない。
ヒヨウは、たぶん皆に気は使っているのだろうが、歩くペースは早めだった。
そして山羊の道は、岩と岩の間に出来た、曲がり、折れ、時に途切れた、人を欺くトラップに満ちたルートだった。
チェコたちは、どうにか岩場の荒れ道を、徐々に下りながら、全体としては東の方へ向かっているらしかった。
星座さえ判らない夜の道で、チェコの方向感覚はとうに狂っていて、どこが東か、など全く判らなかったが、地図でいけばその筈だ。
とはいえ道は、時に北に登り、西に落ち、幾つもの岩の崖を回り込みながらの、蛇のようにうねった行程だったが。
右手に、巨大な岩壁が現れた。
ほぼ垂直に、数百メートルの岩塊が、天空にそそり立っている。
チェコたちは、その麓を、おそらく東北に向かって歩き続けていた。
「凄い岩壁だねぇ」
道は幾分平坦になり、白い道の幅も一メートル程はあるようになっていた。
鋭く輝く山の星空を背景に、灰色の岩山は、獣のように無言の圧力をチェコに向かって注いでいた。
「そうだろう。
今、俺たちは、あそこを下って来たのだ」
ヒヨウが言う。
「え、じゃあ、あれが山頂なの?」
「まぁ、ここからでは本物の山頂は見えないが、その端の一部があれだ」
「な…、何百メートル、降りてきたんだ…?」
愕然とタッカーが呟いた。
「たぶん五百は下っているかな?」
涼しげにヒヨウは言った。
「ほら、あの岩場を抜ければ砂漠に出る。
だが岩場は、また険しい道になるから、よく注意してくれ」
凄惨な程の星明かりで、一キロほど先に針ネズミのように、尖った岩が連なった岩場が見えていた。
ヒヨウは岩場というが、それは、ちょっとした岩山だった。
「また崖登りとかあるのかな…」
タッカーは、崖がトラウマになっているようだった。
「無い。
心配するな。
今度はただ、崖を降りるだけだ。
落ちたって良いんだから簡単だろ?」
ヒヨウは、事も無げに語った。




