夜に住む
カンテラが要らない程に、空には星が輝いていた。
地上で見るのとは全く違う、高山山頂の星空だ。
チェコも、十や二十の星座は言えるはずなのだが、いくら探しても判らない。
いつもは見えないような小さな星たちが、高山の澄みきった空気の中で、小さく、しかし凄い量、輝いているのだ。
足元は、険しい。
それは、道、というよりは岩と岩の隙間に過ぎない。
岩の隙間に、僅かな土や砂が入り込み、確かに白い道になっている様子だったが、幅にして二十センチも無いような心もとない一本の帯が、細々と続いていた。
「これ、本当に逃げ場は無いよね…」
チェコですら不安になった。
あの溝の道での、鼻に突き刺さるような腐敗臭が、頭に蘇ってくる。
「聖火と塩は、すぐに取り出せるようにしておいてくれ。
もう皆、判っている、あの臭いがしたら、すぐに地に屈み、目を瞑ってひたすら聖火に塩をふり続けるんだ。
臭いが無くなるまでそうしていれば、多分助かるだろう」
ヒヨウが教えた。
「パトス、大丈夫?」
パトスは地面をクンクン嗅ぎなかまら歩いていたが、鼻を上空に突き出した。
「…大丈夫…。
…たぶん、一キロ以内には、奴はいない…」
と、犬用カンテラを首に灯し、肩の小さな荷袋に塩と油、それに火皿とちさを乗せたパトスは語った。
「よし、では今のうちに、出来るだけ距離を進めるぞ。
間違わないよう、俺の後を歩いてきてくれ」
チェコは、ん、と考える。
「片牙がいないなら、少し間違ったとしても大丈夫でしょう?」
「駄目だ」
即座にタフタが言う。
「少しでも白い道をそれたら、片牙だけじゃねぇ、あらゆる化物に気づかれちまうんだ。
靴の端っこが、ちらっ、とでもはみ出さないよう歩かねぇと、この夜の山道にゃ何が出てくるか、とても俺たちでも判断出来ねぇ。
片牙じゃなくとも、山にはとんでもないもんが幾らでも住んでんだぜ」
ああ、そう言えば黒龍山でもそんな事聞いたっけな…、とチェコも思い出した。
一行は、言葉少なに、必死に足元にカンテラをかざして、白い道を辿って歩いていった。




