死
ヒヨウは立ち止まり、少し考えた。
「見て、おいた方が良いだろうな…」
言って一旦トンネルから出た。
すぐに、木の燃え焦げる臭いがチェコにも判る。
「なんだパトス。
これは松明の臭いじゃない」
チェコは言うが、パトスは唸る。
「…それじゃない…。
それより五十歩先に、もう一つの変な臭いがある」
パトスの一歩とは、前足の先についた足跡の臭いを後ろ足の最後の足が触れるか、追い越した時を言うのだそうだ。
その一歩はチェコの一歩よりささやかに小さい。
「ん、三十メートル位先?」
チェコは大雑把に計算した。
「行ってみよう」
ヒヨウは先に立って進んだ。
溝の道はトンネルを過ぎて、しばらく進むと、不意に広い平地に出る。
横の崖はそのまま、右手だけが大きく広がって微かに下っている様子だ。
そして、溝を出た辺りでチェコたちは、原っぱの途中に、幾つもの燃えさしの松明が、地面に落ちているのを発見した。
「これは…」
ヒヨウが、皆を手で止めた。
「道の外だ。
出てはいけない」
「…でも、人が倒れてるよ」
チェコが囁く。
ヒヤリと冷たい微風が、どこからか流れていた。
確かに、闇の中、人間らしき影や、金属の輝きが、弱いカンテラの灯火を反射していた。
が、影や光りは、全く動かない。
暗闇に突き出された腕が、何かを掴もうとした瞬間、時間が止まったかのように、空に向かって捩れるように伸びていた。
「何か、理由があって、道の外に出たのだろうが…。
迂闊と言うしかないな…。
もう死んでいるし、俺たちが出来る事は何もない。
先を急ごう」
えっ…、とチェコは慌てて考えた。
「あれは…、片牙が?」
「おそらく、な」
タフタが言った。
「大方、仲間の一人が片牙に捕まったんだろう。杣人の若い奴ら、普段は持ち慣れない戦争用のでかい武器を持ってんから、つい戦っちまったんじゃねーかな」
「気の毒だが、今は誰も何も出来ない」
ヒヨウが、道の先で振り返った。
チェコたちは、ヒヨウの元まで引き返した。
「…でも、杣人なら、片牙の怖さなんて、充分知ってるハズだよね。
少し、何か、おかしいんじゃないかしら」
ミカが疑惑を口にする。
「そうかもしれない。
なにか、敵、と言える者が介在しているのかもしれない。
だが、俺たちは道を急いでいるのだし、これは俺たちの旅とは関係ない事件だ。
下手に首を突っ込んで、戦争に巻き込まれるのは、俺はごめんだ」
ヒヨウは、冷徹に語った。




