野法師
「その奥の扉を開けた先だ。
先に言っておくが、洞窟に板を渡しただけの場所だから腰を抜かすなよ」
付いていこうか? とチェコが聞くが、タッカーは弱々しく、大丈夫だよ、少し吐くだけだから…、と薄く笑い、よろよろと奥に歩いた。
「ねぇ、今は助かったけど、もし片牙が入り口から動かなかったらどうするの?」
チェコは聞いた。
「片牙には、ほとんど知能は無いんだ。
我々の臭いが消えれば、すぐに別の所に動いてしまう。
まぁ、長くて三十分もすれば、山の反対側まで行ってしまうさ」
ヒヨウは、エルフ独特のシューズを直していた。
革製の足の親指が割れたソックスに、藁で編んだ靴底を取り付けるのだ。
この靴底は、氷の上でも滑らず、スパイクよりも岩を掴むという。
「でも、戦争が片牙の動きを変えるかも知れないわよ。
あたしらの他は、皆、戦争中でガンガン焚き火をしてるんだから」
ミカが身を乗り出した。
「片牙は、主に人間を襲うが、飢えれば人間以外のものも襲う。
熊や鹿、猪なんかも追いかけるんだ」
ヒヨウの言葉に、チェコが飛び上がった。
「え、そうだったの!
てっきり人間の魂だけを食べるのかと思ってた!」
「野法師って言ってな。
片牙に魂を喰われた動物は、死なないが生きてもいない。
フラフラ山を歩き回り、食虫植物の餌食になったり、命が尽きるまで歩き続けるんだ。
山で出会うと、こっちの存在なんか判らないからな、気持ち悪いぜ」
タフタが教える。
「へー、でも、何で俺は知らないんだろ?」
「赤竜山近くの村人なら、たぶん知ってる。
野法師の肉など、腐っていて食べられないからな。
罠猟師などは本当に困るらしいが、元々、動物は人間より敏感だから、一月に一、二匹じゃないか、野法師になるのは」
ヒヨウも語った。
「危険はないの?」
ミカが聞く。
「全く。
何せ、頭を叩かれたって気がつかない。
魂を喰われちまってるんだからな」
タフタが言った。
聞いたことがあるかな…、とウェンウェイが言った。
「どこかに、野法師の墓があると…」
あー、とタフタは笑う。
「まー、山のおとぎ話、って奴だよ」




