青年の災難
青年は、体全体を布で覆われていた。
親のいる子供たちは家に引っ張られて行ったが、チェコは木の陰に隠れて、遺体を見ていた。
青年は、親族に運ばれて家に入った。
が、リコ村の農家はみな、入口に一段、長石を敷いて高くしている。
遺体を玄関に通すため、担架を少し横に曲げた時、ずる、と青年の手が、布から落ちた。
チェコは息を飲んだ。
青い…。
チェコの見た手は、湖のような青、というよりは、餅に生えた青カビのようにまだらで、黒く汚く、同時に、恐ろしいものだった。
親族も、その手を触るのをためらい、場は凍りついた。
だが、ふくよかな、青年の母親は、
「ジョウン。
怖い目に会ったねぇ…」
涙にくれながら、手をとり、布に戻した。
青年の災難は、それだけでは終わらなかった。
村の墓には入れられない、と一部の村民が騒ぎ出したのだ。
片牙に魂を食べられてしまった死体は、神の祝福を得られない。
そのような者を、神聖な墓地には入れられない、と老人たちは言い募ったのだ。
司祭は判断に苦しみ、教区の上司に問い合わせ、農家に提案した。
畑の端に、頑強な大岩が埋まっているため放置されている場所があった。
そこに棺を納め、上に石段を築くのはどうか、と。
そうしたやり取りは、手紙を馬車乗りに託して行ったため、決着を見るのに十二日を要した。
青年は、仕方なく塩漬けにされた。
あの、人間の塩漬けの臭いは、チェコの胸底に今も漂っていた。
チェコは片手を岩壁につけて、用心深く歩いた。
畑と森の境に築かれた石段は、魂無き死体を納めた死の象徴となり、村の子供たちは近づかない恐ろしい場所になった。
そこで幽霊を見た、という話もあったが、片牙に魂は食べられたのだから幽霊が出る訳がない、とダリアはギーク酒を飲みながら笑った。
しかし…、チェコの目は闇に吸い寄せられていく。
死の象徴、生ける屍、何百人もの魂を喰らった、鬼になる途中の怪物…。
「片牙ってさぁ…」
チェコは呟いた。
「魂はあるのかな?」
ある、とヒヨウは言う。
「冥府から拒まれているのだから、魂はあるのだ…、それがどんな魂なのか、は判らんがな」




